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  • 365点 落書きのように
    365点の連作は昨日のブログに書いた通りですが、始めて9点目にして苦しくなってきました。まだ習慣化していないこともありますが、毎日新しいことを発想しようとしても、結局昨日描いた作品の亜流になっています。前の作品に囚われすぎるのかもしれません。この苦闘が有効なのはわかっていますが、並べてみると全て同じ作品に見えます。日々繰り返している労働で発想が乏しくなっているのでしょう。この365点の連作に振り回されてはいけないと思いつつ、何とか楽しめる状態にならないかと次は頭を振り回しています。気楽にやろうと思っても、なかなか出来ないのは、今まで大きな彫刻をやっているという構えがあったからだと気がつきました。ミロやピカソのように、または幼児のようにリキむことなく描ける素晴らしさ。落書きと自分に言い聞かせて、また明日から始めます。
    365点の連作について 
    昨年のブログに「365個で構成する作品」(2006.8.10)というアイデアを書きました。これは立体、とくに陶彫が頭にあったのですが、2月から始めている作品は葉書よりやや小さめの平面作品です。これなら毎日気楽に作れるかなと思ったのです。陶彫や木彫で日々どちらかといえばモニュメンタルな作品を作っているのですが、これはそうした立体作品の対極にあるポケットサイズの作品で日記のようにやっていくつもりです。事象の捉え、思弁的なもの、技法の実験など普段やりたかったことを全てやってみようと思います。テーマの一貫性はありません。発表するかどうかも微妙です。とにかく1日1点。好調不調に関わらず1日1点。多忙でも暇でも1日1点。楽しくても悲しくても1日1点。来年の1月31日がゴールです。さて、どうなるものやら定かではありませんが、何はともあれ1日1点です。
    対極 放射するカタチ
    作品をイメージする時、相反する一対のカタチが脳裏を掠めます。尊敬する石彫家の中島修さんも作品は同じものを2つずつ作ると言っていたのを思い出します。2つが相対することで、2つの作品以上の空間的な効果が現れることがあります。中島さんの石の幾何形体が2つ並ぶと、まったく同じ形体とはいえ、空間が大きく広がって見えます。自分も「構築〜包囲〜」を作っていた時に、同じ構成要素をもつ作品がその対極としてイメージされました。囲むカタチの反対側に、放射するカタチがあってもいいと思ったのです。次作はそんな具合に決めました。何かを作ると、その発展として次の作品が生まれてきます。その繰り返しがあって制作が続いていきます。先日のブログに書いた通り、イメージができたら間髪を入れずに作り始めること。そんな自制心を働かせて、雛型作りに精を出しています。
    「構築〜包囲〜」の反省
    昨日終了したグループ展に出品した「構築〜包囲〜」は囲むカタチを表そうとしたものです。昨年からブログに折に触れて製作途中の状況を書いてきました。その際、作品仮題を「囲むカタチ」としていました。つまり外から内へ何かを取り込むように構成した作品を想定していたのです。展覧会に来られた方々から、かなり好感を持たれましたが、柱が30本林立している景観に関した感想ばかりで、全体としての構成要素はなかなか理解してもらえませんでした。内なる空虚を包囲したイメージをきちんと伝えられていないのに気がついて、これが課題として残りました。柱の角度かもしれません。とくに中心にある短めの柱は力学的な構造上あの角度にしなければならず、美術的な計算はありませんでした。その中途半端な角度が天空の中心に向かう緊張感を演出できなかったと思います。ちょっとした手直しで済むことではないので、これを次作に生かして、来年は緊張感のある空間を創出したいと願うばかりです。
    「構築〜包囲〜」搬出作業
    今日はグループ展の搬出日でした。作品を解体して梱包し、倉庫に運搬しました。「この作品は設置も撤収も一人じゃ出来ない。いろいろな人の手を煩わせているので、みんなに感謝。」と家内が言っていました。その通りです。去年の個展の時も、搬出した作品を積んだトラックが銀座のネオンの中に消えていったのを見て、家内は働いてくれた人たちに心の中で感謝をしたそうです。自分は作品の置き所ばかり考えていて、作品が自宅に届いたらどこに保存しようかと迷っていたものです。ようやく周囲の人たちの恩がわかってきて、恥ずかしい思いです。大掛かりなインスタレーションをイメージしてしまう自分は、手伝ってくれる人たちを大切にしなくてはならないと思いました。