2026.02.25 Wednesday
「ピクチャレスクとイギリス近代」(今村隆男著 音羽書房鶴見書店)は今回から「第2章 ピクチャレスクと観光」に入ります。第2章は4つの単元で構成されていて、今回は「1風景の定型化」を取り上げます。副題に「ギルピン『ワイ川観察紀行』」とあって、ギルピンの紀行文が主題となっています。「この作品(ワイ川観察紀行)を通してギルピンが風景を見る際に最も重要だとしているのは、『部分』の『多様性』と『全体』の『調和』であり、また、『サイド・スクリーン』に挟まれた中央の部分が、前景・中景・遠景と三分割できるような風景の『構図』が理想とされる。このような基準に適合する場合、その風景は『正しくピクチャレスク』と判断される。~略~ギルピンが重視しているのは、眼前の風景の各『部分』ではなく明らかに『全体』像である。視覚で捉えられた風景の中の各『部分』は一旦『消滅』した後、想像力の作用によって一つの統合体として『形成』される。各『部分』の記憶の中に蓄えられた後、思い起こされて新たな風景を構成する『材料』となるとも彼は説明する。一連のこの行程の中で足らないものが補完されるが、これが想像力による理想的風景の創造のプロセスである。~略~『建物』についてのギルピンの観察によれば、『修道院、城郭、村、(教会の)尖塔』のみならず『鍛冶工場、製粉所』なども全て同様に風景の『装飾』となり得る。過去に属する建築も現在の住居の建物も、有用性のあるなしに拘らず、一定の条件を満たせば総じてピクチャレスク風景の構成の一部であることが可能である。~略~18世紀前半までに廃墟化した建築物だけでなくそこに繁茂する雑草的植物は自然の力に対する人為の虚しさを表象し、観賞者が廃墟から得る『心地よい憂鬱』を高めるという効果を持っていたが、ギルピンにおいて雑草は全く異なる意味を持っていた。ギルピンの描く廃墟の植物について注目したいのは、具体例として挙げられているのが『蔦』、『苔』、『地衣類』や羊歯類などであるということだ。この他『低木』や『垂れ下がる草』なども含めて、全ては一般的には装飾性が低いとされる『取るに足りない』雑草である。ピクチャレスク美を生み出すのは、有用性とも美観とも無縁の植物群なのである。~略~『ワイ川観察紀行』の中でギルピンが描いた風景は、一つの理想とされる形式の中に当てはめられたものであった。その際に想像力が関与することをギルピン自身が強調しており、そこには形式化と想像力という矛盾した力が働いているように思われる。しかし、ロマン派とは異なり、この作品でのギルピンの言う想像力は形式化に奉仕するという限定的な役割しか担っていないと言うべきだろう。」今回はここまでにします。
2026.02.24 Tuesday
「ピクチャレスクとイギリス近代」(今村隆男著 音羽書房鶴見書店)の「第1章 ピクチャレスクとは何か」の中の「6ピクチャレスクのエネルギー」の気に留めた箇所を取り上げます。「ピクチャレスクの風景の本質を考えようとする際に注目したいのは、定型的な枠組みが前提となっている一方で、その要諦が『粗さ』や『でこぼこ』などの物理的特徴や、それに伴う『偶然性』や『唐突性』といった動きを伴う要素だと当初からされていたことである。18世紀後半にはより多くの人々が自由に旅行を楽しめ、自らの目で風景を見てそれを表現できる時代になっていたが、ギルピンはそのツーリスト達の旅先での楽しみの一つとしてスケッチを挙げている。そこで彼が薦めるのは自由な筆致による、主観を許容する描き方である。『粗い』対象がピクチャレスクにおいて賞賛されるのは、その『粗さ』が『自由で大胆な筆致』に適合しているからであり、そのために彼は『黒鉛』を使って『淀みなく』そして『手早く』描くことを薦めている。~略~動きのあるものを捉えようとする方向性はピクチャレスクの時代の特性の一つであり、そこに想像力が関わる余地があったと考えられる。そして、その後の風景画の展開を見れば、例えばターナーの風景画に見出せる色彩や明暗などを駆使した、想像力の支えによる描法のまさに『自由で大胆な筆致』は、ピクチャレスクの風景に秘められていた躍動性を引き継ぎ発展させたものであると言えるだろう。~略~プライスのみならずナイトも、ピクチャレスクの規範は風景画であるという点に最後まで固執する。しかし、その絵画の額縁の中には外部に溢れ出ようとする内的エネルギーが醸成されていたという言い方は許されるだろう。彼らはそのエネルギーを、風景の中の村やそこでの住民の日常的営為、そして雑草などの目立たない植物が秘める生命力に見出した。あるいは、風景を見つめる彼らの目の中に、新しいものを見出そうとするエネルギーが蓄えられていたと言うべきだろうか。ワーズワスはピクチャレスクを『模倣芸術』と批判的に呼んだが、それまでに自然を見つめる芸術家の役割は模倣から創造へと変わり始めていた。」今回はここまでにします。
2026.02.23 Monday
「ピクチャレスクとイギリス近代」(今村隆男著 音羽書房鶴見書店)の「第1章 ピクチャレスクとは何か」の中の「5ピクチャレスクの世界観」の気に留めた箇所を取り上げます。「あるべき風景や庭園はあるべき社会と重なる。風景を変容させる『時間と偶然』は、伝統的な自然神学が擁護しようとした固定的秩序への疑念を生じさせた。特に『偶然』の強調は、変化のプロセスが単調で直線的ではないことを示唆している。『不和の調和』の背後にも当然『エコノミー』思想があるが、これらが象徴する宇宙の秩序が崩壊し始めた後、風景描写においては対象の諸要素を列挙して積み上げることで多様性を包括する『全体』性が目指されたと18世紀研究で有名なワッサーマンは言う。新しい描写方法を探る一つの手段として細部の観察によって全体の理想的風景を構築しようとするピクチャレスクの描写方法は、この見解に合致する。~略~『エコノミー』観を変質させていった『時間と偶然』による変化を前提とする新しい世界観は、近代的な環境思想とも連関している。ピクチャレスクの文献に現れる具体的な例を挙げると、個別の観察から森林が形成される過程を考えようとする視点は自然の生態系の仕組みへの理解に道を拓くものであるし、落葉松などの植林は偶然の重なりによって自然に形成された森林美を損なうという警告は外来種の導入による生態系破壊への危惧に結びつく。また、プライスやナイトの文章には共有地の開発反対や古木の保護などといった主張も認められるが、これらは地域の環境を維持しようとする現代の保護活動と重なっている。人為的な原因の環境破壊に警鐘を鳴らす一方で、彼らは人間の力を超越する自然のダイナミズムにも気づいている。雑草という人間にとって有用性を持たないものに彼らは美を見出し、その生命力に賞賛の言葉を向けるが、これは同じ時代のホワイトやクーパーの人間中心のキリスト教世界観とは相容れない。建築物が雑草にのみ込まれて自然に還ってゆく様を崇高とみなすプライスやナイトの視点はワーズワスのコテージ観にも共通し、人工物も結局は自然から出でて自然に還るという考え方につながっている。」今回はここまでにします。
2026.02.22 Sunday
日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いています。今日はグループ展「如月会」の搬出日だったので、そのことについて述べようと思います。横浜の関内にあるギャラリーミロに、私は11時半に行きました。展覧会の受付を仰せつかっていたので、受付の席に座りました。私が出品していたのは「地下遺構・雛型」で、実はこれは最近作ったものではありません。本作「地下遺構」は2007年に東京銀座のギャラリーせいほうの個展で発表した陶彫作品で、個展としては第2回目になります。今から19年前の作品ですが、雛型はその時に発表はしておらず、工房の片隅に埃を被ったまま放置していました。雛型は本作で新しい試みをしようと決めた時に、その効果や雰囲気を見るために作るもので、私の場合は全ての作品に雛型が存在するわけではありません。というわけで「地下遺構」は新しい試みをしていました。第1回目の個展では地中に埋もれた作品が氷山の一角として地上に現われた様子を造形化しました。それが私のデビュー作になりますが、発想として地中海やエーゲ海沿岸に点在する遺跡群の発掘現場で見た光景が契機になっています。彫刻をテーブルにしようと思い立ったのは、テーブルの下部を地中とし、上部を地上に現われた造形にしようと考えたからです。遺跡の発掘現場は地中部分に多くの建造物が存在する場合があり、テーブルの下部の造形に面白みを感じていました。そうした試行を実践するものとして雛型を作ったのですが、東京銀座の個展では雛型を発表したことがありません。そこで「如月展」で今回初めて発表させてもらったのでした。搬出は梱包用ビニールシートに包んで自家用車に乗せて工房に帰ってきました。個展に比べれば、あっという間に完了してしまいましたが、また皆さん、元気で来年も「如月展」が出来るように私も含めて心より祈っています。
2026.02.21 Saturday
週末になりました。定番として土曜日は今週の振り返りを行ないます。今週は月曜日以外は工房に通い続けていました。工房での作業は朝から杉板材の刳り貫き作業ばかりで、毎日電動糸鋸盤を駆使していますが、寒さが少し緩んできたので、作業は午後まで続けています。板材にデザインを描く以外はずっと職人的作業で、創作活動とは距離があるように感じています。素材を扱う作品にはこうしたコツコツした作業があるのは百も承知で、それでも刳り貫きがある程度出来上がってくると嬉しさもあります。今週は月曜日から明日の日曜日まで、私は横浜の中心街にある画廊でのグループ展に出品しています。その「如月展」は退職中学校校長会のメンバーで構成された作品展で、私は3回目の出品になります。「如月展」のことは退職前から知っていましたが、私には東京銀座での個展があり、メインとしては個展が勝負どころだったので「如月展」のことはスルーしていましたが、先輩校長からの誘いが断り切れなくなって、3年前に出品を決めたのでした。誘ってくれた先輩も90代後半になり、制作が覚束なくなっていました。グループ展では私は1点のみの出品で、しかも受付を皆で分担するので、キャリアの積み重ねや販売・宣伝目的の銀座の個展に比べると、相当負担が軽くなっています。搬入搬出も私の自家用車に乗せられるサイズと決めているので、どうしても小品になってしまい、台座に作品を置いて完了というのも私にとっては楽な展示です。明日が同展の搬出になります。さて火曜日の夕方は歯科医院に出かけ、奥歯の被せモノを入れて治療が終わりました。食事の際に歯に問題がないというのは幸せなことだなぁと実感するようになりました。今週は気温がやや上がって工房では制作がやり易くなりました。周囲の梅の木々に花が咲き、メジロが多くやってきます。それを眺めるのはホッとする瞬間です。