Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 「コンポジションⅦ」の印象
    画家カンデインスキーのまとまった展覧会は2002年の春頃に東京国立近代美術館で開催されています。印象派の展覧会と違って、人ごみの中を観てまわることはなかったと記憶しています。自分が印象に残った作品は油彩による大作の「コンポジションⅦ」。対象は解体され、ほとんど何が描いてあるのか不明でしたが、色彩のハーモニーが美しく、色彩と渦巻くフォルムが圧倒的な迫力をもっていたことが印象的でした。当時購入した図録にはカンデインスキーの言葉が掲載されています。「コンポジションという言葉を耳にすると、私は心中大いに衝撃を受けて、後には[コンポジション]を描くことを自分の生涯の目的としたのである。」この言葉からわかるようにこの「コンポジションⅦ」は何が描いてあるのかという対象は問題ではなく、構成そのものを表現しているので、感覚をダイレクトに受け入れるべきと考えます。抽象絵画の鑑賞はまずそんなところから始めるのがいいと思います。
    コンポジションとしての絵画
    表題は江藤光紀著による「カンデインスキー/コンポジションとしての絵画」で、夏からずっと画家カンデインスキーに関わる文献を漁っていた自分が、「青騎士」「点・線・面」といった翻訳を読み終えた後、ようやく辿りついた日本人研究者による論文です。文中にカンデインスキーが抽象に向かう箇所があって興味をもちました。「画家は[対象が自分の絵を損じる]とはっきり理解した。マレーヴィッチやモンドリアンといった他の画家と異なり、カンデインスキーは除々に抽象の戸口へと惹かれていく。暗闇の中を手探りするように。〜略〜だが代わりに何が目的になるかが、次に生じた深刻な問題だった。技法についての精力的な探求はそうしたカンデインスキーの芸術思想の深化を表している。深化はおよそ表現と記号にかかわるすべての領域に広がっていった。」この本を通じてカンデインスキーが音楽やダンスをも包括するような思想を持っていたことが理解出来ました。            Yutaka Aihara.com
    ガラス絵のイコン
    昨日カンデインスキーの宗教画についてのブログを書いていて、ふと我が家にも宗教画(イコン)があるのを思い出しました。しかも玄関に飾っているのに気にとめていませんでした。我が家にあるイコンはガラス絵です。ルーマニアのベユーシに住む友人から贈られたもので、ガラス絵の由来はよくわかりません。20数年前にウィーンに住んでいた自分のもとに旧知のルーマニア人画家夫妻がやってきて、携えてきたイコン3点を置いていきました。当時ルーマニアからの出国は難しく、よくぞ西側に来れたものと心から彼らを歓待し、ウィーンを案内しました。イコンは日本に持ち帰り、古材で枠を作り、3点を並べて壁に掛けることにしました。素朴派絵画といったらいいのか、ちょうどココシュカの「夢見る少年たち」に似た表現でイコンとしてでなく、アートとしてとても気に入っています。現在はすっかり我が家の玄関に馴染んでしまいました。                      Yutaka Aihara.com
    カンデインスキーの宗教画
    20世紀初頭に抽象絵画の旗手として活躍したロシア人画家カンデインスキーのことを夏からずっと調べています。バウハウスの教壇にたって新しい美術教育を展開したことはよく知られていますが、抽象絵画とは縁がないような宗教画を制作していることをある文献から知りました。自分は1980年から5年間ヨーロッパに住んでいたので、あるいはミュンヘンあたりの美術館で見たことがあるのかもしれませんが、記憶にはありません。実際カンデインスキーが住んでいた南独のムルナウにも自分は2ヶ月滞在していますが、調べることもせず惜しいことをしたと今でも後悔しています。カンデインスキーの宗教画をこの目で見たいものです。図版で見るとかなり抽象傾向が進んでいて、キリストの象徴的なカタチが表れているようです。ガラス絵と油絵があるようですが、カンデインスキーの構成や色彩から考えて、自分としてはガラス絵の方が見てみたい気がします。                 Yutaka Aihara.com
    週末の作業場
    週末がやってくるたび時間に追われて制作しています。週末しか制作できない身分なので、土曜と日曜の2日間は貴重な時間なのです。朝から夕方まで木を彫り、夜は小さな平面作品を描いています。昼間は教え子が訪ねてくる時があります。美大生で一緒に制作している教え子もいます。何故こんなに時間が早く過ぎていくのか、週末は矢の如し、といった感じです。あれよあれよと作業していくうち、やり残していたことを思い出したり、完成までの皮算用をしている自分がいて落ち着かない週末です。ゆっくり過ごす休暇というものがありません。充実はしていますが、エネルギーの充電は出来ません。明日からまた公務、制作は次の週末へ持ち越しです。せいぜい風邪を引かずにやっていきたいものです。                   Yutaka Aihara.com