2026.06.27 Saturday
週末になりました。土曜日はその週の振り返りを行ないます。来月の個展で発表する作品の梱包作業を今週はやっていました。平面作品である「炭景」4点はエアキャップを貼り付けた梱包用シートで包みました。陶彫作品「発掘~六蹟~」の部分となる板材6点もそれぞれエアキャップを貼り付けた梱包用シートで包みました。残るは陶彫部品を収める木箱を時間をかけて作っていましたが、これも終わりそうで、今月末には搬入準備が整いそうです。それが分かったところで、今日から次の陶彫作品に向けた準備を始めました。とりあえず陶土の状態を確認しました。栃木県益子の業者から届いた新しい陶土は充分ありますが、今まで使っていて余った陶土を暫く放置していたので、まずそこから手を付けました。陶土はビニールで包んでいたとは言え、やはりかなり固まっていたので、小さく砕いて水を打ちました。時間をおいて菊練りを繰り返し、元の状態に戻すのに時間がかかるなぁと思います。今週も毎日工房に通っていましたが、家内の提案で休息日をとることにしました。水曜日の午後に東京のアクアパーク品川に出かけました。美術館や映画館以外のところに出かけて行くのは久しぶりで、思っていた以上に新鮮な気持ちになりました。水槽の中に広がる世界にホッとしながら、さまざまな色彩の魚がゆったり泳ぐ様子に、かなり癒された気がしています。水中に生息する珊瑚にも興味が湧きました。その鮮やかな色彩に自然が持つパワーを感じました。これはRECORDに応用できそうだと考えていて、昔から色彩に苦手意識を持っていた私からすれば、驚くような変化です。彫刻だけではなく、RECORDと称する小さな平面作品は、コツコツと創作を繋げていく日々に、アイデアを絞り出し、また色彩を試すことが、自分の意識改革になっていると感じます。この媒体が私にとって重要な表現になっているのは間違いありません。
2026.06.26 Friday
「キリスト教美術をたのしむ」(金沢百枝著 新潮社)の「モーセとイスラエルの王たち」は8つの単元と2つの付記から成っています。今回は〔31ダビデⅡ〕と〔32ソロモン〕に加えて〔付記bソロモン異聞〕を扱います。まずは〔31ダビデⅡ〕。「巨人ゴリアテを打ち倒したダビデはイスラエル兵の隊長となり、勝利を重ねました。ユダヤの民は『サウルは千を討ち、ダビデは万を討った』といういいかたで、ダビデを讃えました。~略~預言者サムエルの塗油を受け、王となることが定められていたダビデですが、サウル王の殺意により、長い逃亡生活を送らなければなりませんでした。あるときは洞窟に潜み、あるときは他国の王宮へ身を寄せたりしつつも、しだいに率いる兵を増やしてゆきます。そしてサウルとその息子たちがペリシテ人に敗れ、殺されたあと、イスラエルの全部族を束ねる王となりました。~略~王となってからも信義を重んじ、敬虔だったダビデですが、ひとつだけ罪を犯しています。美しい人妻に横恋慕したのです。~略~バト・シェバはのちにダビデの妻となり、男児を産みます。賢王ソロモンです。」次に〔32ソロモン〕。「ソロモンは、ダビデ王とバト・シェバの息子で、イスラエルの3代目です。神はソロモンを愛し、『非常に豊かな知恵と洞察力と海辺の砂浜のような広い心』を授けました。エルサレムに豪奢な神殿を建て、エジプトのファラオの娘を娶り、平和で豊かな王国を築きました。~略~エルサレムを訪ね、宮殿に滞在していたシェバの女王(エチオピアの伝承ではマケダ)は、貞操を奪わないようソロモンに誓わせます。王は答えて『そなたがこの宮殿から何も奪わないなら、わたしも奪うまい』。贅沢に慣れた女王、盗人扱いされるのは心外です。さすが賢王ソロモン、一枚上手でした。晩餐にわざと辛い食べものを出します。喉がかわいて夜中に目が覚めた女王。ふらふらと部屋を出て、水をひと口飲んだところに現われるソロモン。『水は宮殿で最も貴重な宝。ほら、約束を破った』と、彼女を寝所へ連れ去りました。そのとき身籠ったのがメネリクで、、エチオピア王国ソロモン王朝の創始者ーという伝承です。」最後に〔付記bソロモン異聞〕。「ソロモンの晩年について、旧約聖書は多くを語りませんが、ユダヤ・イスラーム世界にはさまざまな民間伝承があります。挿絵に描かれるのはもっぱらソロモンの権威と栄華とはいえ、ソロモンの凋落もまた好まれた物語だったからです。」今回はここまでにします。
2026.06.25 Thursday
「キリスト教美術をたのしむ」(金沢百枝著 新潮社)の「モーセとイスラエルの王たち」は8つの単元と2つの付記から成っています。今回は〔29サムソン〕と〔30ダビデⅠ〕を扱います。まず〔29サムソン〕。「サムソンが活躍したのは、イスラエルの民が土着のペリシテ人に支配されていた頃です。そのペリシテ人の娘に恋をしてしまったサムソン。両親の反対を押し切り、求婚するため娘の家へ向かいます。途中、ぶどう畑で1頭の若獅子に遭遇します。襲ってきた獅子をサムソンは素手でとらえると、『子山羊を裂くように』引き裂いたそうです。~略~その後、サムソンはデリラという女性を愛するようになります。サムソンにほとほと手を焼いたぺリシテ人の領主たちは、サムソンの怪力の秘密を、デリラに探らせました。~略~デリラの膝枕で眠るサムソン。7房の髪を切られ、力を失いました。ぺリシア人に襲われても、いつものように暴れまわることができず、捕えられます。」次に〔30ダビデⅠ〕。「ダビデは、2代目のイスラエル王。竪琴の名手で、旧約聖書『詩編』の作者と、中世の頃は考えられていました。賢王ソロモンー王都エルサレムに神殿を築き、イスラエル王国を繁栄させたーの父にあたります。以来ユダヤの人々は、『イスラエル存亡の危機にはダビデの家系から救世主が現れる』と信じるようになります。~略~ゴリアテとの格闘は、ダビデ伝では最大の『見せ場』です。ミケランジェロの彫刻やカラヴァッジョの絵画その他、古くは3世紀からの多くの作例が残ります。見どころは少年ダビデのすばしっこさと、巨人ゴリアテの豪快な倒れかた、小さきものが大なるものを倒すのは、見ていてスカッとしますね。少年と見て侮ったゴリアテ。ダビデが石を飛ばすと額に命中、巨人はばったりとうつぶせに倒れます。」旧約聖書には映像化されるような場面が多くあって、私は映画によってそれらを知っています。「十戒」にあったモーセの紅海を割る特撮や「サムソンとデリラ」、巨人ゴリアテを倒すダビデの物語は、宗教的背景を知らずに私は映画館に足を運んでいました。今回はここまでにします。
2026.06.24 Wednesday
私は毎日工房に通って作業に明け暮れています。平日も週末もなく朝9時過ぎには工房のカーテンを開けて、作業台の上に素材を置くのが私の習慣です。教職との二束の草鞋生活そのものの勢いで今も創作活動を継続していますが、私は自分の好きなことばかりやっているので、教職に比べるとストレスがないのです。毎日楽しいと思えるのが休みを必要としない理由で、たまに時間を空けて美術館やら映画館に出かけています。そんな私を見ていて、もう少し癒しの時間があった方が良いと家内は考えたらしく、水族館に行かないかと誘われました。水族館かぁ、最後に行ったのはいつ頃だろうか、江ノ島だったか八景島だったか記憶にありません。流行りのテーマパークより水族館が私には良いかなぁと思い立ち、今日は工房での作業の後で、家内と東京のアクアパーク品川に出かけました。自宅の横浜に近く、また都市型水族館という施設にも興味を持ちました。当館は品川プリンスホテル併設の室内水族館でプロジェクション・マッピングもあり、水槽もデザイン化されていて、なかなか洒落た施設でした。ただ、映像よりも実際の水槽で泳ぐさまざまな魚や海の生物の存在感に私の心は捉えられてしまいました。とりわけ珊瑚の美しさに目を瞠りました。自然はどうしてこんな色彩の組み合わせを考え出したのだろう、どうしてこんな形態を創り出したのだろうと人智を超えるパワーに圧倒されました。それは美術館で味わう名画より何倍も優れた色彩感覚といって差し支えないほど心に沁みる世界で、これを自分の造形に生かせないかと瞬時に思った次第です。人間は古代からそうした自然の生みだす色彩や形態を模倣して造形美術として体系化してきたわけで、芸術の根源的なものは全て自然の中にあると改めて私は気づきました。クラゲが浮遊する前で暫し佇んでいると、私と同じように心ここにあらずの人がいました。まさに癒しの時間で、呼吸が認められるだけのクラゲの究極の動きに何故か惹かれてしまうのです。彼らにとっては日常の世界でも、私たちにとっては非日常の世界。水族館を一歩出れば、品川駅の雑踏の中に紛れ込んでしまう私たちのリアルな日常が待っていたのでした。
2026.06.23 Tuesday
「キリスト教美術をたのしむ」(金沢百枝著 新潮社)の「モーセとイスラエルの王たち」は8つの単元と2つの付記から成っています。今回は〔27モーセの生涯 Ⅲ〕と〔28モーセの生涯Ⅳ〕に加えて〔付記aモーセ異聞〕を扱います。まず〔27モーセの生涯 Ⅲ〕。「神はエジプトで奴隷となっていたイスラエルの民を解放するため、いくつもの災厄をその地にもたらすのですが、その最後が『初子の災い』でした。~略~イスラエルの人々は災いを逃れるため、子羊もしくは山羊を屠り、家の入口の2本の柱と鴨居にその血を塗ります。『死の天使』は血のしるしがある家は『過ぎ越し』ました。~略~モーセ一行がファラオに見送られて町を出てゆく場面です。彼らが目指すのは約束の地カナン。アブラハムが暮らした、乳と密の流れる土地。しかし、つらい旅でした。~略~ファラオはまた心変わりして、イスラエルの民を追いかけたのです。場所は紅海の浜辺、人々は恐怖のあまり、モーセを責めます。『荒野で死ぬよりエジプト人に仕える方がましだ。なぜ連れてきた!』しかしそのとき、モーセが神のお告げのとおり手を海のほうへ差しのべると、海の水がふたつに分かれる奇蹟が起こりました。イスラエルの人々は海の底の道を通って去り、追いかけたエジプト軍は波にのまれてしまいました。」次に〔28モーセの生涯Ⅳ〕。「シナイ山上でモーセが十戒を受け取ったとき、麓にいた民は恐れました。稲妻が光り、山は煙に包まれたからです。モーセがなかなか下りて来ないので、人々は死んだと思いこみ、不安のあまりモーセの兄アロンに神像を作るよう要求します。アロンは人々がつけていた金の耳輪を集めて、金の子牛像を作りました。そしてその前に祭壇を築き、献げ物をし、みんなでどんちゃん騒ぎをはじめたのです。~略~残念なことにモーセは約束の地カナンに辿り着くことなく、この世を去りました。」次に〔付記aモーセ異聞〕。「イスラーム教でもモーセは重要な存在。イエス・キリストも含め、旧約聖書に登場する族長や預言者も、イスラーム教では神の言葉を預かる『預言者』。そして最後にして最大の預言者がムハンマドとなります。」今回はここまでにします。