2007.07.04 Wednesday
先日、出張の時に購入した「菊池伶司 版と言葉」は22歳で夭折した版画家に関する評論や本人の日記を編集した冊子です。自分は1960年代に活躍し、短い一生を駆け抜けた菊池伶司という版画家を知りませんでした。近頃TVでも取り上げられ、版画専門の美術館で個展もあったようです。たまたま書店で手に取った本の初めのページに掲載されている版画の数々が、銅版画の要素たっぷりの定番のようでいて、何故か気にかかる表現であったため、この本を購入しました。パラパラとページをめくると、凝縮された人生を綴った文章に思わずのめり込んで、一気に読んでしまいました。自分の命を削るように銅板に刻まれた解読できない文字や解剖図のような表現が、いつまでも記憶に残ってしまいます。
2007.07.03 Tuesday
夜、家内を車で迎えに行った折、坂道で急にエンジンが停止しました。何度やっても駄目でした。仕方なく携帯電話でレッカーを呼び、そのままデイーラーへ。自動車通勤をしている自分には手痛いトラブルになりましたが、他者をまきこんだり、仕事場のある遠方でトラブルにならなかっただけ良しと考えることにしました。あたりまえに考えてしまっていることがあたりまえでなくなると不便を感じます。初めから無ければ不便を感じることも無く過ごしているのに、文明の利器に頼りすぎている自分が恥ずかしくなります。しばらくはゆっくり読書でもしながら通勤しようと思います。
Yutaka Aihara.com
2007.07.02 Monday
ウィーンで暮らしていた20数年前、人から勧められた文庫本を数冊手に入れました。シュテファン・ツヴァイク著「マリー・アントワネット」「ジョセフ・フーシェ」。翻訳本の中では、このノンフイクションが最高に面白く、昼夜を分かたず読み通してしまった思い出があります。ウィーンという周囲の環境が影響したこともあったのでしょう。臨場感があって、たちまち虜になってしまいました。ノンフイクションとはいうものの、まるでフランス史を見てきたかのような表現。とくにジョゼフ・フーシェは歴史に中に登場する人物としてはマニアックで、ツヴァイクの創作的な部分もあろうかと思われます。でもリアルで説得力のある表現は、歴史の持つ面白さを巧みに引き出し、一気に読み終わるまで余裕を与えてくれません。そんな表現世界と再び出会ってみたいと思うこの頃です。
2007.07.01 Sunday
7月になりました。中旬には職場が夏季休暇に入ります。そこで例年のように創作三昧の生活が待っています。夏季休暇中の限定つきの創作生活ですが、リズムを作って制作に没頭したいものです。昨年もブログに書いていますが、作品が大作の場合は全体構成をおおよそ決めてから作業に入ります。自分がやっている集合体による作品は、まとまった時間があればパーツをひたすら作ることに終始することになります。昨年の夏も「構築〜包囲〜」のパーツ作りに精を出していました。今月からこの制作リズムを自分の身体に叩き込んでいきます。ひらめいたら昼夜を忘れて創作に打ち込む姿勢とは根本的に違い、決まった時間にその日にやるべきことをしっかりやるという作業です。まさに職人的な工程です。自分にはこのやり方が合っています。健康に留意して今月を乗り切りたいものです。
2007.06.30 Saturday
昨日のブログの続きになりますが、彫刻家の顔と地方公務員の顔をもつ自分は、2つの異なる仕事を振り子のように行ったり来たりしながらやっています。それで心のバランスをとっているのだと自分では思っています。事務的な仕事が続くと、木を彫ったり土を練ったりしたくなります。創作をしている時は他のすべての雑事を忘れられるので、精神的に創作に助けられることが多くあります。ところが創作に没頭すると、今度は精神的にあぶない状態に追い込まれることもあります。自分自身と戦う自分がいて、シンドい思いをするのは創作ならではの醍醐味です。また公務の仕事がひとつ終わって、創作に戻る時はワクワクします。さらに次の公務が待っているので、創作で精神的に追い込まれることは稀にしかありません。精神を健全に保つには、こんな感じの日常がいいのかもしれません。