2007.02.24 Saturday
20歳代の終わりにウィーン生活を切り上げて帰国することになり、美術アカデミー修了を待って、数ヶ月の旅にでることにしました。1985年の夏から冬にかけてのことです。当地で生活費を賄っていたので、そんなに金銭的なゆとりがなく、それで思い立ったのが外人労働者が帰省するバスを利用して他国を周ることでした。ウィーンからトルコのイスタンブールまで行くバスがあることを調べて、これに乗ることにしました。当時ソビエト連邦を中心とする東欧諸国があって、それぞれの国に入るためビザが必要でした。旧ユーゴスラビアやブルガリアを通過するので、大使館に行って面倒な手続きをしてきました。バスは満員で、しかも一日では辿り着けず、休憩のたびに2人の運転手が客全員の手に香水を振りかけ(サービス?)、車中は中東の独特な音楽が流れ、昼も夜も走り続け、真夜中にイスタンブールに到着したのでした。観光バスではないので、ホテルの営業時間などに配慮もなく、夜中の街をさまようことが旅の第一歩になりました。
2007.02.23 Friday
カメラマンとの共同作業である図録の打ち合わせを持ちました。前にブログに書いた記憶がありますが、これは自分の作品をカメラマンが自分の言う通りにただ撮影したというものではありません。撮影者にも個性や主張があり、そうした意図が撮影に反映して、自分の作品であって自分の作品ではない世界が現れてくるのです。これは作者である自分には新鮮な驚きです。こういう視点から撮影したというものが、自分のさらなる意欲や次の創作に向かうヒントを与えてくれるからです。人の解釈によって、これほど刺激を与えられることはありません。まさにコラボレーションをしていると言っていいくらいです。そんな人に助けられながら制作をしているのだということを改めて考えた一日でした。
2007.02.22 Thursday
4月の個展に発表する「発掘」シリーズはテーブルを大地と見立て、テーブルの下に埋没している世界を表現しています。いわゆる地下遺構です。このイメージはずい分昔からあって、20歳代終わりに旅したトルコの地下都市に想を発しているように思います。当時、蟻の巣のように掘られた地下へ続く洞窟にかなり驚いてしまいました。自分は少年期から閉所が苦手で、長く閉じ込められていると、その窮屈さで強迫観念に襲われることがあるのです。そうしたトラウマを一気に克服できたのはトルコにある地下都市だったと思います。しだいに記憶がなくなりかけているので、近いうちにトルコで見た景色や風物をこのブログに書き留めておこうと思っています。あの当時数ヶ月にわたって旅したトルコやギリシャは自分にとって今に至る作品の源になっていると思うからです。
2007.02.21 Wednesday
昨日のブログに書いたギーガーのデザインによる「エイリアン」は、ドラマもさることながら、画面に現れる密閉された空間に不思議な美しさを感じさせます。老朽化した宇宙船は錆びた色合いの機械が並び、さらにエイリアンによって生物化した鉄のような素材が、古代生物の背骨を思わせて目を引きました。自分は「バットマン」のゴッサムシテイも大好きで、アールデコ様式の都市にバロック様式の彫像を混在させ、暗い色調で統一した画面は妖しい魅力に溢れています。ヨーロッパで生み出された様々な建築やデザインの様式をドラマの味として使ってしまうハリウッド映画は、理屈抜きで楽しめるエンターテーメントです。こんな情景を作ってみたいと思ったアーテイストが自由に作った世界で、CGも含め、現代美術が獲得した美意識が多様に表れていると思います。
2007.02.20 Tuesday
H.R.ギーガーという強烈な個性をもつ画家を知ったのは、「エイリアン」の映画を通してでした。彼はキャラクターを初めとする宇宙船内部全体のデザインを手がけていました。そのメカニックで生々しい表現は、性的であり暴力的であって他の追従を許さないほどの圧倒的な迫力がありました。20数年前にウィーン幻想派の洗礼を受けた自分には、E.フックスの世界に近いものを感じましたが、悪魔的で荒廃した機械文明を正面切って見せた人はギーガーをおいて他にはないと思いました。ただグロテスクなだけでなく、デザインの部分には大変美しいカタチのリズムやコントラストがあって、それが芸術性を高めているのではないかと感じています。画集の解説ではこれをバイオメカノイド・アートと称していました。リアルというより奇妙な作りモノの世界ですが、楽しめる要素がいっぱいありそうなので、一度スイスにあるギーガーの美術館に行ってみたいと思います。