2021.03.11 Thursday
今月末で現職を退く私は、職場関係のことでは何でもかんでも「最後の~」という冠がつきます。同業者が私のNOTE(ブログ)を読んでいるので、儀礼的イベントが何を指しているのか分かっている方もいらっしゃいます。私の職種では年間2回の儀礼的イベントが計画されています。私の仕事は年度で変わるので、年度が始まる4月と年度が終わる3月にイベントがあるのです。この儀礼的イベントには毎回来賓の方々も招待していますが、新型コロナウイルス感染症の影響で、今年度は職場関係者のみでイベントを開催することが決まっていました。外に開けないイベントになって、慎ましく儀礼を執り行いましたが、私の職種は専門性の強い職員軍団にも関わらず、専門を超えたところで協力し合い、全職員がイベントの成功に貢献していました。私は彼らに支えられ、人生最後の儀礼的イベントを行うことが出来ました。私が再任用満了まで勤めてこられたのは、こうした職員集団がいてくれたおかげです。本来ならお互いの働きぶりを讃え、一献傾けたいところですが、昨今の事情で飲み会は出来ず、職員への感謝を胸に仕舞っておくに留めました。イベントの中で私が式辞を読む場面がありました。今日は3.11です。黙祷を捧げた後、命を失った多くの人の無念を思い、私たちは生きて、命を繋いでいこうと呼びかけました。コロナ渦が現在も続いていて、命の大切さを考える機会が身近になっている現状を考えれば、式辞で伝えたい言葉は自ずと出てきました。今日はこのような大きなイベントも難なく終わらせ、来年度人事にも拍車がかかる時期になったとも言え、これも私には「最後の~」がつく重要な仕事なのです。私たちの仕事は次世代に繋いでいくことも大切で、多少の変化はあっても根本のところは、伝統的に繋いできた精神的姿勢によるものかもしれません。そんなことを考えながら最後の儀礼的イベントを過ごしていました。
2021.03.10 Wednesday
「形式論理学と超越論的論理学」(エトムント・フッサール著 立松弘孝訳 みすず書房)の小節のまとめを行います。第二篇「形式論理学から超越論的論理学」の第6章「超越論的現象学と志向的心理学。超越論的心理学主義の問題」に入っていますが、題名が長いので表示を多少省略をさせていただきました。今回は第96節から第97節までを読み解いていきます。ここでは間主観性とかエゴ(単独者)という語彙が出てきます。「私の心が私の超越的エゴの自己客観化であることが私にとって確実であり、超越論的な解説によってすでに理解されているとすれば、他者の心も一つのエゴを、しかも私のとは別の超越論的エゴを指示している。しかし他者がそのエゴを把握するためには、彼自身の経験の中に予め与えられている世界から《現象学的還元》によって最終的に構成する生活へ立ち帰って問うことによってである。」次に超越論的独我論の仮象という小節の中でこんな論考に気を留めました。「ここで言う超越論的仮象とは、一貫した超越論的哲学に着手しようとするすべての試みを最初から惑わせ、多くの場合その試みを鈍らせてしまうような仮象のことであり、超越論的哲学は必然的に超越論的独我論に陥らざるをえないであろう、と思わせる仮象のことである。~略~この謎が解消されるのは〈私にとってつねに現存し、つねに私の経験から意味を獲得し、そしてその意味を検証している世界の意識事実の中に伏在している構成についての問題設定〉が解きほぐされ、そしてさらに体系的な順序に従って次々に明示される場合である。」次に哲学者にとっての論理学の諸研究について考察した箇所がありました。「哲学する人は、われわれが正当な理由があってたびたび強調してきた事柄を、最初から明確に自覚しなければならない。すなわちそれは、彼にとって存在し、しかもこれかあれかであり、これとして彼にとって存在と妥当性をもちうるはずの事物はすべて、彼にとってはその存在物独自の特殊性に対応する志向的な能作の形態で、独自の《意味付与》から生じた形態で彼に意識されているはずである。」今回はここまでにします。
2021.03.09 Tuesday
2020年に制作したRECORDのうち1月から3月までのRECORDをホームページにアップしました。昨年10月に9月分までのRECORD撮影が終わっています。私の月毎に添えるコトバが進んでいないため、4月分から9月分のRECORDは、まだアップが出来ません。2020年は色彩をテーマにしてきました。10代の頃、私は大学で工業デザインを学びたくて受験勉強を始めましたが、受験科目にあった平面構成が苦手でした。私は色感が悪かったため、平面構成は他の学生に比べて貧弱に思えました。工業デザインを諦めて彫刻を学ぶようになった私は、彫刻専攻の仲間たちと出かけた東京国立近代美術館で「マリノ・マリーニ展」を見て、塑造作品だけでなく平面作品に眼を奪われました。平面作品の色彩の美しさを理解したように思えたからでした。その後、ヨーロッパに出かけた私は、街のショーウインドウを飾る色彩に惹かれました。自分の色彩に対するコンプレックスを何とかしたいと考えていた私は、RECORDによって克服しようと思いました。デザインの基礎を学んでいた当時は、モノクロや金銀は色彩と見なさず、有彩色を使うことに終始していましたが、有彩色も無彩色も全てを色彩と見なし、それらを自由に使うことで自分の世界を作ることに決めました。2020年はあらゆる色彩の中で月毎に一つ決めて、それをテーマにしました。1月は「白」、2月は「灰」、3月は「藍」です。それは楽しい1年間だったと振り返っています。今回アップしたRECORD3ヶ月分を見ていただけるのなら、左上にある本サイトをクリックしてください。ホームページの扉が出てきますので、その中のRECORDをクリックしていただけるとRECORD3ヶ月分に辿りつけるかと思います。ご高覧いただけると幸いです。
2021.03.08 Monday
「形式論理学と超越論的論理学」(エトムント・フッサール著 立松弘孝訳 みすず書房)の小節のまとめを行います。第二篇「形式論理学から超越論的論理学」の第6章「超越論的現象学と志向的心理学。超越論的心理学主義の問題」に今日から入ります。これも前章と同様題名が長いので表示を多少省略をさせていただきました。今回は第94節から第95節までを読み解いていきます。存在する事物は全て主観性の中で構成されるという小節の論考で、気になった箇所を引用いたします。「経験とは、経験する私にとっては経験された存在が《現に存在しており》、しかもそれが現存する何かとして、その内実全体とまさに経験自身が、その志向性の中で遂行する能作によって思念し付加する存在様態を具備している。経験された事柄が《超越的》存在という意味をもつとすれば、この意味を構成しているのは経験であり、この経験は単独にせよ、あるいは、その経験に属して、その志向性を形成している動機づけの関連全体においてにせよ、それ自体に存在する対象にたんに一面的に、離れた視点などでのみ現出させる経験が不完全であれば、そのつどの意識の仕方としての経験自身が、訊問に応えて私に次のように言うことになる。すなわち、ここでは何か自身が、しかし実際に把握されていることよりも、さらに多くの別のことも経験されている。」次に各自の主観性から始める必然性として、この箇所を引用いたします。「想定しうるあらゆる事柄に先だって最初に存在するのが自我である。この《我あり》こそが、正当に理解してかく言う私にとっては私の世界にとっての志向的な根本基盤である。この場合に見落としてはならないのは、《客観的》世界、《われわれ全員にとっての世界》も、この意味で私にとって妥当する《私の》世界だ、ということである。しかし志向的な根本基盤は《我あり》である。」我ありという言葉はデカルトの有名なフレーズにあり、フッサールの論理がデカルトから派生していることを改めて認識しました。デカルトは信仰ではなく理性を用いて真理を探求する近代哲学の出発点を提唱した大哲学者でした。またフッサールの助手を勤めたハイデガーの著作「存在と時間」にも、こうした論考が影響を与えていることも分かりました。今回はここまでにします。
2021.03.07 Sunday
日曜日になって朝から工房に行きました。今日はいつも来ている美大受験生の他に文学系の高校生がやってきました。文学系の子は詩を書いたり、小説を書いてコンクールに応募しています。彼女も美大受験生同様、工房の方が筆が進むらしく時折、工房に顔を出しています。私は昨日準備した大きめなタタラを使って陶彫成形をやっていました。今日は寒い一日でストーブが欠かせませんでした。陶土は水を含むので寒い時は手が悴んできます。成形が少し進むとストーブで手を温めました。陶彫成形が一つ終わると、以前作っておいた作品に彫り込み加飾を施します。今日も午後は彫り込み加飾に精を出しました。今日も定番の制作に明け暮れた一日でしたが、文学系の子がいてくれたおかげで、私は造形とコトバを考える機会を持ちました。私が現代詩に興味関心を寄せたのは高校1年生の頃でした。国語の教科書に掲載されていた現代詩に心が惹きつけられ、書店に行って何冊か詩集を買ってきました。最初は難解な詩は理解できず、比較的平易なコトバを辿っていました。当時流行っていた和製フォークソングにそうした現代詩が歌詞の中に使われていたのが、私にとって画期的な出来事でした。歌詞とは違うニュアンスの現代詩を訥々と歌い上げ、決してメロディアスとは言えない歌の数々に私は忽ち魅了されました。それは通常の歌詞のようにメロディとともに流れてしまうものではなく、立ち止まってコトバを吟味していく手法に、私はコトバのもつ力を見取っていました。コトバは造形と同じトレーニングが必要と感じたのはずっと後になってからで、自分も曲りなりにコトバを紡いでみましたが、上手くいかずにやめてしまいました。目の前で高校生がコトバを紡いでいるのを見ると、こうした表現に立ち向かう意志とトレーニングがあれば、私はもう少しマシになっていたかもしれません。コトバに比べれば造形表現は、10代の頃から私をトレーニングに誘い、今まで欠かすことなく私を追い詰めてきました。それでも不自由さを感じている私は、長く生きなければ造形表現の極意は掴めないと思っています。コトバは圧倒的に時間が足りないのは承知していますが、それでも魅了される世界がそこにあるならば挑戦していこうと思っています。