Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 制作三昧の8月からステップ
    今日から9月。また勤めが始まりました。今月から週末が制作の大切な時間になります。制作の勢いは無くなりますが、きちんと考えて冷静な判断が出来る季節になります。思考が深まるのもこの季節です。哲学や思弁的要素がないと作品にはならないし、物質にそれらを与えてこそ造形になるのだと思います。人が何かを意図して作り上げるものを、別の人にその意図を伝えてこそコミュニケーションが生まれるものです。意図するものが平易であろうが、難解であろうが作品に優劣がつくものではありませんが、むしろ意図の伝達が自分の感性とうまくかみ合っている作品が作品として成功していると考えています。今の作品はどうだろうかと自問自答する時間、それが今月多くとれると思っています。
    ルーマニアの門
    ウィーンで学生だった頃、紀行作家のみやこうせい氏と学生食堂で知り合い、それが縁で彼が取材していたルーマニアに度々同行しました。自分は彫刻を学んでいたので、ルーマニアといえばブランクーシに関連するものがあるかもしれないと考えていました。結果、彼の地は多大な収穫をもたらせてくれました。ブランクーシがまだパリに出ていなかった頃、大工としてルーマニアで働いていた過去があるのを自分は知っていました。ルーマニアの伝統的な家の作りを見て、家を支える柱がブランクーシの作品「無限柱」と酷似していたり、とりわけルーマニアの家にある門は独特な抽象文様が刻まれていて、ブランクーシの発想がまさにここからきていることを物語っていました。門は魔よけの役目をもった狼の歯型だったり、生命の樹木だったり、生活の中からルーマニア人が創り出した素晴らしい造形でした。それが頭の片隅にあったためか、帰国してからブランクーシに習い自分も自らの原風景を探しに社寺を度々訪れることになったように思います。
    ブランクーシのアトリエ
    たまに記憶の底から甦るところにパリのブランクーシのアトリエがあります。20数年前の当時はポンピドーセンターの近くにあって写真でしか知らなかったブランクーシの作品が所狭しと置かれていました。思っていたより小さく白っぽい空間であり、制作途中の作品や道具があって、ブランクーシを一人の人間として認識したのを覚えています。それだけなら単なる巨匠の一人として記憶の底にしまうところですが、人を介して偶然ルーマニアに出かけたのを契機に一気にブランクーシが身近な存在になったのでした。ブランクーシはルーマニア出身で、巨匠ロダンに師事したにも関わらず、独自の道を歩むことになった現代彫刻のパイオニアです。ブランクーシのカタチがルーマニアに起因していたことを彼の地で知って、ブランクーシのアトリエで見た作品が抽象にも関わらず、何か地に根ざしたものとして印象に残ったことを改めて感じた次第でした。
    コメントの書き込み
    今回のブログからコメントの書き込みが出来るようにしました。誹謗中傷も多いと助言してくださる人もいますが、ともかくやってみることにしました。お手柔らかにお願いします。HPも少しずつ充実させていこうと考えています。24時間無休のギャラリーなので、時々新作のアップをしていく予定です。アートデイレクターやカメラマンとの打ち合わせで、あれもこれもと話がはずむのですが、今制作中の作品「囲むカタチ(仮題)」がまとまっておらず、今月もあとわずかとなり、少々焦ってきました。日々時間延長して鑿をふるっています。来年早々に横浜市民ギャラリーで発表する予定ですが、今から心配です。制作とはこんなものかなと自分を宥めながら、でも妙なストレスがない快い世界に浸る毎日です。
    肖像彫刻について
    昨日のブログに具象に対する憧れを書いたのは、自分とは縁のない肖像彫刻について考える機会があったからです。先日長野県に行ってきましたが、碌山美術館に行く前に立ち寄った豊科近代美術館には高田博厚による肖像彫刻が数多く所蔵されていました。高田先生の著作は読んでいても、これほどたくさんの作品を見る機会が今までなかったので、少々驚いて感じ入るところがありました。高田先生は内外の著名人の肖像を作られている方で、音楽や哲学にも造詣が深く、理性と精神性をもった人というのが自分が捉えている高田博厚像です。確かに肖像には気品が漂い、巧みな表現に驚きました。ただ勝手な感想をもらすと、並べられている空間故なのか古さが目立ち、棺の中にいるような錯覚を持ちました。肖像彫刻は造形的な普遍さはあってもその人が生きた時代を移す鏡のようなもので、鑑賞する側には何か作品以外のものがつきまとう感じを残すのは自分だけでしょうか。