Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • ビリーの追悼作品
    ビリー・ザウワー夫人を訪ねた折、ビリーの残した版を刷り上げたお礼にビリーと当時交流のあった画家たちの作品を頂きました。ほとんどすべてがビリーの追悼のために作られた版画でした。蔵書票のような目的で作られた小さな版画もありました。ビリーの自作版画集も頂きました。旧ユーゴスラビアのドブロブニクを描いた風景画で、石壁に陽の光があたっている様子をモノクロで表現したとても美しい版画集です。自分が滞欧していた時にはドブロブニクを訪ねることなく帰国してしまって残念な思いをしています。機会があれば行って見たい街のひとつです。その時はビリーの版画集を携えて行きたいと思います。
    版画家ビリー・ザウワー
    先月のブログではクリムト、シーレ、ココシュカといったウィーンでは有名な画家のことを書きましたが、今月は個人的に関わりのあった芸術家について書こうと思います。ビリー・ザウワーは20世紀初頭に短い生涯を送った版画家です。シーレ等がいたため歴史の中に埋もれてしまった人です。自分がウィーンで暮らしていた時、人を介してザウワー夫人とお会いしました。20年以上も前の話で、しかもその時彼女は80歳を超えていましたから、今はご存命ではないと思います。一人暮らしをされていた夫人からビリーの版が新たに見つかったので、ぜひ刷り上げて欲しいと頼まれたのでした。当時、美術学校に通っていた私は版画科に行って、凸版印刷機を使って古い版を刷り上げました。ウィーンの路面電車を描いたものでした。詩情豊かなモノクロの画面から当時の生活が伝わり、夫人は版画を見るなり涙を浮かべていました。
    ボトルバの墓参り
    ウィーン中央墓地は観光スポットのひとつです。音楽の都であり続けるウィーンならではの場所だからです。ベートーベン、シュトラウス、シューベルト等々錚々たる音楽家が眠っています。モーツアルトは共同墓地に葬られてしまったので記念碑が立っています。そんな中にボトルバの墓地もありました。ボトルバの作品がそのまま墓石になっていました。自分の墓石もこんなふうに出来たらいいなと思っていましたが、自分はどうやら今夏新しく出来た菩提寺の墓地に葬られるのでしょう。
    ボトルバの教会を見る
    ウィーンの彫刻家ボトルバの建てた教会は、大きなオブジェが大地にあるといった存在感で、とても教会とは思えませんでした。コンクリート打ちっぱなし、板材を様々な角度で構成した建造物で、なにか近未来的な生物のようでした。中に入ると宗教色は薄く感じ、むしろ思索的な空間が広がりました。これだけ斬新でありながら、決してカタチは挑発的ではなく、自然なリズム、ボトルバ流ともいうべき律動を感じました。この教会が建った時の周囲の住民はずいぶん驚いたに違いないと思いました。今はどうなんだろう、日曜には老若男女がここに礼拝に来るのだろうか、いろいろな思いを馳せながら、教会を後にしました。
    ボトルバの教会に行く
    建築からデザイン、そして彫刻へ興味が移っていった自分を振り返ると、彫刻家であり建築も手がけた作家は自分にとって大変魅力的な作家といえます。その逆に彫刻的な建築を作った建築家も魅力的です。スペインのガウデイはその有機的な建造物の中にどうしても入ってみたくて在欧中にスペインに出かけています。今回は彫刻家の作った教会のことを書きます。フリッツ・ボトルバ。ウィーンで構成的な抽象彫刻を作った人です。どんな人だったのか、お目にかかって、出来ることなら師事したかったと思います。自分が渡欧した時はすでに他界されていました。ボトルバの教会は日本にいた頃に写真で知りました。実際にウィーン郊外にある教会を訪ね、その形態の面白さにしばらく立ち尽くしてしまいました。