2018.02.15 Thursday
先日、東京国立博物館に行った折に、近くにある東京都美術館に足を延ばし、同館で開催中の「ブリューゲル展」を見てきました。ブリューゲルと言えば、私は若い頃滞在していたウィーンの美術史美術館で見ていた、民衆をパノラマにして描いた幾つもの大作を思い出します。美術館のコレクションの中で、ブリューゲルの作品群のある部屋が一番好きで、何度も訪れては飽くことなくブリューゲルの世界に親しんでいました。今回展示されていた「鳥罠」は、ウィーンで見た「雪中の狩人」を連想させるし、「野外での婚礼の踊り」は、やはり有名な「農家の婚礼」や「農民の踊り」を彷彿とさせます。また、ブリューゲル1世は同じフランドルの画家ヒエロニムス・ボスに通じる世界観があり、私が魅了されてしまう要因にもなっています。図録にもこんな箇所がありました。「ピーテル1世は聖俗の対立や信仰と迷信の闘争を効果的に喚起するボスの幻想的な絵画にあまりにも魅了されたので、『第二のボス』と定義されるほど同じ様式で絵画や版画を制作した。~略~ピーテル2世はとりわけ人々を非難する表現はせず、いわゆる質素な生活に注目し、むしろ寛大な眼差しを向け、不器用で無邪気な、そしてそれゆえ真に人間的な日常を共有した。~略~ヤン2世の弟アンブロシウス・ブリューゲル、そして息子のヤン・ピーテル・ブリューゲルは寓意画や静物画を制作し続け、人々はそれらを直ちに『ブリューゲルの様式』と結びつけた。」(セルジオ・ガッディ著)子孫3世代にわたるブリューゲル一族の展覧会は、ローマやパリでも開催されたようで、鑑賞者を惹きつける要素が満載です。その分野は宗教画、風景画、風俗画、寓意画、静物画など多岐にわたっていて、それぞれの技量には眼を見張るほどで、思わず引き込まれてしまいます。私個人としてはピーテル1世の、ボスに見紛う作品が大好きで、ブリューゲル様式の出発点となった初期作品群に惹かれます。とくに版画は幻想に満ちていて、その創造力に驚いています。こんな世界観が好まれた時代とは、どんな時代だったのでしょう。イメージ力は現代と変わらないのではないかとさえ思ってしまいます。
2018.02.14 Wednesday
先日、東京上野の国立博物館平成館で開催中の「仁和寺と御室派のみほとけ」展を見てきました。副題が「天平と真言密教の名宝」となっていて、本展は、京都の仁和寺を総本山とする御室派全国約790寺から精選された名宝を集めた展覧会なのです。私が訪れた時期は、見所の一つになっている葛井寺の千手観音菩薩坐像はまだ展示されていませんでしたが、仁和寺創建の本尊である阿弥陀如来坐像および両脇侍立像をじっくり見ることができて満足を覚えました。驚いたのは仁和寺観音堂が館内に再現されていたことでした。これは仁和寺の大修理事業完了による記念展だそうで、まるで伽藍の中にいるような錯覚を持ったのは私だけではないはずです。仁和寺は、宇多天皇即位時の西暦888年に完成した真言密教の寺院です。真言宗とは、空海により中国から齎された密教の教えで、本展に両界曼荼羅も展示されていました。図録によると、阿弥陀如来坐像および両脇侍立像に関わる部分として「現在、仁和寺が真言宗寺院であることや、中尊の阿弥陀如来像が密教的な性格をもつ定印を結ぶことから、本像が密教修法の本尊として造られたとする見解が強いようである。」(皿井舞著)とありました。私が個人的に展示品の中から造形として好きになったのは「馬頭観音菩薩坐像」でした。福井県の中山寺から出品された菩薩像で、解説によると「品よくまとまった忿怒相や脇面の面長な顔形などは、たしかに運慶次世代の慶派の作風に通じるものがある。」とありました。運慶フアンの私としては頷けるものがありました。
2018.02.13 Tuesday
先日、4つの展覧会を一度に回って、最後のそごう美術館閉館間近に飛び込んだのが「今右衛門の色鍋島」展でした。あと30分もすれば閉館する時だったので、鑑賞者は疎らで、じっくり見るには最高のシチュエーションでした。時間を気にしていたのは最初だけで、そのうち歴代に亘る今泉今右衛門の世界に、時間を忘れて惹きつけられてしまいました。伝統は革新をもって守られ、その継承がさらに深い世界を創り上げることを、改めて確認した次第です。明治時代に藩の保護を失った鍋島藩窯は、庇護者なき道を行かねばならず、それでも怯むことなく進んだ十代目、十一代目が生産体制を作り直し、十二代目のモダンな技量で鍋島焼は新しいスタイルを考案しました。十三代目は釉下の素地を薄墨色に染める型破りなことをして、枯淡で幽玄な世界を創出しました。図録に「十三代が『吹墨』や『薄墨』を色鍋島の世界に持ち込むことで、陰翳という新たな装飾の地平を拓いた功績は大きい。」(荒川正明著)とありました。現在活躍中の十四代目は「墨はじき」によって、さらに洗練された意匠になり、まさに煌めく光の世界を捉えた大皿は、見る者を圧倒しています。図録の最後に、十四代目の学生時代のことに触れて「大学の教授陣には、戦後の日本を代表する現代彫刻家・若林奮らがおり、抽象彫刻、現代美術へと傾倒するのに時間がかからなかった。」(マルテル坂本牧子著)とありました。え?そうなの、私と同じ学校で学んでいたのか…と思っていたら親近感が湧きました。人間国宝という、私が逆立ちしても手の届かないところまで到達した十四代今泉今右衛門ですが、同じ学校で同じ地平を見ていた時期もあった彼に、将来の陶芸界を背負って頑張ってほしいと心から願っています。
2018.02.12 Monday
三連休の最終日です。昨日に引き続き、工房で制作に明け暮れました。小さめのテーブル彫刻の陶彫部品と、大きいテーブル彫刻の床置きの2段目となる陶彫部品を併行して作っていました。朝9時から夕方4時までの7時間、これが毎週定番になっている制作時間で、その中で集中する時間帯があります。集中する時間帯は無我夢中で作業をしているため、時間があっという間に過ぎていき、気づくと夕方になっているのです。今日は床置きの2段目となる陶彫部品を作っている時に時間を忘れ、さらに小さめのテーブル彫刻の陶彫部品の彫り込み加飾の時に、もう一度集中する時間がやってきました。こうしている時は不思議と疲労を感じることがなく、手先の陶土しか目に入っていないのです。これで三連休の制作目標はほぼ達成できましたが、陶彫は仕上げや化粧掛け、乾燥と焼成があるため、心配はまだまだ続きます。とりあえず今日のところは夕方4時に作業を終えました。夜になって家内を誘って映画鑑賞に行くことにしました。常連になっている横浜のミニシアターで「ロープ 戦場の生命線」を観てきました。レイトショーだったので観客が少なかったのですが、映画の内容はとても興味深く、今も内戦や紛争が続く世界各地に派遣されている国際援助活動家たちの奮闘を描いていました。スペイン映画ではあるけれど、舞台になったバルカン半島には複数民族がいて、国籍を超えた人道支援がいかなるものか、国連軍に頼りながら活動するNGOの葛藤が伝わりました。詳しい感想は後日改めます。
2018.02.11 Sunday
今日は建国記念日でした。何をもって建国とするのか、国によって異なるそうですが、日本の建国はかなり古い捉えをしていて、古事記や日本書紀に由来しているようです。そこに登場する初代天皇である神武天皇の即位日というのが建国記念日の根拠だそうで、旧暦を新暦に換算すると2月11日になるそうです。ふぅん、そうなのか。私はどんな祭日であれ、勤務を要しない日を歓迎する人なので、もうひとつの精神生活に属する仕事を、今日は喜んで行いました。昨日は午前中だけ制作に充てたので、制作はやや遅れ気味です。三連休で目指すものは小さめのテーブル彫刻に吊り下げる陶彫部品の成形と彫り込み加飾の完成です。さらに大きなテーブル彫刻の床に置く陶彫部品の2段目に取り掛かれることが出来ればラッキーというところですが、それはどこまで迫れるかわかりません。今日は朝から工房に篭りました。工房の梅の花がちらほら咲いてきました。寒さが多少緩んできたような気配がしました。土練りをしたり、タタラを準備したり、彫り込み加飾をやったりして一日を過ごしましたが、今日は工房に通ってきている若いスタッフの作品運搬日になっていて、彼女は巨大な作品を分解して、畳大のダンボール箱に収納していました。午後、搬入業者がワンボックスカーでやってきて、作品は作者より先に愛知県に行ってしまいました。彼女は今夜の深夜バスで愛知県に向うようです。工房のかなりの部分を彼女の作品が占めていたので、ようやく現状復帰をして通常な制作場所に戻しました。彼女の作品も、私と同じテーブル彫刻の形態をとっていて、なんと大きさは4畳半にもなります。ただし、板上に絹糸を散らせた作品なので、私よりはるかに軽量です。私の古代出土品のような重量級の作品とは、対極にある世界を創造しているのが彼女の仕事ではないかと思っています。夕方まで作業をして、私は自宅に戻りましたが、疲労で毎週のようにソファに倒れこんでしまう有様です。今回は三連休なので明日も制作三昧です。頑張ろうと思います。