Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 「ロダンの言葉」の再読
    自分の手許に古川達雄訳「ロダンの言葉」があります。黄ばんだ粗末な冊子です。昭和17年8月5日初版発行(1500部)とあり、当時の定価は2円80銭。二見書房から出たものです。たしか自分が学生時代に神田の古本屋で見つけて購入したものかもしれません。家にずっと前からあるようなものではないと思います。一度読んで、その文語調の読みにくさに辟易した記憶があるので、自分が塑造を学んでいる時代に読んでみたいと思ったのでしょう。今一度読み直すと、埃の臭いとともに格調高い文体が新鮮さをもって現れてきます。彫刻家であれば、何度も読み返す書物なのだと認識しました。内容はポール・グゼルがロダンにいろいろな問いかけをして、ロダンの発した言葉をまとめたものです。彫刻を含めた芸術における真理探究が語られています。今も普遍なものばかりです。秋の夜にこんな書物を再読するのもよいと感じました。                        Yutaka Aihara.com 
    アナログ人間
    仕事でパソコンに向かっている時は、シンドい思いをしています。表計算ソフトを自由に操れたらいいなと思いながら、やはり同僚がやっているワザや展開についていけません。パソコンが導入されて、仕事の効率は驚くほど上がりましたが、それで仕事が楽になったという感じはしません。自分にとって何が至福の時かと言えば、やはり手わざを使って、木を彫ったり、土を練ったりして作品を作っている時です。パソコンのゲームデザインや開発をしている作家もいるでしょうが、実材を相手にのめりこんでいる方が自分の性に合っているようです。パソコンの仕事が立て込むと、素材が恋しくなります。アナログ人間の主張をしたくなるのです。             Yutaka Aihara.com 
    旅ゆけば…
    海外に暮らしていた時は、帰国直前にトルコやギリシャへの長旅をしましたが、いつも旅の空にあった訳ではなく、当地の学校に通い、学校のアトリエでずっと彫刻を作っていました。帰国後も横浜で作品制作を始めていましたが、十数年前に北海道から九州まで車で旅したことがありました。すでに横浜市の公務員になっていたので、夏の休暇を利用し、行く方面を決めて出かけていました。今は長旅はしばらく休んでいます。作品制作ばかりの毎日で余暇はすべて木を彫っているか、陶芸をやっているか、小さな平面作品を描いているかのいづれかで時間を費やしてしまいます。そろそろ長旅がしたいと思うことがあります。自己表現として吐き出すなら、自分の中に何かを取り込まなくてはならないと感じています。小さな旅行はしているのですが…。                               Yutaka Aihara.com 
    錦帯橋の思い出
    10年近く前に九州から中国地方を車で周ったことがありました。いくつかの印象の中に山口県で見た錦帯橋があります。夕刊を見ていたら、その錦帯橋の写真が載っていました。やっぱり奇麗なカタチをしている橋だと改めて感じました。橋のベストランキングがあって錦帯橋は第一位に輝いていました。我が地元の横浜ベイブリッジは第六位。この錦帯橋を見たときは、まだ木彫をやっていませんでした。でも日本の風土に根ざした木材で美しい曲線を作っている橋に自分が虜になり、それが現在の木彫作品に少なからず影響を与えていると言っても過言ではありません。誌面に「あまり大きな部材を使っていないので、傷んだ箇所にはすぐに木材を使って対処できる。きゃしゃな部材でも組み合わせによって強度を高め、丈夫な構造物を造る技術が生きている」とありました。ここのところが一番気に入りました。また行ってみたい場所は錦帯橋のある川、そして周囲の風景。そして橋をゆっくり歩いて堪能したくなりました。                      Yutaka Aihara.com
    カラオケ社交術
    最近、妹の家族と会食するたび、二次会はカラオケへ行っています。母親同士がカラオケが大好きで、それに付き添う形で大勢で出かけていくのです。思えばカラオケという娯楽を知ったのはヨーロッパで暮らしていた1980年代のことです。在外日本人でカラオケ機器を持っている人が開いた宴会が自分にとってのカラオケ初体験でした。初めは伴奏に翻弄され、歌になっていませんでした。帰国後、横浜市の公務員になりましたが、世はカラオケブームで、職場でもよく歌いに行きました。組織の人間として仕事を円滑に行うために社交上これはやらねばならないと決意し、尻込みするのはやめて積極的に歌うことにしました。何とか気持ちよく歌えるようになったら、同伴の人たちは自分の歌など聴いてはいず、次に何を歌おうか本をめくっている始末。そうか、カラオケは自分で満足できればいいのかと感じた瞬間から肩の力が抜けて、ストレス発散の場となりました。            Yutaka Aihara.com