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  • レンブラントの光と闇
    自分の目で確かめてこそ本当の名画鑑賞だと昨日のブログに書いて思い出したことがあります。いつぞやオランダ絵画がどこかの美術館に来ていて、たまたま観た時に、名画と言われる絵はやはり名画なんだと妙に納得してしまったことがありました。それはレンブラントの肖像画で、レンブラントの作品としてはよく図録などで見かけるものでした。その絵は他の絵画とは違っていました。何が?って何だろうと考えてみるのですが、これという決め手はありません。どの絵も色彩の落ち着き、構図、どれをとっても申し分のない絵画に囲まれて、レンブラントは何かが違っているのです。光なのか闇なのか。技巧ではありません。でも鮮明な画面。光は光らしく闇は闇らしく人物を浮き彫りにしている手ごたえのようなもの。よく説明できませんが、これが名画だと感じ入ってしまった一瞬でした。
    名画との出会い
    学校の美術科の教科書には古今東西の名画が載っています。それがどうして名画なのか、どこが名画たる所以なのかをずっと前から考えています。人が認めたから名画?それなら自分はどうなのか?自分も成程これは凄いと感じたことがあれば名画なのか。自分の歩んできた人生で、確かに美術館で遭遇した作品に感銘を受けたことはあります。それもほんの僅かなもので、残りの多くの作品は教科書や雑誌、TVなどの情報操作により、これが名画だと頭の中にすり込まれているだけなのかもしれません。自分の目で確かめないと信じられない、というのが本当の意味での名画鑑賞だろうと思います。それなら人が認める認めないに関わらず、自分にとっての名画もきっとあるはず。まだ大学に入って間もない頃は、友人と美術館やギャラリーに出かけて、人と自分の感じ取るところが違うなと思っていました。今はそれも良しとしている自分がいます。名画との出会いは自分の美的価値観の発見でもあります。
    ジグゾーパズル的ブリューゲル
    ウィーン美術史美術館にはブリューゲルだけの部屋があって、代表作がたくさん観られます。そんなことも知らずにウィーンに行き、この農民画家に出会った時は、息を呑むほど驚いて、ただひたすら見入ってしまいました。秋の枯葉色した画面は、自分がどんな絵を描いてもその色になってしまう、いわば「自己色」と勝手に呼んでいる色彩で、それだけでも忽ちブリューゲルに参ってしまったのでした。描かれている内容も楽しくてなりませんでした。当時の風俗が丹念に描き込まれ、博物館のごとく、いやオモチャ箱をひっくり返したような画面構成で、ずっと観ていても飽きないのでした。きっとジグゾーパズルになっているに違いないとギャラリーショップに行ったのですが、当時はそんな洒落たグッズはありませんでした。でも自分の中ではブリューゲルほどジグゾーパズルにふさわしい画家はいないと思っています。ギャラリーショップが充実している昨今は何でもないことですが、当時からこの作家にはこんな商品があってもいいのかな等と自分の中で勝手に考えて楽しんでいたのでした。
    P・ブリューゲルの世界
    みやこうせいさんの写真を久しぶりに見て、ウィーン美術史美術館にあったP・ブリューゲルの絵画世界が現存しているかのような印象を持ちました。自分もかつてみやさんと一緒にそこにいたのですが、現在生活している日本社会とは遥かに離れたヨーロッパの風俗や文化を感じずにはいられません。過去自分は素晴らしい色彩に囲まれた世界で人々と交わり、土地の馳走でもてなされたのが信じられなくなっています。P・ブリューゲルの色彩は何ともいえない渋みが合わさり、全体としては鮮やかな印象を受けますが、ルーマニアの村々もそんな色彩が生きているのです。かつてはヨーロッパ全体でこんな農耕世界が存在し、いずれ戦さのために壁が作られ、教会・寺院を中心とする町が築かれたのかと雑駁な歴史を考えてしまいます。P・ブリューゲルについては後日ブログにしたいと思いますが、そんな絵画のような世界が、写真という媒体を通して今も存在することが証明されて、嬉しく思っています。
    みやこうせいさんの写真展
    東京表参道のピンポイントギャラリーで、詩人のまどみちおさんと紀行作家みやこうせいさんの2人展が開かれています。みやさんはヨーロッパ各国を旅して、素朴な風習が残る場所を写真や文章にしています。自分もかつてルーマニアやギリシャ、旧ユーゴスラビアの取材に同行させていただいたことがあります。今回の展覧会では、まどさんの新作詩にみやさんの写真がコラボレーションされたものが展示されていました。詩や写真の内容の面白さもさることながら、まどさんもみやさんも手書きの原稿用紙を展示していて、その書体の崩し方の楽しさに魅かれました。みやさんの写真は相変わらず光が美しく、撮影された風景や人物にある種のドラマを感じさせてくれます。カメラマンの仕事というより、文章を操るエッセイストが捉えた一瞬と思えます。そこがみやさんの独自な世界なのかもしれません。