Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 表現や素材に対する浮気
    ストイックな抽象表現をやっていると、具象的な表現に憧れ、人物を塑造してみたくなります。具象的なカタチには自分の頭では考えられない様々なカタチがあって観察を極めたくなるのです。抽象と具象は割り切って区別できるものではなく、具象を純化してみたり、また具象に戻ってカタチを発見したりの連続なのかもしれません。素材も粘土のような可塑性のある素材を扱う一方で、木や石のようなカービングをやってみたくなります。現在木を扱っているのも陶彫からしばらく離れて見たいと思ったからです。こうした浮気を繰り返して表現が深まるのだと思います。人との関わりではそういうわけにもいかないところもありますが、本能に忠実に生きている芸術家であれば、浮気な生涯を送ることもあるでしょう。
    久しぶりに碌山美術館へ
    荻原守衛(碌山)は自分が大学で塑造を習い始めた頃、最初に影響を受けた彫刻家です。その頃から碌山美術館に通い始めました。もう20年以上も前のことです。当時は新宿から各駅の夜行に乗ると朝早く穂高駅に着くので、そこから歩いて美術館に向かったものでした。昨日は池田先生宅訪問の後、久しぶりに碌山美術館に行ってみたくなりました。車で行くと、美術館の周囲が開けていて少し戸惑いました。向かいにあった蕎麦屋は変わらず、裏の中学校はこんなに大きかったかなと改めて思い返しました。中原悌二郎等の作品が新館に移り、かつて展示してあったところが売店になっていました。碌山の作品を見て昔ほど興奮しなくなってしまいました。学生時代の感傷に浸る程度のもので、何か不思議な感じがしました。
    キリスト教彫刻と「エルミタ」
    池田宗弘先生の最近の仕事はもっぱらキリスト教に関するもので、麻績のアトリエもいずれ祭壇を作り教会にする計画があるそうです。画家藤田嗣治はフランスの田舎に小さな礼拝堂を建てて自作の壁画で飾り、自らもそこに葬られていますが、池田先生も同じようなことを考えているのでしょうか。先生のアトリエは「エルミタ」と称しています。隠れ家という意味だそうで、彫刻界では数々の賞を取った先生ですが、今は世間に惑わされず、隠れ家でやりたいことをやっていくとおっしゃっていました。数年前に奥様を亡くされてから自炊を余儀なくされたようですが、今はレシピを書かれるくらい料理を工夫するようになったともおっしゃっていました。秋にまた来ますと約束して「エルミタ」を後にしました。
    長野県東筑摩郡麻績村へ
    中央高速を松本方面に向かい、さらに長野自動車道を北に進むと麻績インターがあります。そこで降りて山道に入ると民家がなくなります。木立に囲まれた細い道をさらに進むと、木立の間に真鍮の彫刻がいくつも立っている風景が目に飛び込んできます。その奥まった所に修道院のような建物が現れます。壁で囲まれた一角に入り口があり、中に入ると所狭しと彫刻が置かれています。野外と室内が一体となった工房は、まるで鍛冶屋のようでもあり、鉄工所のような雰囲気です。2階はリビングとダイニング。そこで工房の主人はいつも自分を暖かく迎えてくれます。これが池田宗弘先生のアトリエです。彫刻作品とともに環境も作品のうちだと言いたげな空間です。それが味わいたくて、また刺激をもらうために今夏も師匠に会いに出かけます。
    乾いた土地で潤いのある空間を見た時
    先日から書いている土地にまつわる話です。日本でやっていた造園の仕事とヨーロッパでやっていた石彫の仕事。それぞれ親方の下で半端な助手として働いていましたが、滞欧生活2年目で訪れたパリでその融合とも思える作品に出会いました。イサムノグチによるユネスコ庭園です。そこにはムアやピカソのモニュメントもありましたが、楚々として存在する日本風の庭園には自分の心の隙間に忍び寄ってくるような麗しさがありました。植木の手入れはあまり行き届いていなかったのですが、突如目の前に現れた懐かしい空間にしばらく腰をおろして眺めてしまいました。ただし父譲りなのか、庭園のメンテナンスに疑問も感じました。日本だからこそ職人がいて常にきちんと保つことの出来る庭園なのです。外国では無理な部分もあると感じました。