Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

note

  • Tag cloud

  • Archives

  • クレーの絵本
    パウル.クレーという画家は私の頭の中にちょこちょこ顔を出して、造形する心をくすぐってくれたり、気持ちを軽くしてくれます。「クレーの絵本」という小さな本は私の大好きな書物のひとつです。谷川俊太郎の詩がついていて、絵のイメージをさらに膨らませてくれます。詩はひらがなで書かれていることが多く、そのやわらかく朴訥な字面と、ふっと深みに入っていく感覚が何ともいいのです。「クレーの絵本」は書棚にしまうことはなく、いつも傍らに置いてあります。クレーがつけたタイトルも詩そのものです。色彩もカタチも詩そのものです。自分の中にも詩はあると思うのですが、造形の中にコトバを発見するとなると容易ではありません。気構えてしまうのかもしれません。
    渦巻くカタチ
    先日、螺旋の造形をブログに書きましたが、螺旋を平面にしたものが渦巻きで、当然渦巻きも造形要素としては大好きです。中心に向かって巻き込まれていく、また中心からグルグルと外へ広がるカタチは、一点から展開する作品を作ろうとした時に最も効果的な要素です。ウィーンでお会いできた故フンデルトワッサーもこの渦巻きに注目してカラフルな縞が永遠に続く作品を多く残しました。きちんと円形を辿るのではなく、ところどころ戸惑いながら渦巻いていくカタチが、フンデルトワッサー同様自分も大好きで敢えて幾何的な渦巻きを壊し、渦巻きにボリュームを与えています。中心点を設けない渦巻きも視線を裏切って面白みを感じさせます。まだまだ可能性がある渦巻くカタチにしばらく酔っていたいと思います。
    エッシャーの魔術
    作業場に来ていた美大生が課題をそっちのけにして、エッシャーの画集を見入っていました。「この人が生きて傍にいたら惚れちゃう」と彼女は言っていました。それほど心を虜にする表現力を持った画家です。エッシャーは遠近法や幾何形体のトリックを巧みに取り入れて、それだけに留まらず自身のオリジナルな幻想世界を描いています。具象と抽象を併せ持つ不思議な世界です。とくに抽象として表れるのは数学的なカタチで、多面体であったりメビウスであったりします。私がエッシャーを知ったのは美大生の彼女と同い年の頃で、大学受験のためのデッサンの研究所で講師の先生から紹介されました。それから私もほぼ30年間ずっとエッシャーの魔術の虜になっています。
    彫刻にむけたコトバ
    真白い大理石から・彫りだされてくるきみ・先ず胸筋が初めての風を受け・頬には荒々しいのみの跡。谷川俊太郎の詩集「空に小鳥がいなくなった日」からの「裸」という詩の一節です。高校3年生の時、これを読んで彫刻っていいなと思いました。これが理由で彫刻家になる決心をしたわけではありませんが、脳裏に焼きついた一節であることに変わりはありません。コトバがもつ唯物としてのイメージがあって、石の荒彫りから完成にいたる情景が目に浮かびました。その頃はまだ彫刻の何たるかを知らずにいましたが、たとえばミケランジェロの作品がこんな具合に生まれてきたのかと連想させられます。コトバのもつストレートな力を感じて、こんなコトバがどうしたら出てくるのか羨望さえ抱きました。
    早稲田小劇場
    小劇場が盛り上がりを見せていた頃、赤テントや黒テントだけではなく早稲田小劇場にも足を運びました。まだ本拠地が早稲田にあった頃の小劇場です。鈴木忠志の演出、白石加代子主演の芝居はとてつもなく面白く、あっという間に時間が過ぎました。白石加代子のおどろおどろしい声が圧倒的な存在感を持っていました。本拠地が富山県に移ってから早稲田小劇場とは縁がなくなってしまいましたが、あの小さなアトリエで観た公演が今も印象にのこっています。別役実という劇作家もこの時知りました。別役実の童話にも興味を持ちました。乾いた情念を感じさせる独特な世界で、あっさり書かれたような詩的情景が、自分の心の片隅に棲みついてしまいました。