2007.03.06 Tuesday
1985年晩夏、5年間住んだウィーンの住宅を引き払って、ヘレニズム時代の都市遺跡を見にトルコやギリシャに数ヶ月の旅に出ました。交通手段はもっぱらバスと徒歩でした。ヒッチハイクもしました。何といっても遺跡は町から離れた山や土漠にあり、日本のように観光化されてはいませんでした。トルコのペルガモンやサルデス、エフェソスを振り出しにクシャダス、プリエネ、ミレトス、デイデイマ、アンタルヤ周辺の遺跡などを体力の続く限り見て歩きました。もう20年以上前のことなので、地名は虚ろに覚えていますが、印象はゴチャゴチャになって、どこの遺跡がどうだったかはハッキリしません。ただ都市を形作った計画はどこも立派で、当時の景観を思い浮かべるだけでワクワクしていました。この時、しっかり刻み込んだ敷石だけの景観やわずかに残った柱が、自分の作品として生まれるのは10数年先のことです。当時そんなことを考える余裕がなく、全身で遺跡のある場所の空気を吸っていました。
2007.03.05 Monday
鉛筆は素敵な道具だと思っています。最近はものを書く時にシャープペンを使うことが多いのですが、こと美術に関してはやはり鉛筆が手にしっくりきます。美大受験の時から慣れ親しんだ習慣があります。まず、デッサンやエスキースを始める際は、カッターナイフで鉛筆の木の部分をぐるりと回しながら均一に削り、それから芯の先を適度な細さにしていきます。これは美術的な作業に入る前の儀式のようなもので、鉛筆を削りながら精神統一し、美術の世界へと自分を誘います。作業途中にあっても、鉛筆を削りなおすことで安息を得たりします。木彫の際の鑿研ぎ、陶芸の際の土練りに似て、創作へむけて自己を暗示にかける手段だと思います。電動鉛筆削りでは得られない感覚です。しだいに短くなって使いづらくなるまで愛着を感じます。手放す時には創造行為を一手に引き受けた様相になり、そうした鉛筆たちに感謝しています。
2007.03.04 Sunday
国立新美術館に行った際に「異邦人たちのパリ」展を観て、その後「20世紀美術探検」展も併せて観てきました。さすがに大きな企画展を続けざまに観ると疲れてヘトヘトになりました。「20世紀美術探検」展はモノとの関係を探る試みで、現代美術がまさにそこから始まったと言っても過言ではありません。既製品をアレンジしてアートにしてしまったマルセル・デュシャンやマン・レイをはじめ、モノ派と呼ばれる芸術家の作品や今を象徴するインスタレーションがありました。アールデコのデザインも並んでいました。とにかく膨大な作品がありました。全国の美術館からよくぞこれだけ集めたと思えるような作品群でした。一堂に会して眺めると物質が芸術に与え続けた影響を感じ取れずにいられません。刺激的な企画です。
2007.03.03 Saturday
六本木に国立新美術館がオープンしたので、東京に出るついでに立ち寄ってみました。美術館前面は総ガラス張りで曲面が大変美しく、館内もわかりやすい構造になっていました。土曜日ということもあって混雑はしていましたが、広い空間がとってあるのでゆっくり観ることができました。「異邦人たちのパリ」という企画展は、パリに集った外国人芸術家の作品を集めたもので秀作が揃い、なかなか見ごたえがありました。絵画ではピカソ、ミロ、モデイリアーニをはじめ、藤田、荻須といった邦人画家もありました。彫刻ではブランクーシ、ジャコメッテイ、ザッキンなど20世紀を代表する作家が並び、当時のパリの画壇は異邦人芸術家が支えていたのではないかと思えるくらい光彩を放つ人たちがいたように感じます。これはパリを芸術の聖地として巡礼した証ですが、現在はアメリカかドイツか、あるいはアジアか、むしろ芸術の聖地と言う神話を失っているのかもしれません。
2007.03.02 Friday
今日茨城県に住む陶芸家の佐藤さんから納豆の箱詰めが届きました。さすが茨城と言いたいほど、納豆の種類の多さに驚きました。自分は納豆好きなので、これは嬉しい贈り物です。納豆に大麦や蕎麦の実が入っているのがあります。北海道産黒豆、丹波黒豆、奥羽産の青仁青豆などを納豆にしているのも変わっています。明日から納豆三昧です。しばらくはトッピングをやめてシンプルな納豆を味わいたいと思います。納豆と味噌汁に米があれば、自分は満足です。今では贅沢な取り合わせかもしれません。味噌汁の味噌に凝った時期がありますが、料理次第で美味しくいただけることがわかって、これは家内の腕を信じることにしました。ジャガイモとタマネギの味噌汁に辛子の入った納豆が実によく合って、自分の好物のひとつです。納豆をかき混ぜながら味噌汁をすする時に、日本人でよかったと思える瞬間があります。