Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • キムチ納豆の朝ごはん
    ある健康情報番組が納豆を取り上げ、しかも情報が捏造だったことが新聞で報道されています。確かに店頭から納豆が消えました。自分はこの番組が放映されるずっと前から納豆を食べていて、それが習慣になっているので、納豆が消えている今は大変迷惑しています。健康ブームというわけではなく納豆好きなのです。今の職種に就いた頃、水戸の偕楽園近くの納豆専門店で食べた納豆料理が美味しくてファンになったのでした。最近は好きなキムチと生卵を納豆にトッピングして朝ごはんに食べています。これがなかなか美味しいのです。だからといって、どこがどう変わったという実感はありません。きっと自分と同じ嗜好を持っている人がいて、その人も迷惑しているんだろうなとつくづく感じています。
    石田徹也遺作集
    昨日行った「有元利夫展」の出口のところで、「石田徹也遺作集」を見つけて買い求めました。有元利夫は38歳、石田徹也は31歳で夭折した画家です。石田徹也を知ったのはNHK新日曜美術館でした。TVを見ていて、かなり衝撃を受けました。画集が欲しいと思っていたので、この冊子を見つけた時は咄嗟にレジに走ってしまいました。石田徹也の画風は、有元利夫の西洋風な気品溢れるものとはまるで異なり、現代日本の闇の部分を象徴するようなテーマで描かれています。社会を独特な視点で捉え、無表情な自分を登場させて、社会と個人の関わりを表現しています。描かれた本人の目はどこを見ているのか判然としない、それでいて雄弁な表現力はもの凄いものがあって、一度絵を見ると忘れられない魅力を秘めています。なんの理屈もなく心に入ってくる絵です。本当に短かった生涯でしたが、心身を削って描いていたのかと思えるような気分になってしまいます。
    有元利夫展
    夭折した画家の中でも有元利夫は大好きな画家の一人です。数年前、茨城県つくば美術館に回顧展を観に行きました。今日たまたま横浜駅を通ったら、そごう美術館の「有元利夫展」の看板が目に付いて、また観てきました。同じ作品を場所を変え何度観たことか。でも何度観ても有元利夫は新鮮です。故意に古くした画面は、一度描いたキャンバスをもみくちゃにして絵の具を落としたり、岩絵の具を使ってみたり、まるで中世の宗教画のような剥がれた色合いと気品があって素敵です。とくに描かれた女性より画面の背景が気になるのは自分だけでしょうか。赤茶けたイタリアの住居の壁のような風合い、濃いグリーンの西洋臭さ。アルルカンの衣裳も机も雲もすべて西洋の雰囲気たっぷりで、でもくどいことはなく、やはり日本人の感性に合った作品だなと感じています。
    「彫刻の投影」を読んで
    暇を見つけては活字を目で追っています。気まぐれ読書家なので、一冊の本を読むのに長い時間がかかってしまいます。同時に何冊も読んでいて、どこまで読んだかわからなくなっていることもあります。「彫刻の投影」という書物はどこかの美術館のショップで購入したものです。下田治というアメリカ在住だった彫刻家が著したもので、海外で暮らす画家や彫刻家の裏側を書いていて、同じ海外に暮らした者として大変興味深く読んでしまいました。自分がいたヨーロッパとは違う環境に驚いたり、保守的ではないところが羨ましかったりしました。下田さんはもう亡くなられているようで、いわば遺稿として出版されたようです。
    立体作品の多面性
    あと10日で、新作「構築〜包囲〜」を横浜市民ギャラリーに搬入しなければなりません。油絵の具を乾かす関係で、厚板に試みている塗装はそろそろ終わりです。やや薄赤の画面になっています。これでいいかなと思いつつ、翌日になると気に入らなくなり、一向に終わることが出来ません。搬入があるという理由で終わらせるのが例年の慣習みたいになっています。厚板の画面はテーブルの上になるのですが、下になる面も見えてしまうので、下にも簡単な塗装をすることにしました。そこが平面作品との違いで、どこから見てもいいように作るのが立体作品の醍醐味です。簡単な塗装と言えども色味を合わせて、下から覗いても作品として成り立つようにしています。いわゆる立体作品の多面性というもので、平面画面の裏側も作らねばなりません。この週末は裏側の処理に追われています。