Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 抉り込まれた空間表現
    若い頃に見たエーゲ海沿岸の遺跡に、今なお自分のイメージが囚われていて、新作の全体像が浮かび上がったり、天から降ってきたりするのは、決まって南欧の古代都市の荒廃した姿です。新たなイメージを纏った美神の降臨は、いつも現行の制作途中の過程で苦しんでいる時にやってきます。新作は月面にあるクレーターのような凹形の内側に刻み込まれた架空都市で、それを自分が得意とする錆色の陶彫を使って表現しようと思っています。大地にパノラマとして見渡せるような抉り込まれた景観をもつ集合彫刻です。これをどのように具現化するのか、技巧的な課題はここから始まります。円形の直径をどのくらいにするのか、一番外側の高さはどうか、陶彫で全体を覆うにしても木材による構造体は必要か、分割して陶彫部品を作ることにしてもどのくらいの部品が必要か、来年の図録撮影日までの制作工程を組む際に、どのくらいペースで陶彫部品を作らねばならないか等、考えると悩みが尽きません。でもこれが一番面白いところかもしれず、イメージに戯れる自分に幸せを感じる瞬間でもあります。
    「軍艦島」を思い出す
    長崎県の端島に行ったのは2年前でした。上空から捉えた端島「軍艦島」は、自分の創作意欲を刺激する景観をしていて、どうしてもここに行かなければならないと思ったのでした。その日の朝は雨が降っていましたが、軍艦島へ行くクルーズが出発する頃には、晴天になり、夏の日差しが眩しく感じられました。軍艦島に上陸し、整備された遊歩道を歩きながら、その脇では海風に晒されたコンクリート壁が今にも剥落しそうで、その素材感に圧倒されました。世界文化遺産に明治日本の産業革命遺産が登録されることになったと今朝の各新聞が伝えています。その中に軍艦島が含まれています。反対の立場をとっていた隣国との意見調整が出来たようで、まずは世界文化遺産登録を喜びたいと思います。自分は彫刻をやっているせいか、崩壊しつつあるコンクリートをどのように保存していくのかに興味津々です。四方を海に囲まれ、台風では海が荒れて塩水を被る軍艦島を、現在の景観を維持するために、どんな技術が導入されるのでしょうか。また危険地域に入れるような手立てはあるのでしょうか。もう一度訪ねてみたい軍艦島。実はそこに自分の陶彫作品を置いてみたいとも思っているのです。
    週末 梱包完成&案内状宛名
    今日は朝から工房に篭りました。若いスタッフも来て、いつも通りの集中した時間を過ごしました。梱包は全て出来上がり、19日の搬入を待つばかりになりました。搬入業者も下見に来て、事前打ち合わせを持ちました。例年より早い時間帯にギャラリーせいほうに運搬することになりました。手伝ってくれるスタッフに伝えたいと思います。個展も10回目となれば、知り合いの業者は慣れたもので、梱包荷物を見てトラックの台数の見当も簡単につけていました。例年通り、という約束事が自分には嬉しく感じられるのです。今年も個展が出来るという幸福がやってきて、自分は何ともいい感じになるのです。夕方から案内状の宛名印刷に時間を費やしました。案内状1500枚のうち1000枚はギャラリーから郵送されます。残り500枚は家内や私の知り合いに郵送する予定です。自分の職場関係者にも出しますが、自分は何度か転勤しているため、かつての職場の同僚にも出すつもりでいます。案内状を受け取った人が、わざわざ東京銀座まで足を運んでくれたことが過去に何度もあって、自分は恐縮するとともに嬉しい思いが込み上げてきました。懐かしい人に会えるのが個展をやっている醍醐味の一つでしょう。明日は料金別納で案内状を郵便局から郵送いたします。
    週末 一週間の疲労は土曜日に…
    週末になりました。このところ一週間の疲労は土曜日にやってきているように思えます。土曜日になると、工房に出かけても身体が動かず作業が進みません。今日は、先日作り上げた床置きの陶彫部品のための垂木を使った直方体に、寸法の間違いが見つかり、これを修整するため金物店走りました。直方体の上面が蝶番で開くようにして、上から陶彫部品を入れられるようにしたのです。購入した蝶番は梱包用のもので、こんなに梱包に手間暇かけたことは今までにありませんでした。どうも今回の作品は手がかかりすぎます。作品自体に手をかけるのなら、どんなことでも苦労は惜しみませんが、梱包は虚しい作業と思ってしまいます。しかもこの僅かばかりの作業に丸一日かけているのです。土曜日に疲労が残っているため、ひとつ作業が終わると、それ以上のことが出来ません。自宅でのんびり過ごしたいという気持ちがあって、土曜日は夕方早く自宅に戻ってしまいます。土曜日に若いスタッフが来ないことも影響があるように思います。若い子たちが工房を使って夢中で制作をしていると、自分も負けまいと鞭を打つのです。明日はスタッフがやってきます。明日は自分の疲労も取れて、終日頑張れるのではないかと期待しています。
    「夢の問題に関する科学的文献」前半部分
    表題は「夢解釈」(フロイト著 金関猛訳 中央公論新社)の第一章に付けられたタイトルです。冒頭でフロイトは「私は夢の解釈を可能にする心理学的な技法があることを立証するとともに、また、この手続きを応用すると、すべての夢は意味をもった心的形成物であることが判明し、そして、それは覚醒時の心的営為の、ここと特定しうる箇所に組み入れられることを立証する。」と書いています。そこで夢の源泉を4つに分類しています。一つ目として外部からの〈客観的な〉感覚の興奮、二つ目は内部からの〈主観的な〉感覚の興奮、三つ目は内部からの〈器官からの〉肉体的刺激、四つ目は純粋な心的刺激源となります。そのうち四つ目にあたる心的刺激に関する箇所にこんな一文があります。「多数の研究者は~略~心的な要素が夢の惹起にどう関与するかという問題に決着をつけがたいせいで、心的要素が関与する度合いをできる限り縮小しようとする傾向を示すようになった。」これに対し「心的なものが私たちの当面の認識にとって終着点を意味せざるをえないのならば、心的なるものだからという理由でそれを否認するには及ばない。」とフロイトは結んでいます。ここに述べられているのは、夢の分析をするにあたって、外部や内部からの感覚の興奮や肉体的刺激に対しては立証しうるが、純粋な心的刺激に対しての立証が困難とする趣意です。ならば純粋な心的刺激をどう立証していくのか、今後の論考を待ってみたいと思います。