Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 浦賀にて船のスケッチ
    毎年必ずこの時期に浦賀にスケッチに出かけます。駅から遠くないところに大小の船舶が繋留されていて、船をスケッチするのには好都合な場所です。今日は咸臨丸フェステバルが開催されていて、港に帆船が3隻も繋留されていました。見物客が多く、帆船が帆を広げた様子はなかなか見ごたえがありました。だからと言って自分は帆船を描きに来たわけではなく、例年の如く大きな運送船や個人のヨットが繋留されている情景を描きに来ていました。数年前から船のある生活風景をスケッチにまとめているのです。浦賀駅前から歩いて5分程度のところに渡し舟があり、それに乗って対岸に渡り、叶神社あたりから海を眺めて、2時間ほどスケッチに精を出します。船の形はデッサンが取りにくく、また海の色も気候や天候によって様々に変化します。そこが面白いのです。船体の曲線、鎖やロープ、剥げたペンキなど使い込んだ船には美しさが溢れています。立派な帆船を描けば「美しい絵」、日常の中にある何でもない船を描けば「美しさを再発見する絵」。強い海風に煽られながら、再発見の筆を走らせた一日でした。
    HPにEXHIBITIONをアップ
    昨年と今年の個展の様子を「EXHIBITION」として新たにホームページにアップしました。アートデレクターとカメラマンをしていただいている玉置さんと衣笠さんによって個展の撮影や画像の構成をしていただきました。画面を見ると個展開催時の雰囲気がよく伝わってきます。今年はホームページの充実を目指していこうと思っています。まだまだ撮影のやり方によっては楽しい効果が期待できる作品があると自負しています。平面作品はまだホームページに登場してきませんが、滞欧時代に作った版画や墨による抽象画、また今制作中の365点の連作もいずれホームページに出してみたいと考えています。365点の連作はついに100点を超しました。これを床に並べると感慨にふけってしまいます。まだ半分もやれていないのに気が早いことです。「EXHIBITION」をご覧になるなら最後にあるアドレスをクリックしていただくと入れます。よろしくお願いいたします。   Yutaka Aihara.com
    棟方志功の装飾世界
    学生時代に版画制作に没頭した時期がありました。初めはドイツ表現主義の影響で、ぎくしゃくした構図の木版画をやっていました。人物描写が劇画のようになり、全体はプロレタリア・アートのようで、彫った作品は気に入らないものばかりでした。そんな時によく見ていたのは棟方志功の板画でした。自分は彫り方が中途半端に上達して、その分つまらない作風になってしまいましたが、棟方志功の板画は不器用さを残したまま、その装飾世界は命を謳い上げていました。装飾性が生命感を宿しているのは縄文土器に通じるもので、棟方志功が無我の境地で制作をしていたのがよく伝わります。自分はこの時から具象傾向の木版画はやめてしまいました。それでもよく鎌倉山の棟方志功記念館には出かけました。青森県の記念館にも足を運びました。あの天衣無縫な作品が時々見たくなるのです。今の彫刻で棟方志功の境地になれればと願う毎日です。
    笠間の春風萬里荘
    益子と笠間。陶芸の里として有名な2つ町が隣接しているのは、横浜在住の自分としてはとても有難く思います。益子に浜田庄司の益子参考館、笠間には北大路魯山人の春風萬里荘。比較の対象にはなりませんが、いずれも文化的な施設で貴重な町の財産だと思います。春風萬里荘は笠間日動美術館の分館として北鎌倉から移築されたものです。北鎌倉には北大路魯山人の星岡窯があって、春風萬里荘はその母屋として使われていたものだそうです。茅葺き入り母屋造りの立派な建物で、魯山人が設計した茶室があったり、「アサガオ」と名づけられた陶製便器があって、なかなか素敵なところです。庭もなだらかな高低があって一回りすると気持ちのよい散歩になります。ここも益子と同じく既に何度か訪れて、最近では人を案内して行く程度ですが、行けば必ず豊かな気持ちになれるところだと感じています。
    浜田庄司の大皿
    栃木県益子に行き始めた頃は、よく益子参考館を訪れました。角に大手陶器販売店ツカモトの支店がある三叉路を共販センター方面ではなく、反対側にある小さな小道を入っていくと、まもなく大きな日本家屋の立派な門が現れ、その奥にさらに大きな母屋があります。それが益子参考館と言われる浜田庄司の仕事場兼住居だったところです。その規模に驚き、仕事場の雰囲気に憧れてしまいます。また登り窯の様子がよく伝わるように保存されて、まさに当時を偲ばせる場所になっています。浜田庄司は肉厚のおおらかな大皿に釉薬を流しがけて飴色に焼く、いわゆる現在でもよく目にする益子焼のカタチを作った人です。益子焼が現代工芸の中でも温かい民芸としてポジションを与えられているのはこの人の功績と言っても過言ではありません。最近は人の案内でしか行かなくなってしまった益子参考館ですが、たまに訪れ、母屋にある喫茶店でコーヒーをいただくと、とても優雅で豊かな気持ちになれます。