Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • キャリア教育について
    学校教育の骨子となっている学習指導要領の中に「キャリア教育」という箇所があります。ニートやフリーターがしだいに増えていくと社会が弱体化する傾向になるので、そこで児童・生徒・学生に確かな職業観を身につけさせようとするのが「キャリア教育」です。学校教育が行き届かなかった昔は、子どもが丁稚奉公に出され、否応なく職業体験ができたものです。それが現在は学校で職業体験を設定して、働く意義を教えているのです。自分は中学生の時から亡父のもとで働いて、小遣いをもらっていました。家庭内「キャリア教育」でした。そこで自分は亡父の職業に嫌気がさす皮肉な結果になりましたが、確かな職業観をもてたのは幸いでした。人は働かなければいけないというモラルが身についたのでした。現在も彫刻家の顔と地方公務員の顔を持っていて、それ故悩んでいる自分がいます。でも職業人として社会に参画している実感は、日常の自分の生活を見ると必要なことかなと思ったりしています。
    創作行為に関すること
    気が乗らないと創作がままならない状態は日常では普通のことだと思います。自分もずっと何かやりたいけど、何もやれない状態が続いていました。日常の雑事にかまけて、やりたいことが出来ず、時間ばかりが過ぎてしまうことが多くありました。どこかの段階で創作行為に対する意識が変わり、堰を切ったように制作を始めたのです。その時はギャラリーでの個展が決まっていたわけではなく、その他外的な要因もなく、ただ作りたいという純粋な気持ちが湧いてきて、わだかまっていたイメージを追いかけ始めたのです。こうした意識で始めた創作行為はなかなか強くて、多忙な仕事を抱えていても、時間を見つけては創作に戻っていけるのです。実際今も仕事に忙殺されていますが、イメージが痩せ細ることはありません。本当の意味で自分がやりたいものがそこにあると感じています。
    365点の連作 立体への兆し
    2月から始めている365点の連作が近頃面白くなってきました。ポストカード大の作品ですが、いろいろな展開を見せ、また立体要素も加わって次から次へ作品が生まれます。一時はどうなるものやらと思っていましたが、ヴァイオリズムがいい状態になっていて、毎日楽しく作業しています。毎回違う発想でやることは無理そうなので、何日か同じテーマでカタチを追い続けています。今は平面からレリーフに変わり、徐々に立体へ展開する兆しがあります。356日の間には、今のように盛り上がる時もあれば、落ち込む時もあるだろうと思います。その心の動きが面白いと思います。展示を考えずにスタートしましたが、ここまでくると1ヶ月ごとに額装して展示してみたい欲求にかられています。この夏は木彫の大作と併行して進めていこうと考えています。
    柱材の購入と運搬
    今年も柱材を購入し、レンタカーで作業場まで運搬しました。日々の仕事に追われているので、今年は業者に頼むつもりでいましたが、結局自分でやってしまいました。今年購入した柱材はかなり長めで作業場の天井すれすれでした。輪にしたテーブルの内側から外に向かって柱が斜めに伸びていく作りにするつもりなので、できるだけ長めの柱を使おうとしています。彫る部分も昨年より多く、また先端を細くする予定です。実際に彫り始めるのは来月中旬になります。作業場で柱材をしばらく眺めているのがいいのです。どんなカタチを彫りだそうか柱材と相談するのです。結構楽しい時間です。前にもブログに書いたことがありますが、素材を買ってきて、それをしばらく寝かせていて、カタチが浮かぶまで待つ時間です。
    古い詩集の新鮮なコトバ
    歌謡曲は、歌は世につれ世は歌につれながら次第に古さを纏っていくものですが、時代を反映しながらも、なお新鮮な表現を保つコトバがあります。自分が学生時代に歌謡曲(フォークソングかな)を聴きながら集めた詩集です。当時の現代詩を自作のフォークソングに仕立て直す歌手がいて、そんな興味と書店での立ち読みから、どうしても欲しくなった詩集がかなり我が家の書棚に眠っているのです。白石かずこ詩集「卵のふる街」の空からいろいろなものが降ってくる映像としてのイメージが好きになったり、富岡多恵子詩集の活字の楽しさ、気ままさがスイスイと心に入ってきたりしました。こういう詩人たちが語る自作論の面白さは、自分が自作の彫刻作品を語るコトバと照らすとあまりにも自分が貧困でなりません。50年も前に初版されているコトバが、世につれずに新鮮でいること。自分の作品も(コトバではない)そうありたいと願うばかりです。