2021.06.08 Tuesday
このところ現行作品の梱包を続けていますが、この単純作業だけでは飽きるので、来年に向けて新しい作品も同時に作り始めています。来年の作品も陶彫部品を組み合わせて集合彫刻として見せるもので、木材とのコラボレーションも考えています。全体のイメージはまだ明確ではありませんが、こんなことを試してみようと思っていることがあって、まず最初の陶彫部品を作ってみることにしました。現行の「発掘~盤景~」は直方体を基本にした陶彫部品を数多く作りました。モノによっては2段重ねや3段重ねがあり、重層化された空間を作っています。来年の新作も同じ方法を取りますが、形態は不定形で有機的なモノです。ただし、来年の作品の見せ場は崩壊にあります。どこまで作り上げたモノを崩していくのか、マッス(量)を部分的に取り除くことで、さらに大きな空間が獲得できないものか、今月に入って頭の中で思索を続けています。ただし、今日作り上げた陶彫成形はかなり大きなもので、窯の容量いっぱいに設定しました。成形されたモノには穴を空けていきます。この穴に意味を持たせようとしています。彫り込み加飾はこれからですが、この陶彫部品第1号には全体の方向性を決めていく重要な役割があるのです。全体の中のたかが1点、されど1点が良し悪しを決定すると言っても過言ではありません。欠落した部分があるからこそ美しい、それは意図したものでなくて偶然に美がそこに留まった状況なのかもしれません。全部を作ってしまうと退屈してしまう、そんな歴史上の美術作品を私は多く見てきました。途中で止めてしまった作品、壊れかけた作品に不思議な面白味を感じ、これは意図して作れるものではないなぁと思いを巡らせながら、自分の考えをまとめようとしています。師匠の池田宗弘先生の真鍮直付けの作品にも完璧ではない形態があり、そこに美が宿っています。それに対し池田先生の説明はありません。作り込むところと放っておくところを考えながら、斬新な空間の追求をしているのかなぁと自己解釈をしていますが、果たしてどうでしょうか。細工をするべきか、そこまで作らない状態で放置すべきか、その場の判断でやっていくしかないと思っています。ともかく今日は新作の陶彫部品第1号を試みました。
2021.06.07 Monday
先日、見に行った東京新宿のSOMPO美術館で開催されていた「モンドリアン展 純粋な絵画をもとめて」の詳しい感想を述べさせていただきます。展覧会は既に終わっていて、広報を兼ねてNOTE(ブログ)にアップする意図は外れてしまい、そこは御容赦願えればと思いますが、久しぶりに見たモンドリアンの世界観を伝えたくて書くことにしました。画家の本名はピーテル・コルネリス・モンドリアンでオランダ人です。父はアマチュア画家でプロテスタント系学校の校長を務めていたそうで、私は親近感を覚えました。初期の風景画からあの簡潔なスタイルの抽象絵画に発展した要素はどこにあったのか、私は眼を凝らしながら見て廻り、風景画にあった地平線や水平線がその要素と見えなくもないと思っていましたが、図録でこんな文章を発見しました。「モンドリアンの風景を通覧するとき、自然的描写、神智学的スピリチュアリズム、あるいは点描風など、描画においての様式の変化は時代時代にあれども、やはり目につくのは、強固なまでの地平ないし水平への意識であろう。」(鈴木俊晴著)やはり、そうかと思って、私が感じた単なる思いつきではない抽象化を、神智学の感化を受けて求めた純粋な絵画であることが今回の展覧会で再認識できました。オランダから仏のパリに出て、さらに渡米したモンドリアンが、自らのアトリエも絵画的構成要素に応じたものに室内を変えたこともあり、制作する環境に画家が自己表現を投影すべく拘っていたことが分かりました。「より重要なことは、モンドリアンのアトリエの内装が、気を配って工夫し適切に整えられると、もはや建築内の応用というだけではなく、一つの空間の完全な変容になり得るという事実が明らかになったことである。私的空間(アトリエはそもそもそうであるが)が公的空間として提示されるという条件のもと、私的空間は特別な、ほとんど神聖な意義を帯びるのである。このアトリエは、あたかも人が絵画の中で生活できることを立証するために存在するようである。このことで、モンドリアンは、今日までのデザイナーや建築家の中での特別な地位にいることができるのである。」(ベンノ・テンペル著)モンドリアンが求めた純粋な絵画は、全てを削ぎ落とした 完全なる抽象であり、その人工的な美は今も色褪せることがないと私は実感しました。
2021.06.06 Sunday
このところ7月の個展に向けて作品の梱包を始めていますが、梱包は創作活動ではないため忽ち退屈してしまい、一日の時間のうちに何か工夫を凝らさなければならないと実感しています。そこで、梱包作業と併行して来年の新作へ向けて第一歩を踏み出すことにしました。私は現行の作品が完成すると、間髪をいれずに次の作品に取り組む習慣があります。そこに休憩は入れず、休憩は新作がある程度進んだところで取るのです。作品が完成したところで休憩を取ってしまうと、次の展開に弾みがつかないし、モチベーションも下がってしまうからです。新作のイメージはまだ朧気ですが、まずは陶彫部品ひとつを作ってみて、イメージの明確化を図ります。何か作ってみないと分からないというのが私の新作に対するアプローチで、頭の中だけではなかなかまとまらないのです。紙上でエスキースを試みるのもひとつの手段ですが、私の場合は描くことに拘ってしまい、立体の捉えとしては間接的になってしまうなぁと思っています。そこで今日は土錬機を使って、いつもの混合陶土を作り、座布団大のタタラを準備するところから始めました。イメージが見えている断片的なところだけ具現化してみようと思っていて、そこから発展していけたらいいなぁと思っています。陶彫部品をブロックのように積んでいくのは「発掘~盤景~」と同じですが、形態は矩形ではありません。不定形なイメージがありますが、ブロックを積んでいくのであれば、上面は平らにしておく必要があります。2段目はかなり崩れた形態にしようと思っていますが、果たして上手くいくでしょうか。明日試しに成形をしてみようと思っています。今日は先日の撮影を手伝ってくれた2人の高校生がやってきて、美大受験用のデッサンをやっていました。若い子たちが工房に出入りするのは活気が出ていいことだと感じます。夕方になって彼女たちを車で送っていきました。
2021.06.05 Saturday
先日、個展の図録用の写真撮影が終わり、出品する作品をいよいよ梱包していく作業に入りました。週末のNOTE(ブログ)には週末だけの内容に限らず、この1週間の制作状況も書いていこうと思っていて、撮影後の作品の補填について触れていきます。まず20点で構成する円形土台ですが、表面の砂マチエールと油絵の具が固まったので、裏面の塗装に入りました。展示には見えない部分ですが、防腐効果も含めて塗装していくのです。20点もあると時間がかかり、数日間も費やしてしまいました。「発掘~盤景~」の土台と「構築~視座~」に関しては、作業用ビニールシートにエアキャップを貼り付けて、それぞれの部品を包むようにしています。素材は木なので、エアキャップで物が当たる衝撃を抑えているのです。「発掘~盤景~」の陶彫部品は木箱を作って部品ごとに収めていきます。どのくらいの木箱が必要なのか、その都度ベニア板と垂木をカットしながら木箱を増やしていこうと思っています。毎年私は梱包には時間をかけています。作品は早々売れるものではないし、個展の後も相原工房の倉庫で保存していくため、作品を小分けにして保管がやり易いようにしているのです。ここ2,3年前の作品からロフトに上げて保管しています。リフトに乗せて中2階に上げるのですが、これにも手間がかかります。彫刻は重量があるし、場所をとるし、時間もかかるので厄介な表現方法と言わざるを得ません。画家やデザイナーに比べて彫刻家が極めて少ない理由がここにあります。それでも先日見に行った「イサム・ノグチ 発見の道」展を思い返すと、空間造形の魅力に抗うことなど出来ずに、心底惹かれてしまうのです。作品に照明が当てられ、床に陰影が落ちると、ゾクゾクするのは私だけではないはずです。空間を支配する実材の存在感があればこそ、厄介な表現方法でも受け入れてしまうのだと思っています。梱包は退屈な作業で、それでもやらなければならない作業ですが、明日から工夫をして梱包を続けたいと思います。
2021.06.04 Friday
コロナ渦の中、東京都で緊急事態宣言が出され、先月までは多くの美術館が休館をしておりました。緊急事態宣言は6月も延長されていますが、美術館が漸く再開し、見たかった展覧会をチェックすることが出来ました。展示期間を延長した展覧会もあれば、期間はそのままで、再開しても僅かな日程を残すだけの展覧会もありました。そうした展覧会には早々にネットで予約を入れ、何とか閉幕までに足を運びたいと願いました。そのひとつが新宿のSOMPO美術館で開催中の「モンドリアン 純粋な絵画をもとめて」展で、家内と私が同美術館を訪れたときは、チケットは完売しておりました。それもそのはず6月1日から再開して僅か6日間だけという短期間だったので、私たちのネット予約は運が良かったと言わざるを得ません。今日は抽象絵画のパイオニアであるモンドリアンの作品に久しぶりに触れて、その簡潔な美に心地よさを感じました。モンドリアンの初期の風景画も数多く展示され、やがて1917年に結成された「デ・ステイル」の基本理念となる直線と限定された色面による構成は、初期風景画から脈々と続くものとして理解しました。詳しい感想を後日書きますが、展覧会閉幕後になってしまうことをご了承ください。その後、上野に向かった私たちは再開した東京都美術館で「イサム・ノグチ 発見の道」展を見てきました。同展は8月まで開催しているので、予約には余裕がありました。彫刻家イサム・ノグチは私のNOTE(ブログ)に頻繁に登場する芸術家で、その作品を幾度となく見てきましたが、今回の展覧会で目を見張ったのはその演出方法で、展覧会主催者の企画力が充分発揮された展示に新たな感動が甦りました。もちろん初めて見る作品もありましたが、旧知の作品が展示ひとつでこんなに変わるものかという好例を味わいました。これは空間造形のもつ大きな特徴で、置かれる場所によって印象が変わることに、同じ彫刻を作る私としては勇気をもらいました。展示された立体作品は周囲の空気を震撼させる要素があり、私が自分の立体表現を追及することの意味を改めて考えさせられました。これも詳しい感想は後日にいたします。最後に向かったのは銀座のギャラリーせいほうで、7月個展の打合せを画廊主の田中さんとやってきました。私に不安があったとすれば、先日図録用の写真撮影を行った「発掘~盤景~」がギャラリーの空間に収まるかどうかでしたが、何とかカタチを変えずに展示できるサイズであることが分かり、内心ホッとしました。今日は久しぶりに新宿、上野、銀座を回って充実した一日でしたが、結構疲れました。明日からまた工房通いが続きます。