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  • 「青騎士」を読んで
    年刊誌「青騎士」は1912年ミュンヘンで出版された、という訳者の前書きから始まって、この貴重な本に様々な芸術家が評論を寄せています。1912年といえば20世紀初頭。ほとんど1世紀前に書かれたものです。第一次世界大戦で中断し、その後ついに出版されませんでした。「青騎士」出版編集を担当したカンデインスキーのパートナーはフランツ・マルクでした。画家としての才能ばかりではなく文才があったのは、カンデインスキーと同じ資質をもった人だったようです。マルクは第一次世界大戦で36歳で戦死。またマルクの親友で優れた水彩画を残し、また詩人としての才能に恵まれたアウグスト・マッケも27歳で戦死。こんな状況の中で「青騎士」が出版され「青騎士展」があったことを思うと、この時代に彼らがやり遂げようとしたことが生々しく伝わってきます。「青騎士」の新しい思想は、今でこそあたりまえとなったことも多く、また当時を考えると彼らの初心の意気込みや新鮮さもあって、読みごたえのある内容になっていました。
    歯にまつわる(歯無し)話
    今年も空調設備のない作業場で、長い柱を彫り始めています。このところもっぱら木彫に親しんでいます。荒彫り用に丸鑿を使っていますが、鋸が芳しくありません。見ると鋸に歯こぼれがあるのに気づきました。自分は鋸の目立てをやったことがなく、ヤスリもありません。昔、亡父のもとに来ていた植木職人が昼食の休憩時間に鋸の目立てをやっていたのを見ていたことがあります。ひとつひとつ丹念に歯にヤスリをかけていました。自分はなす術も無く、今日はここまでかと思ったところで、左上の奥歯がポロンと取れてしまいました。もともと差し歯だったので、そのまま歯医者に直行し、また元通りに、と思いきや土台が割れていて抜歯しかないと言われてしまいました。鋸といい奥歯といい、歯無しにまつわる話でシンドい一日を終えました。もうこんな話は勘弁願いたいを思っています。           Yutaka Aihara.com
    青騎士・デア ブラウエ ライター
    ドイツ表現主義に興味を持ってから、当時住んでいたウィーンで資料集めをしていた時期がありました。「EXPRESSIONISMUS(エキスプレッショニスムス)」と表題にあった書物をいろいろ購入したものの原書で読む労苦に耐えられず、結局は日本に持ち帰り、我が家の書棚の埃にまみれたままになってしまっています。「青騎士」の画集も原書で持っています。ミュンヘンのプレステルから出版されたものです。関わった画家は画集から察しがつきますが、実際「青騎士」とはどんな運動だったのか、わからないままになっていました。最近、白水社から「青騎士」の翻訳が出て、早速購入して読み始めています。興味を持ってから実に30年が経っています。カンデインスキーやマルクの作品をもう一度見直して、翻訳とともに自分の過去における関心を辿りなおす作業です。今夏はこれを課題にしていこうかとも思っています。
    「ドイツ表現主義の誕生」から
    20数年前にドイツやオーストリアで生活し、表現主義の枠に括られる多くの画家や音楽家の遺産をこの目で見ておきながら、表現主義の何たるかを知らず、キルヒナーやノルデの絵画世界がもつ漠然としたイメージだけで表現主義が解っている気がしていました。実際はダダやシュールリアリズムのような「宣言」があったわけではないので、表現主義を限定するのは難しく、後期印象派のあたりから表現主義と呼ばれるようになったと思っています。早崎守俊著「ドイツ表現主義の誕生」を読んで、あらためて表現主義の初期の動きがわかりました。ヴォリンガー著「抽象と感情移入」を引用し、このゴシック芸術解明を書いたものが、表現主義というコトバのさきがけをなったと「ドイツ表現主義の誕生」では述べられています。さらにヴォリンガーが原始的な美に遡って論じていることも表現主義に通じることを示しています。恥ずかしいことに自分は20代で中途半端な知識しか持たずに渡欧し、実際の作品に接し、帰国してから文献を漁って、ようやく表現主義の何たるかに辿りついたようです。
    ドイツ表現主義への第一歩
    20数年前に初めてヨーロッパに渡り、最初に降り立った都市が旧西ドイツのミュンヘンでした。東京〜パリ間をフライトし、パリを見ずにそこからすぐミュンヘンまで飛んでしまいました。日本の大学に通っていた当時からドイツ表現派に思いを寄せていたので、パリのルーブル美術館より先にミュンヘンのレンバッハギャラリーやハウス デア クンストに行ってみたかったのです。ドイツ表現派に関わる情報は、日本で得られるものが大変少なく、それでも芸術集団「デア ブリュッケ(橋)」や「デア ブラウエ ライター(青騎士)」を調べて、ミュンヘンの美術館で実際の絵画を見たのでした。僅かの知識で見た作品の数々はプリミテイブな力を感じたものの、それ以上に心を揺さぶられることはありませんでした。その後ヨーロッパ滞在中にゴシックやバロック等の古典から印象派に至る全ての作品をこの眼で見てから、もう一度ミュンヘンに立ち寄った時に見た表現派は、あきらかに違って見えました。分厚い西洋美術史を、知識というより感覚で取り入れてから、改めて表現派に接すると、内なる声に耳を傾けながら真摯に取り組む作家の姿が見えて、日本で初めて表現派に接した時の新鮮さを思い出していました。