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  • キルヒナーの肖像木版画
    手許にE・W・コンフェールド著「エルンスト・ルードヴィッヒ・キルヒナー」という分厚い画集があります。DAVOSというところから出版されています。滞欧中にキルヒナーの風景を刻んだ木版画を見て感銘を受けたので、その当時この画集を購入したものと記憶しています。自分の生活費の中からどうしてこんな画集が買えたのか不思議ですが、なけなしのお金をはたいたものだろうと思いかえしています。いづれこの画集のドイツ語を読破しようとしたことは記憶にありますが、今はそんな時間的な余裕も気力もありません。ただこの画集に掲載されている様々な人物の肖像を刻んだ木版画は秀逸です。風景画より心に迫る何かがあります。デフォルメが心理を描写しているようで、まさにドイツ表現主義の面目躍如たるものがあると感じます。その頃は自分も日本で制作してきた木版画をもう一度彼の地でやってみたいと思っていました。なかなかうまくいかず、結局はアカデミーの彫刻クラスに籍をおきましたが、キルヒナーの影響がずっと続いていました。
    画家E.L.キルヒナー
    ドイツ表現主義を調べていくとベルリンの「ブリュッケ」とミュンヘンの「青騎士」という2つの芸術家集団に出会います。「青騎士」は年刊誌が発行され、カンデインスキーの理論が核になった集団であるのはよく理解できます。「ブリュッケ」は数人の画家が共同制作をして始まったようで、そのリーダーがよくわかりません。最後まで「ブリュッケ」という集団にこだわり続けて年代記まで出そうとしたキルヒナーがその役割だったのかもしれません。カンデインスキーは昔から名が知られた画家です。モンドリアンと並んで中学校や高校の美術の教科書に掲載されています。しかしながらキルヒナーは日本では馴染みの無い画家です。自分も実際に絵画を見たのはドイツに渡ってからで、とくにモノクロの木版画で風景を描いた作品には感銘を受けました。画家の性格もなかなか好戦的だったようで、画風にも挑みかけてくるような雰囲気が伝わります。ただ当時まだ共産圏だった東ドイツのドレスデンにも陸の孤島だったベルリンにも行かず、キルヒナーの興味はそこで尽きてしまったことが残念です。
    ドイツ表現派「ブリュッケ」
    「デイ ブリュッケ」はドイツ語で「橋」を意味します。ドイツ表現主義の中で重要なグループだった「ブリュッケ」は、自分が渡欧するまで日本でほとんど作品が紹介されることがなかったように思います。キルヒナーやヘッケルの作品は、フランス印象派やアメリカ現代美術に比べると、かなりマニアックな存在でした。自分も当時影響を受けたコルヴィッツの版画以外にも何かそのような作品があるのではないかと調べていくうちに、「ブリュッケ」の画家による大胆な木版画に出会ったのでした。数少ない文献を漁ると「ブリュッケ」の画家たちは、1910年頃ドレスデンからベルリンへ活動の場を移しているようです。自分は滞欧中に終ぞ行くことのなかった都市です。そのためか自分の中で「ブリュッケ」の芸術運動としての存在がやや希薄なのかもしれません。しかし「ブリュッケ」の画家たちの大胆な画面は、今も相変わらず自分を魅了し続けています。
    秋空のひと時に
    週末になると制作三昧で、あれやこれやと忙しく動いています。この土日で「構築〜解放〜」の柱の修整彫り2本を終え、陶彫ランプシェード2つの台座を作りました。台座は新木場の材木店「もくもく」まで買いに走りました。作業場には教え子の美大生が卒業制作を持ち込んできました。友人は益子に出かけて、若い世代の陶芸家の情報を送ってきました。秋が真っ盛りで空高く見上げると眩い光が目に入ります。こうして瞬く間に今週末も過ぎていきます。秋空のひと時、鑿先に集中して矢の如く過ぎる時間の中にいました。Yutaka Aihara.com
    「シュールレアリスムと美術」展
    今日は横浜美術館の18回目の誕生日だそうです。館内無料と知って「シュールレアリスムと美術」展を見てきました。テーマごとの展示、著名な作家の作品がずらりと並んで、シュールレアリスムの捉えがかなり広範囲で楽しめる企画になっていました。中でも関心があったのはマックス・エルンストの一連の作品。ちょっとした工夫が効果的で、絵画世界に広がりと深みを与えていました。当時としては画期的な技法だったはずです。ダリの描写に相変わらず驚き、アルプの簡潔なレリーフがすっきりとした空間を演出していました。横浜美術館内はお祭りのようで、こんな活気のある日もあっていいんじゃないかと思った一日でした。                  Yutaka Aihara.com