2020.11.12 Thursday
東京国立博物館平成館で開催中の「桃山ー天下人の100年」展は、絵画に限らず、私にとって興味が尽きないものばかりが並び、日本の伝統文化の重厚感に圧倒されてしまう展示内容でした。安土桃山時代は日本陶磁史上最も隆盛した「茶の湯」があり、「侘び」という認識が確立された時代でもあります。その中で堺の商人から天下人の茶頭にのぼりつめた千利休やその後継とされる古田織部が登場し、日本独特な「桃山茶陶」が出来上がったようです。図録によると千利休は「生来の進取の気性に加え、政治的能力にも恵まれ、織田信長、そして信長没後は羽柴(豊臣)秀吉の茶頭をつとめた。」とありました。利休の鑑識眼は、当時としては革新的で現代にも通用する美学があると私は思っていて、その具現化のために陶工長次郎に焼かせた楽茶碗は、無駄を削ぎ落した造形の極みと私は感じています。「従前の茶碗にとらわれず、手づくねと箆削りによって手になじむ形が追求され、聚楽土そのものの自然な焼き上がりを見せる赤茶碗と、黒一色の黒茶碗が生まれたのである。」次の時代を担った古田織部は、図録によると「一般に『ヘウケモノ』を好んだ人物として、『変形』『豪快』な茶陶のイメージと結びつけられることが多い」とされています。展示されていた「織部松皮菱手鉢」は当時としては前衛そのものであったように思います。解説によると「深い緑釉と、鉄絵による網干や唐草らしき複雑な文様表現が際立っている。いかにも華やかで斬新であり、力強い慶長の気風を映すような桃山茶陶の傑作である。~略~究極まで技巧を尽くしたその作風は、織部焼、ひいては和物茶陶の到達点とも見える。」とあり、自由闊達な造形表現が従来大陸から伝えられた形式を覆していく時代だったのだろうと考えられます。桃山茶陶の最後を飾る芸術家は本阿弥光悦だろうと私は思っています。マルチなアーティストとして俵屋宗達とコラボした「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」がありますが、光悦は作陶やさまざまな工芸にも優れた作品を残しています。図録によると「美を享受する立場。鑑賞体験をもとに新たな造形を創造する。仕事ではなく作ること、それ自体を楽しめる時代、個人芸術家の時代が訪れたのである。」とありました。いよいよ美の認識が現代に近づいてきたという感覚をもったのは私だけではないはずです。
2020.11.11 Wednesday
東京国立博物館平成館で開催中の「桃山ー天下人の100年」展は、その出展作品の内容や展示の視点から見ると、大変大がかりであり、また興味が尽きないものばかりで、日本の伝統文化の重厚感に圧倒されてしまいます。昨日のNOTE(ブログ)では主に時代背景を書きましたが、今日は私にとって最も関心の高い「洛中洛外図屏風」について述べていきます。本展には「洛中洛外図屏風」が複数展示されていて、その魅力を余すところなく発揮していると感じました。古いものは「歴博甲本」と名付けられていて、図録には「本作は近年土佐派作とする可能性も提示されており、洛中洛外図の祖型の成立を考えるうえできわめて重要な作品」とありました。室町時代の制作です。次に「上杉家本」と名付けられているのは、同じく室町時代の若き狩野永徳によるもので、図録には「京都のランドマークが金の雲間からのぞき、墨書きされた場所の名称は235か所にのぼる。僧俗貴賤の階級も問わず、2500人近くの老若男女が描き込まれている。」とありました。私はこの作品の緻密さに魅せられてしまい、暫し鑑賞に時間を使いました。次は江戸時代の作品で、図録によれば「現存する『洛中洛外図』のなかで最大のもの」とあり、大画面全体にわたる鮮やかな色彩に眼が奪われました。次は「勝興寺本」が続き、徳川家康により造営された二条城が姿を現します。「二条城を左隻の中心に大きく配することが『洛中洛外図屏風』の定型となった。」と図録にあり、これも狩野派の画家によるものと考えられています。江戸時代に岩佐又兵衛によって描かれた「舟木家本」にも私は眼が奪われ、とりわけ画中の庶民の姿を追ってしまいました。「この屏風で画家が描きたかったのは、庶民の姿、それも後に二大悪所と呼ばれる歓楽街、遊里や歌舞伎の場に集まる人びとであり、画面に散見される風紀を乱すような人びとのさまざまな姿、浮世を楽しむ姿である。」と図録にあり、まさに当時の風俗が俯瞰される視点で描かれていたことが、楽しくもあり、また驚きでもありました。空中を飛行するものがなかった時代に、こんな鳥瞰図が描かれたこと自体に感動があり、また位置関係を隠すために金の雲で覆って、あたかも金色の都市を象徴するような工芸品にまとめ上げていることが凄いなぁと思っています。本展は「茶の湯」にも重要な作品が展示されており、さらに別稿を起こそうと思います。
2020.11.10 Tuesday
先日、東京上野にある東京国立博物館平成館で開催中の「桃山ー天下人の100年」展に行ってきました。コロナ禍の中の展覧会で、ネット予約で入場したため大変な混雑はなく、全体をゆっくり見て回れました。展示されていた作品はどれも迫力を纏っていて、その伝統に立脚した表現力に我を忘れることが暫しありました。本稿だけで感想が収まりきれるものではなく、まず手始めに桃山とはどんな時代だったのか、これを図録から拾ってみたいと思います。展覧会の作品を古い順に見ていくと、室町時代末の天文年間から江戸時代初期の寛永年間までのおよそ100年の間に制作されています。作品はどれも織田信長や豊臣秀吉、徳川家康など日本史に名を残す戦国武将が群雄割拠した時代に制作されました。図録の文章を引用します。「この時代には、戦国時代の政治・経済の展開と歩調を合わせるように、中央集権的で力強くエネルギーに満ち、庶民階層まで視野に入れた世俗的で広がりのある文化が生まれた。この文化は、豪華絢爛な美術作品が爛漫と咲き誇る桃の花を連想させ、『桃山時代』と呼ばれた。~略~街には奇を好んだ無頼の『傾奇者』が溢れ、それを写した『かぶき踊り』も誕生している。美術の分野では新しい様式による作品が陸続と作り出され、この時代の様式を『桃山様式』と呼んでいる。~略~日本の中世絵画は、水墨画を中心に展開していった。その中心となったのは狩野派であり、室町時代後期に活躍した狩野元信、安土桃山時代の狩野永徳、江戸時代初期の狩野探幽は、いずれも各時代の様式を作っていった画家である。」(田沢裕賀著)この「桃山時代」は、日本文化史の中で独特な時代と呼んでもいいのでしょうか。当時流行した「傾奇者」(かぶきもの)とは奇を衒う前衛の美意識ではないかと私は思っていて、現代にも通じる要素をあらゆるところに感じています。現代こそ「傾奇者」で成り立っていると考えられるからです。さらに本展の展示に面白みを加えていたのは、狩野永徳の「唐獅子図屏風」と長谷川等伯の「松林図屏風」が隣り合わせにしたことで、表現の幅が象徴から具象、動と静、力強い筆致と濃淡で抑えた空気感を比較検討できたことでした。こればかりではなく、「洛中洛外図屏風」もいろいろなバージョンが複数展示されていて、その違いに興趣をそそられました。また別稿を起こします。
2020.11.09 Monday
今年のRECORDは色彩をテーマにしてやってきています。今年は残すところあと2ヶ月で、漸く色彩のテーマを終えることが出来ます。11月に「黄」を選んだのは、まさに工房の周囲の木々が紅葉していて、窓から見る黄色の風景が美しいと感じたことがきっかけです。自然の中で黄色をイメージするのは、紅葉の木々だったり、果物だったりしますが、芸術の世界でも黄色を作品の中心に据えた画家がいます。代表としてはフィンセント・ファン・ゴッホでしょうか。その中でも「ひまわり」は有名で、花弁にさまざまな黄色が使われています。ファン・ゴッホの秋の農村の風景を描いたものも有名で、黄色を重ねていく筆致に溢れ出す表現が見て取れます。ワシリー・カンディンスキーも黄色に注目した抽象画家で、黄色が画面の中で効果的に使われていました。彫刻家若林奮も硫黄を造形の一部に使っていて、その独自な世界が印象的です。黄色はバリエーションも豊富で、私が使用しているアクリルガッシュにもさまざまな黄色がありますが、黄色は三原色のために混色して作り出すことが出来ません。黄色のイメージとしては太陽などが明るく輝いている情景が目に浮かび、生命に対してポジティヴな印象です。私自身は今までのRECORDに黄色を使うことは滅多になく、実を言うとあまり得意な色彩ではないのですが、今月は黄色を研究してみようと思っています。黄色は隣り合う色彩によって効果が変わるようで、その配色の組み合わせも考えながら、今月のRECORDを作っていきます。
2020.11.08 Sunday
朝から工房に篭りました。週末となれば、新作の陶彫成形を1点追加するところですが、今週末は成形をやめて、今までの成形分の彫り込み加飾をやっていました。昨日は東京と横浜で開催中の展覧会を巡っていたので、タタラ等成形の準備が出来なかったこともありますが、彫り込み加飾が遅れ気味で、これを何とかしなければならないと考えていました。制作途中の陶彫部品は水を打ってビニールで覆っておきます。それでも時間が経てば陶彫部品の乾燥が進んでしまいます。彫り込み加飾も長く放置することが出来ず、陶土が柔らかいうちに作ることがベストです。彫り込み加飾は作業台に陶彫部品を置いて、鉄ベラで陶土を削って、木ベラで表面を成らしていきます。これはレリーフを作っているのですが、手の混んだ文様にしようと思えば、かなりの時間を使います。まさに工芸的な作業です。今日は一日のほとんどをこの作業に費やしました。彫り込み加飾は、陶土表面の高さの調整をしたり、膨らみや凹みを作ったりしていて、決して退屈なものではなく、むしろ時間を忘れるほど楽しい作業です。労働の蓄積が残っていくので、緻密になればそれなりの効果はあるのですが、立体全体を見渡して作っていくので、いつまでも近視眼的になっているわけにもいかず、やはり彫刻の一部という意識はあります。今日の夕方は乾燥した陶彫部品にヤスリをかけ、化粧掛けを施しました。工房を出る前に窯に3点の作品を入れました。新作の窯入れはこれで3回目になります。今日は新しい成形をやらなかったことが気がかりですが、今月は三連休があるので何とかなるでしょう。また来週末も頑張りたいと思います。