Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 週末 古木材への思い
    日曜日になりました。日曜日は創作活動に纏わることを書いていきます。来年発表を予定している新作は、陶彫部品と古木材を組み合わせた集合彫刻になるだろうと思っています。陶彫は毎年私が使用している素材で、その質感には馴染んでいて、私の造形の中核を成すものです。今回新しく取り組むのは古木材とのコラボレーションで、この古木材は私が生まれ育った実家を支えてきた大黒柱です。両親が他界したことで実家としてきた旧家を解体し、その際に大黒柱を工房に運んできたのです。こうした古木材に私は昔から愛着がありました。高校時代に建築家を目ざしていた時期があって、その頃に朧気ながら古木材について関心があったのでした。古い民家で柱の構造体が丸見えになったものをいくつか見ていて、私はそうした民家の復元がしたいなぁとぼんやり考えていたのでした。彫刻を始めた時に、陶による立体が作れないか、模作する日々に栃木県益子や茨城県笠間に住む陶芸家の友人を訪ねるようになり、そこで見た民家の天井を横切る太い柱の構造体に、昔の記憶が重なりました。天井にあった柱は捻じれていたり、囲炉裏の煤で黒くなっていて、この状態を見るにつけ、私の興味関心がはっきりと現れてきました。現在作っている陶彫とこうした古木材を組み合わせてみたらどうだろうと思いを馳せることになりました。古木材は木彫を施すものではなく、出来るだけそのまま使うことを考えていますが、陶彫部品と組み合わせるため、彫り込みだけは入れることにしました。古木材の両側に陶彫部品を置き、そこに陶彫による橋を渡します。幾星霜という時間を封じ込めた古木材の上を陶彫の橋が跨ぐ構造体を作ろうとしているのです。今までも木材を作品に使ったことはありますが、自分が生まれた頃から見てきた大黒柱を使うのは初めての試みです。今回はその大黒柱を際立たせるための演出を陶彫部品を使って行うというものです。
    週末 ロフト工事に明け暮れた1週間
    週末になりました。今週を振り返ってみたいと思います。今週も相変わらず朝から夕方まで陶彫制作に邁進していましたが、今週の月曜日から毎日、工房のロフト拡張工事が入って、鉄工業者2,3人が朝8時から夕方4時半まで施工をしていました。今回は5年前に設置したロフトを延長するもので、新たに鉄骨を組み、床を張りました。業者さんたちは工房内の作業台をあちらこちらに移動し、鉄の柱を立て、また上部の施工がやり易いように空間を確保していました。鉄骨の微妙な寸法をその場で調整したり、床材になる厚板を切断したり、業者さんたちの体力勝負の仕事ぶりを見ていて、私自身の作業にも弾みがつきました。工事の騒音は相当なものでしたが、私も小型チェンソーを使って、陶彫制作の傍ら古材加工もしていました。古材は実家の大黒柱に使っていたものなので、密度のある年輪の欅材で、2m近くあれば相当重量のある木材ですが、それが4本あって、それぞれに私は陶彫部品が収まる凹みを入れようとしています。古材に対する私自身の美意識があって、今回の新作の発想になっています。それに関しては別稿を起こそうと思います。通常なら朝9時から午後3時くらいまでが私の作業時間ですが、業者さんたちは朝8時にやってきて、夕方は4時半まで作業をしていました。そのため私もその時間帯に付き合って通常より長く作業をしていました。正直言うと今週は結構疲れました。私の彫刻制作は鉄骨を組むような重労働ではないものの、やはり肉体労働に変わりなく、しかも創作を伴う仕事は、業者さんたちとは異なる部分もあって、そこに頭を巡らすことに職人と作家の違いがあるのだろうと思います。「型もなく何もなくて、こんなふうに作れるのか」と職人の一人が私の制作を見て、言っていたことが印象に残りました。ロフト拡張工事は月曜日で完成になります。私の完成はまだまだ先ですが、頑張っていこうと思っています。
    「魂の深淵」について
    「世紀末芸術」(高階秀爾著 筑摩書房)の「魂の深淵」について、気に留めた箇所をピックアップしていきます。まず、オスカー・ワイルドのこの言葉から単元が始まっていました。「《すべての芸術は、表面であると同時にまた象徴である》~略~表面であるとは、芸術が単に頭で考えられただけのものではなく、厳として現実世界の中に存在する実体であり、しかも飽くまでも感覚的な存在であることの確認であると同時に、上に述べた世紀末芸術の平面性、装飾性の指摘である。そして、象徴であるとはその平面的、装飾的芸術が、華やかな造形表現によって感覚を陶酔させるものでありながら、決してそれだけで終るものではなく、その奥に、形や線ではあらわすことのできない神秘の世界を秘めているということを意味している。」次に印象から表現へという文章がありました。「『印象』とは、本来外から中へ押し入れるという意味である。印象派の画家たちは、外の世界が彼らに与えるものを忠実に記録しようとした。それに反し、『表現』とは、語源的には中から外へ押し出すという意味である。印象主義から表現主義へ、外部の印象を写し出すことから内部の世界を表現することへ、絵画の歴史は19世紀末の十数年の間に、大きく転換して行くのである。」この時代は私が個人的に学生時代から注目していた時代であり、当時私がドイツ表現派に傾倒した要因でもあります。最後に夢と幻想に纏わるオディロン・ルドンの言葉に、この時代の変遷が収斂しているような気がしています。「《暗示的芸術とは、現実の事物の夢の世界への発火であり、思索もまた同じ世界へと向う。頽廃であるか否かを問わず、暗示的芸術とはそういうものだ。さらに言えば、それは、われわれの固有の生命の最も高貴な飛躍を目指す芸術の成長、発展であり、必要な昂揚を通して生命を拡大させ、そのもっとも高い支え、精神的支えとなるものなのである。》それまで、合理主義の仮面に覆われていた人間の心理の秘密が、生命の最も直接的なあらわれとして、世紀末芸術において一躍中心課題のひとつと見做されるにいたるのである。」今回はここまでにします。
    「華麗な饗宴」について
    「世紀末芸術」(高階秀爾著 筑摩書房)の第三章「世紀末芸術の特質」の初めに「華麗な饗宴」の単元があり、これについて気に留めた箇所をピックアップしていきます。「世紀末芸術がその幅広い活動分野において、まず目指したのは、この『外界再現としての芸術』という考え方の打破であり、そのための手段として選んだのは、『装飾性の復活』ということであった。~略~装飾に対する関心が最も早くあらわれたのは、ラスキン、モリスを先輩にいただくイギリスの世紀末芸術家たちにおいてであった。それは、人間の生活環境を美しいものにし、それによって美に対する洗練された感受性を養おうとするもので、室内装飾、家具、食器、文房具、本の装丁、印刷、レタリング等、直接生活と結びついたあらゆる分野において、華々しく展開された。~略~イギリス、フランスから、さらに眼を転じてゲルマン系諸国や北欧の国ぐにを見ても、事情はほぼ同じであった。当時の『ヨーロッパ的画家』としては、ノルウェーのムンク、スイスのホドラー、オーストリアのクリムト等がその代表的な存在として挙げられるが、いずれの場合においても、画面の装飾化の意図は(それがすべてではないとしても)きわめて明確である。」やがて建築にもその影響が出てきます。「装飾表現は、最初のうちこそ、建物の本体にあまり関係のない細部に発達するかと思われたがやがてそれは建物の全面を覆い、内部に入りこみ、設計プランにまで影響を及ぼすようになる。」それには反発もありました。「つまり逆に言えば、アール・ヌーヴォー様式が、後に『世紀末的悪趣味』として激しい悪評を買うようになったのも、それが単に装飾だけの問題ではなく、建築そのものの内容にかかわる問題であったればこそであり、むしろ装飾は、新しい建築表現のための口実となるものであった。」さらに広告分野にも影響が出てきました。「決定的に世紀末絵画の平面化に影響を与えたのは、ポスターである。ポスターと言えば、われわれはただちに、あのトゥールーズ=ロートレックのムーラン・ルージュのポスターを思い浮かべるが、ロートレックやボナールのような一流の画家たちの手になるものをも含めて、19世紀最後の十年間は、かつてないポスターの隆盛を見た。」今回はここまでにします。
    「遥かな国・遠い国」について
    「世紀末芸術」(高階秀爾著 筑摩書房)の第二章「世紀末芸術の背景」の最後に「遥かな国・遠い国」の単元があり、これについて気に留めた箇所をピックアップしていきます。「18世紀のロココ趣味による見事なスタニスラス広場を持つロレーヌ地方の中心ナンシーの町は、この華麗な工芸運動の中心であり、ガレ、マジョレル、ヴァラン等幾多の多彩な作家たちを輩出せしめた。世にナンシー派と呼ばれるこれら工芸家たちの活躍は、世紀末芸術形成の大きな要因となり、フランスの伝統とアール・ヌーヴォーとを結びつける役割を果たした。」中世への憧れもありました。「造形芸術の面において中世精神の昂揚に大きな影響を与えたのは、18世紀後半の異色作家ウィリアム・ブレイクであった。ブレイクは、上に述べた強い宗教心と、ロマン主義的幻想性とをふたつながら同時に備えており、しかも単に画家であるにとどまらず、詩人として、また信仰の人としてその神秘主義的思想が世紀末の人びとの趣味に投じ、19世紀後半において、いっきょに歴史の前面に登場してきたのである。~略~この時代における中世への憧憬の最も驚嘆すべき成果として、カタロニアの生んだあの幻想的天才アントニオ・ガウディの名を忘れるわけにはいかない。彼はしばしば、歴史を越える異端の天才として、歴史から切り離されてあつかわれるが、実は世紀末の華やかな芸術運動の重要な一環をなしているのである。」またケルト芸術にも興味の対象が及びました。「(スコットランド、北欧等の)彼らの創造意欲を駆り立てたケルト芸術の遺品のうち、とくに注目すべきものは、ひとつはスカンディナヴィアのヴァイキングの芸術であり、もうひとつはアイルランドのミニアチュアであった。」最後に日本からの影響を述べた箇所がありました。「日本版画の持つ装飾的特質は、一方ではロセッティからビアズリーにいたるイギリスの画家たちの絶妙な線描表現の中に、他方ではゴーガンからナビ派の画家たちにいたる綜合主義的画面構成に、明確に見てとることができる。」今回はここまでにします。