2026.06.03 Wednesday
「キリスト教美術をたのしむ」(金沢百枝著 新潮社)の「殺人、箱舟、バベルの塔」は7つの単元から成っています。今回は〔15ノアの箱舟と大洪水 Ⅰ〕から〔18バベルの塔〕までを扱います。まず〔15ノアの箱舟と大洪水 Ⅰ〕。「地上に人が増えはじめると、人間は『悪いことばかり考えるように』なりました。それをご覧になった神さまは、人を造ったことを後悔し、大洪水を起こして世界を一新することに決めました。~略~しかし、堕落した世にたったひとり、御心にかなう人物がいました。セトの子孫で、アダムから数えて10代目のノアです。~略~神さまはノアに箱舟を造るよう命じ、ノアの3人の息子とその妻、そして地上のすべての動物の雄雌が、大洪水を生き延びられるよう計らいました。」次に〔16ノアの箱舟と大洪水 Ⅱ〕。「ノアの大洪水の神話的起源はバビロニア神話にあるとされています。『創世記』を書いた人々がバビロニアに強制移住させられたのが紀元前6世紀頃ですから、遅くともその頃から影響はあるのでしょう。聖書では箱舟は直方体ですが、バビロニアの洪水伝説を記す『ギルガメッシュ叙事詩』では、箱舟を立方体としています。」次に〔17ノアの箱舟と大洪水 Ⅲ〕。「神さまは天地創造の2日目、『水の中に大空あれ。水と水を分けよ』と命じました。世界を覆っていた深い淵の水を上下に分けたのです。大空の上には『上の水』、残った地上の水(海とその奥底にある深淵)を『下の水』と呼びました。大空(覆い)には『天の窓』があり、それらを開くと雨(上の水)が降る。他方、深淵の源が開くと、海の水(下の水)が溢れます。大空(シェルタリング・スカイ)の上が天国。海の果てにある『永遠の山』が、この宇宙の外壁です。太陽も月も、雹や雪も、出番がないときは、『永遠の山』の穴倉にひそんでいます。」次は〔18バベルの塔〕。「『バベル』とは『神の門』の意で、バビロンのことです。紀元前6世紀のバビロンには90メートルにも達する高い塔があったと、近年の発掘調査で明らかになりました。~略~この物語のポイントはふたつあります。ひとつめは、『全地に散らされることのないように』とあるとおり、人間たちが集結することで力を有し、神の意のままにならない存在になろうとしたこと。ふたつめは、言語の混乱です。ひとつの言葉しかなかった彼らの傲慢を戒めるために、神は言葉を多言語化し、それによってバベルの塔の建設計画は瓦解しました。」今回はここまでにします。
2026.06.02 Tuesday
今日の朝日新聞「折々のことば」に掲載された記事より、その内容を取り上げます。「老いといふやさしき闇に甘えるな火いろの言葉に見果てぬ夢を 春日真木子」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「百歳を迎えた歌人の歌集『宇宙卵』の巻頭歌。火いろは緋色。老いは穏やかで納まりのよい終いの季節などではなく、むしろ軽やかに赤々と燃える季節なのかもしれない。歌人はそんな思いで老いの未知の感触を探る。老いて人はかろみを得るのか。肉が落ちるからもあろうが、責任も記憶の容量も減って身軽になる。そして不意にどこかへ翔んで、行方知れずになりもする。」私には自分の終焉がまだ想像できないのですが、若い頃に比べると、確実に死に近づきつつあることを感じることがあります。身体の動きが以前より緩慢になったり、ちょっとした言葉が思い出せなかったりするからです。嘗てショーペンハウワーの書籍で死生観について気を留めたことがあり、逝去間近で綴った谷川俊太郎の詩からも、老いや死に至る心の変化を読み取ったことがあります。老いを感じるのは、1週間に2回近隣のスポーツ施設で水泳をやっている時に、以前なら大きく身体を使って、よりスムーズに泳ぐにはどうしたら良いだろうと考えながら、向上心を持って挑んでいましたが、現在は現状維持を目標にしていて、前と同じように泳げたら良いと思うようになりました。体力を維持することが何よりと感じているのは、老いのせいかもしれません。一方、創作活動は現状維持はなく、常に深化を狙っています。「火いろの言葉に見果てぬ夢」は自分の場合は創作活動にだけイメージされる状態なのだろうと思います。創作活動は悪魔のようで、そのゴールが見えません。まさに「見果てぬ夢」で、工房にいると身体のことは忘れていられるのです。工房から自宅に戻って来ると、身体がだるくなって、身体の各部分に故障個所があるのではないかと空しい気持ちになります。老いは気持ちの持ちようで何とかなる?いやいや、そうではないかなぁと思うこの頃です。
2026.06.01 Monday
6月になりました。さて来月に個展を控えた自分としては今月は何をするべきか、紙面を割いて検討したいと考えます。このNOTE(ブログ)は広く公開しているにも関わらず、私の覚書的な役割も担っていて、そんなことを人に伝えてどうするのか躊躇することもありますが、個展開催までの行程をメモしておくことも、後になって有効だろうと思っているのです。これが今月の目標ともなるからです。今月はまず個展のために図録を作ろうとしていて、その撮影日をカメラマンと相談し、13日(土)にしました。その際、案内状も作るため、画廊との打ち合わせもしなくてはならず、どこかのタイミングで画廊に行ってこようと思います。作品の方は集合彫刻に貼り付ける印を新しく彫る仕事があります。陶にサインが出来ないため、和紙に印を押し、それを陶彫部品の見えないところに貼り付けているのです。印には番号も記します。集合彫刻なので組み合わせを考えて順番をつけておきます。その際、陶彫の微妙な修整も行います。画廊が変わるため、この機会に図録のデザインも一新しようと思っています。そのために図録の雛型を作ろうと思います。毎回雛型は作っていますが、今回はいろいろ考えて軽妙洒脱な図録に出来たらいいなぁと思っています。例年なら図録用撮影が終わったら、作品の梱包作業に入ります。作品が陶彫である以上、陶彫一つずつに木箱を用意し、そこに収納して保存する必要があります。並行して来年へ向けて次作の準備も始めていきます。創作活動には終わりがないため、個展はひとつの区切りにすぎず、作品のコンセプトは続いていくのです。造形イメージが枯渇しない限り制作は続きます。梱包作業の退屈さから逃避するために次の創作活動に移行しているとも言えます。今月は展覧会や映画鑑賞も行きたいと思っています。画廊に行く日に美術館にも立ち寄る予定です。今月も充実した1カ月にしようと思っています。
2026.05.31 Sunday
日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いています。今日は5月の最終日なので、創作活動の状況を交えながら、この1カ月を振り返ってみたいと思います。7月に個展で発表する新作は、漸く完成に近づきました。壁に掛ける「炭景」4点のうち、2点は完成し、残りは数日のうちに完成になります。今回の個展では6点で構成される集合彫刻1点、壁に掛けるレリーフ作品4点、陶彫による小品4点が出品内容です。例年と違うところは、ギャラリーが変わり、今年の画廊は床面積が以前より大きくないこと、年間を通じて絵画作品の個展が多いこと等あって、私の作品もこれを機会に転換を図ろうとしていることです。壁に掛ける作品に力を入れたことが自分としては新しい試みでした。ただし、作品の発想は初期からずっと同じで、ヨーロッパ生活を引き揚げる時に見てきたギリシャ・トルコに広がる都市遺跡が源になっています。ということで「発掘シリーズ」は継続になります。今月は気候的に制作がやりやすく、また工房周囲にある木々も新緑に覆われて、爽やかな風が吹いていたことが印象的でした。今月の31日間のうち29日間は工房に行って制作をしていました。工房に行かなかった2日間は、3つの美術館を渡り歩いた日と茅ケ崎にある美術館に行った日でした。他の美術館や映画館に行った日は午前や午後に工房での作業を組み入れていました。美術鑑賞を己の研鑽と捉えれば、私には休日はないなぁと思いますが、好きなことをやっている現在では休日は必要ありません。美術鑑賞では「河鍋暁斎の世界」展(サントリー美術館)、「今村紫紅」展(横浜美術館)「田中信太郎展」(世田谷美術館)、「牧野邦夫」展(茅ケ崎市美術館)、その他では工房に出入りしている教え子が初出品初入選を果たした「国展」(国立新美術館)があり、全部で5つの展覧会を回りました。映画鑑賞では「今日からぼくが村の映画館」(横浜シネマリン)、「モディリアーニ!」(シネマジャック&ベティ)の2本で、観賞として今月は充実していました。来月も実技や鑑賞をバランスよく予定に入れたいと思います。
2026.05.30 Saturday
週末になりました。土曜日はその週の振り返りを行ないます。今週は木曜日以外工房に通い、「炭景」4点の彩色を行なっていました。彩色による下地作りは今週で終わりました。その下地がよく乾いてから、幅広の刷毛を使って掠れによる最終的な彩色を施す予定です。それは下地がしっかり乾かないと出来ないので、作品ごとに一日ずつ放置することにしました。その放置日である木曜日に、家内と神奈川県茅ケ崎にある茅ケ崎市美術館に出かけてきました。同館で開催されている「牧野邦夫」展は、NHK日曜美術館で情報を流したこともあって、多くの鑑賞者で溢れていました。私は嘗て練馬区美術館での彼の展覧会を見に行っていて、力瘤が込められた作品群を見て、結構疲れた記憶がありました。ただし、写実絵画は暫し見ていると退屈になるのが私にとって通常ですが、「牧野邦夫」展はまるで異なり、刺戟的な作風は衰え知らずで、私にこれでもかと迫ってきました。彼はヨーロッパ古典絵画技法を完璧に身につけ、それを駆使した日本の物語を紡いだ大きな作品があり、それはなかなか壮観でした。とりわけ彼の描く手や足の表情が素晴らしく、また画面の中でも人を惹きつけるポイントになっていました。享年61歳は短い生涯と言えるでしょうか。画業を見ていると思いのすべてをぶつけたような生涯だったように思えますが、いかがでしょうか。現在、私自身も油絵の具を使って作品を作っている最中で、私は慣れない絵画制作に苦戦していますが、絵画としての捉え方に試行錯誤する毎日です。私の場合、絵の具は何か物語を描き出す材料ではなく、絵の具は単に絵の具であり、彫刻素材としての捉え方をしています。絵の具を塗装しているパネルも単に物質であり、これは壁に掛ける空間作品と考えているのです。具象絵画から具象でない絵画までの表現の幅の広さは今に始まったわけではないにしろ、現代では芸術作品の多様化は絵画という枠を超えています。ただし、そこに精神性があるか否かは、作家個人の創作への追求の姿勢によるものと理解しています。