2017.12.27 Wednesday
年賀状を作るべきか止めるべきか、毎年迷うところですが、私は年賀状の慣習をどちらかと言えば歓迎する一人です。確かに年の瀬の慌ただしい中で年賀状を準備するのは大変ですが、ご無沙汰している人たちに葉書が出せる良い機会と捉えています。年賀状の図柄はRECORDから採用しています。RECORDは一日1点ずつ葉書大の平面作品を作ることを自分に課しているので、その中で年賀状にふさわしいものを選んでいます。最近では干支に因んだ絵柄を意図的にRECORDに組み入れているので、予め自分の中ではこれを年賀状にしようと決めています。先月のRECORDに犬を描いたシリーズを作りました。その中のレトリバーの子犬を年賀状のデザインにしました。印刷は他でお願いしていて250枚を用意しました。今晩、宛名印刷をやっています。明日の朝には職場の近くの郵便局に投函する予定です。年賀状の宛名は夏の個展案内状にも使用しているので、名簿化していますが、訃報を受け取った人以外に名簿から外れてしまう人がいると思います。このNOTE(ブログ)で失礼をお詫びいたします。
2017.12.26 Tuesday
先日、常連になっている横浜のミニシアターにバレエ公演を映画化した「ダンシング・ベートーヴェン」を家内と観に行きました。これは天才振付家モーリス・ベジャールがベートーヴェンの「第九」を集団による舞踏で表現したもので、オーケストラや合唱団を加えると総勢350名にもなる一大プロジェクトです。「ダンシング・ベートーヴェン」は、ベジャール亡き後、途絶えていた演目をモーリス・ベジャール・バレエ団と東京バレエ団の共同制作によって2014年に東京公演で復活させた記録映像を収めた圧巻の映画でした。メイキングではスイスのローザンヌと東京を行き来して、過酷な練習に励むダンサーたちの情熱や葛藤を捉えていました。ダンサーの中には妊娠が発覚して交代を余儀なくされたソリストが描かれたり、追加のダンサー募集の場面が描かれたりして、現実にあった場面を挿入して演目を作り上げていく過程での臨場感がありました。ダンサーたちがそれぞれ発揮する強烈な個性は、それを支えるイスラエル・フィルと指揮者ズービン・メータにも強烈な力があり、それらが渾然一体となってシンクロしていく過程に、交響曲の響きとともに私たち観客は惹きつけられていきました。語りは芸術監督ジル・ロマンの娘で、アランチャ・アギーレ監督はこの女優マリア・ロマンを通して映画としての主張を伝えていきたかったのかなぁと思いました。パンフレットにプロローグでの朗唱の台詞が載っていました。ニーチェの「悲劇の誕生」の一節です。「ベートーヴェンの”歓喜”の頌歌を一幅の画に変えてみるがよい。幾百万のひとびとがわななきにみちて塵にひれ伏すとき、ひるむことなくおのれの想像力を翔けさせてみよ。そうすれば、ディオニュソス的なものの正体に接近することができるだろう。」(西尾幹二訳)ニーチェはアポロン的なるものとディオニュソス的なるものを対比させ、官能性や感情が主たる要素を占める音楽や演舞はディオニュソス的と称していました。まさに「ダンシング・ベートーヴェン」はその極意と言えるかもしれません。
2017.12.25 Monday
職場で独自設定した三連休の最終日です。今日はクリスマスです。明治維新以降、我が国は欧米に政治経済や文化まで見習い、貪欲に吸収していくうちに、西欧の宗教も呑み込んで、その異国情緒を伴う宗教感に憧れを持ったのが現代日本のクリスマスの活況の源ではないかと察しています。西洋の宗教であるキリスト教は幕末の頃から渡来し、当時の日本の政治体制と相容れなかったため、厳しい弾圧にも遭いました。一方のイタリアのバチカンでは世界規模でキリスト教を布教する戦術があって、極東の日本にも遥々伝道師を送ってきたのでした。宗教の導きに私は異を唱えるつもりは毛頭ありません。寧ろ人種や国籍を超えて、祈りのカタチが伝わっていくのは自然なことだろうと思います。クリスマスはそうした宗教行事のひとつですが、現代日本では拡大解釈がされて、西洋風なお祭り気分になっています。それでもいいのではないかと思うところですが、世知辛い世の中を楽しく過ごせるなら、それも一興と考えます。今日は西洋文化に因んで、私は朝から彫刻を制作していました。彫刻の概念は元々西洋から伝わったものなので、私も西洋かぶれと言ったところでしょうか。今日はやり直しを余儀なくされた陶彫部品の成形を終えました。明日の夕方は彫り込み加飾を行う予定です。明日は勤務なので職場関係のやり残しを片付けてから工房に顔を出します。西洋繋がりで今晩は家内と彫刻に纏わる映画に行きました。常連になっている映画館でなく、そこから近いところにあるもうひとつのミニシアターに出かけました。映画館は横浜の伊勢佐木町の魚屋の地下にありました。観た映画は「ロダン カミーユと永遠のアトリエ」で、彫刻家ロダン没後100年を記念して制作されたフランス映画でした。先日放映された日曜美術館といい、今読んでいる書籍にもロダンが登場してきて、私は最近偶然にもロダンに触れる機会が多くありました。今日観た映画の舞台は、ほとんどロダンのアトリエ(工房)で制作中の作品が数多く登場しました。「地獄の門」の木組みの中に石膏を嵌め込んだ制作風景は、映画の背景でありながら私を刺激しました。もちろんドキュメンタリーではなくドラマだったわけですが、ロダンやカミーユを演じた俳優の迫真の演技に、あたかもそれが現実だったのではないかと錯覚させました。詳しい感想は後日改めます。クリスマスの昼は相原工房で彫刻に勤しみ、夜はロダンのアトリエにいる気分になって、まるで今日は西洋文化の坩堝にいるような一日でした。
2017.12.24 Sunday
12月29日から1月3日までの6日間が休庁期間となり、この時期は年越しで気持が改まる時でもあります。職場では地方に郷里があれば実家に帰る職員もいます。私は横浜生まれの横浜育ちなので、里帰りに縁がありません。自宅から近いところに母の実家がありますが、母は介護施設にいるため、母が希望しなければ実家に戻ることはなく、年越しは自宅で過ごすことになるのです。そのため休庁期間は創作活動に充てることが恒例になっていて、それを当て込んで制作目標を立てています。今日は朝から工房で陶彫成形をやりながら、休庁期間にどこまで制作を進めるか思いを巡らせました。大きな新作の根を這わせる陶彫部品は16個必要で、現在10個目を作り上げたところです。既に半分以上は達成したことになります。大きな新作ばかり気を取られていますが、大きな新作の他に3点のテーブル彫刻を作る予定があり、これも休庁期間に進めなくてはなりません。まず、3点のテーブルの切断をやろうと思っています。それはともかく今日は先日失敗した大きな陶彫部品のやり直しを行いました。今日一日では成形が終わらず、明日に持ち越しになりましたが、明日には何とか終わらせようと思っています。せっかく職場独自で設定した三連休なので、制作ばかりではなく、明日は何か楽しみを見つけたいと思っています。明日はクリスマスですが、30年前にルーマニアの小さな村でルーマニア正教によるミサを体験し、その純粋な礼拝に心打たれてからは、私は日本のクリスマスを楽しむ気分にはなれなくなってしまいました。本来はイエスの降誕を意味するクリスマスなのに、別のニュアンスが目立つ聖夜に何となく居心地の悪さを感じているのは私だけでしょうか。宗教行事をお洒落な装いにすることを私はあまり好みません。本拠地エルサレムが微妙な国際情勢に呑み込まれている方が気になっているのです。クリスマスの日に、自分は一年に1回だけでも宗教とは何かを考えていく機会にしようと思っています。
2017.12.23 Saturday
暦の上では、今日から三連休は設定されていません。私の職場だけ三連休にしてあるのです。先日の土曜日を休日出勤し、今月の25日と入れ替えました。これでクリスマスは休暇になり、三連休が設定できたわけです。職員にとって、これはワークライフバランスとして有り難い処置と聞きました。私の創作活動にとっても連続して休める日があるのは救いです。造形的思索が深まるし、何よりも制作に勢いがつくのです。さて、三連休の目標ですが、先日失敗した大きな陶彫部品のやり直しを行うつもりでいます。失敗作品をいつまでも工房に置いておくことはしたくないので、早速今日からタタラ作りに入りました。やり直す作品と同時に新しい陶彫部品も進めることにしました。失敗作品のやり直しだけでは虚しいなぁと思い、たとえ最小の陶彫部品であっても新しい作品を作りたいと考えたのです。今日は朝から工房に行き、タタラ作りをしました。通常より多めのタタラを用意し、そのうち2枚のタタラを使って、陶彫部品の根の部分の最小のものを成形しました。残りのタタラはやり直しをする大きな陶彫部品に使います。大きな部品は明日作る予定です。夕方は家内と常連になっている横浜のミニシアターに行きました。スイスとスペインの合作映画「ダンシング・ベートーヴェン」を観てきました。1964年にベルギーのブリュッセルで初演をしたバレエ史上に残る傑作は、天才振付家モーリス・ベジャールが亡くなった後、再演は不可能とされてきた演目でしたが、2014年に東京バレエ団とモーリス・ベジャール・バレエ団の共同制作という一大プロジェクトで甦ったのでした。ベートーヴェンの最高峰「第九交響曲」を総数80人余のダンサーとオーケストラ、ソロ歌手、合唱団を加え、総勢350人という大規模で演じられたステージは、作り上げるまでの厳しい練習やダンサーの苦悩や情熱が余すところなく映像に収められ、圧巻と呼べる映画に仕上がっていました。人種や国籍を超えて繋がる歓喜の世界に私は魅了されました。詳しい感想は後日改めたいと思います。今日は三連休の滑り出しに満足した一日でした。