2024.09.12 Thursday
「抽象芸術」(マルセル・ブリヨン著 瀧口修造・大岡信・東野芳明 訳 紀伊國屋書店)の「Ⅴ 抽象絵画の主流 」は長い論文になるので、NOTE(ブログ)には分割して、留意した文章をピックアップしていきます。「新しい形式が、詩の領域よりも、はるかに、造形芸術の領域において、かぎりなく豊かであるとすれば、それは造形芸術家たちが、大胆にも、具象的な伝統をふみこえ、もはや言葉ではなく、形態と色彩を使う新しい詩的言語が自分たちのなかに生まれでるのに助力したからにほかならない。芸術家の内面生活が深ければ深いほど、いいかえれば、言い表わしようのないものに、宿命的にぶつかる地点に近づけば近づくほど、自然や芸術上の伝統をかえりみることなく、かれ固有の言語を、第一歩から、つくりだす必要がかれに生じてくる。この言語はかれだけのものである。なぜなら、かれは、とりわけ個人的な事柄、それをとらえて造形的な形式に定着するのも困難だが、さらにそれを感じたことのない人に伝えるのにもっと困難な事柄、つまり適切にいえば、もっとも高くもっとも微妙な詩的状態を表現すべく運命づけられているからである。」新しい形式を多くの人に知らしめる苦悩がここで描かれています。さらに踏み込んだ主張が書かれていました。「現代は、外観の崩壊の彼方に、実在の本質的な構造を見いださないかぎり、現代を貫通している解体のおそるべき潮流から、生き残ることはできない。すべての価値が、疑われ、古い伝統をもってしては、もはや宇宙を解明し、芸術家が宇宙のなかに生きることを助け、そこにかれの秩序を完成するのに役立たなくなったとき、抽象芸術が生れでたのは、宿命的なことだった。すでに見たように、ひとつの恒常性に答えてきた抽象芸術にかぎらず、人間の不安とその不安をこえるための労苦とを同時に伝えることのできる形態一般が生まれる根源には、現代的な魂の本質の、つまり永遠であると同時に現代にとくに固有なものの反映にほかならない。ひとつの造形の世界を再構成しようとする必然性があるのだ。しかもこれは、古い時代の強制力と和合するのをやめ、新しい人間が自然との諸関係を樹てるために規定する新しい法則に従うことでもある。」今回はここまでにします。
2024.09.11 Wednesday
「抽象芸術」(マルセル・ブリヨン著 瀧口修造・大岡信・東野芳明 訳 紀伊國屋書店)の「Ⅴ 抽象絵画の主流 」は本書最後の章で、かなり長い論考があり、切れのいいところで分けて、留意した箇所をピックアップしていきます。本単元では印象主義から抽象絵画に至る文章と、表現主義について述べた文章を引用いたします。「19世紀後半に生まれた印象主義が、自然と光に対する新しい感覚を、したがって新しい感受性をつくりだしたことは確かであって、今日の誰も、まして芸術家ならなおさら、これを避けることはできない。したがって、芸術創作が最初から、まずなによりも精神の作業にひとしい古典的精神の画家たちに対して、さらに自然を《印象主義的》に観照し、それを記憶し、ついで直接の、あるいは思い出された情感をタブローへ置き換えることによって衝動が与えられるような画家たちが加わる。そのタブローは、もはや自然の再現ではなく、自然の存続であり、自律的な創造への自然の変形である。しかもその創造には、自然との接触から受けた教訓や情感が浸みとおって残っているのだ。抽象画家を、自然には無関心なものと考えることほど、ばかげたことはない。直接の知覚がその最後の状態であるタブローにまで変質されることは、反対に、自然の、しかし、具象化されない自然の根強い存続を物語っている。」次は表現主義に関する文章です。「印象主義の方向が、自然から芸術家へと向かっていたのにたいして、表現主義の画家は、そのタブローのなかに、かれの内的存在の内容を、かれの情熱あるいは夢のイメージを投影する。表現主義は、それ自身のなかに、シュルレアリスムに固有な諸要素をかなり含んでいる。わたしは、ドイツにとっては、表現主義がシュルレアリスム的な存在様式であったとさえ、言いたい。」今回はここまでにします。
2024.09.10 Tuesday
「抽象芸術」(マルセル・ブリヨン著 瀧口修造・大岡信・東野芳明 訳 紀伊國屋書店)の「Ⅳ 時間と運動の美学 」の後半部分の留意した箇所をピックアップしていきます。まず登場する芸術家はカルダーです。「カルダーは、絵画の手段を用いて、色彩のタッチの調和したまぶしい輝きを実現する。もし印象主義者たちが知ることができたら、たいへん興味をそそられたにちがいない。モネが、絵のなかで再現しようと試みたような、空間のなかの空気の震え、葉のそよぎ、光の滑るような反映によって起きた水面のさざ波、こうしたもの、運動をフォルムに結びつけ、不動性を消滅させようという強烈な願い以外の何物も意味しない。それにこの不動性とは、自然には完全に動かないフォルムというものが存在しない以上、ひとつの感覚にすぎないのであり、光の動きが、すでに理論的に静的な量塊に運動性をもたらすものなのだ。~略~モビールは、揺れる仕掛けで、地磁気の流れと気流の力とを同時に受けるように思われる。それは、なかば魔術的な活力を賦与されているかのようだ。その活力は、自然の状況と本質的に和合しているからこそ生まれてくる。モビールの成功は、この魅力的な柔軟さ、つまり、いわばこの謙虚さのおかげであり、作者は、その作品のために宇宙的な力が同意してくれるよう、謙虚に願うのだ。」次にモホリ・ナギーです。「モホリ・ナギーが、もっとも豊かな可能性を持つ芸術とみなしたのは、光の芸術だった。かれは、巨大な壁を動くイメージで覆い、厖大な建築的統一体を、かれの言葉を借りれば、活気づけることになる『光の建築』『光のフレスコ』を想像していた。光の幻視者モホリ・ナギーは、画家として、また空間のオブジェの構築家として(私は、これに関しては彫刻家という言葉よりもこのほうが好きだ)、つねに、もっともよく光る素材を、純粋さと調和と明るさを最高度に持つ素材を探しつづけた。極度に可延性があり、くらべもののないほど透明にみえるプレクシグラス製の構成がかれにある。これらの作品こそ、かれの晩年の理想が、もっとも感動的に実現されているものである。」今回はここまでにします。
2024.09.09 Monday
「抽象芸術」(マルセル・ブリヨン著 瀧口修造・大岡信・東野芳明 訳 紀伊國屋書店)の「Ⅳ 時間と運動の美学 」は大きなテーマを扱っているため、分割してNOTE(ブログ)に掲載していきます。本単元が音楽、バレエ、演劇、映画というような時間で展開する表現を述べた後に、未来派が登場してきますが、私はデュシャンを論じた箇所に興味を持ちました。「造形芸術が運動を展開しつつある動きとして再現しようと欲するようになった。これは、彫像や絵に課せられた限界からいえば、逆説的で、矛盾しており、不可能のようにさえみえる。まるで、運動の暗示や運動の仄めかしでは物足りないかのように、(バロック派とその後継者やロマン派がそれで満足し、そこから力強いダイナミズムのすばらしい効力をひき出したのに対して)芸術家たちは、絵や彫像に、運動自身を象ろうと狙ったのである。われわれは、時代的に同じな立体派と未来派に、似たような傾向を見いだす。1910年から11年のフェルナン・レジェのある種の絵とか、とくにマルセル・デュシャンの非常に重要な注目すべき作品『階段を降りる裸体』(1912)、『急速な裸体にかこまれた王と女王』(1912)は、立体派に関するかぎり、そのもっともよい例だ。」次にバウハウスに関する論考に注目しました。「純粋な運動が、それ自体のために提示されることができたのは、抽象芸術によってだけであった。ここで、具象的なものだけが支配するように思われる分野ー映画とかバレエとかーにおいてさえも、抽象芸術の場所が与えられ、その固有な探究が追求されたことを考えてみるとおもしろい。抽象バレエに関しては、デッサウとワイマールのバウハウスでなされた仕事をあげることにしよう。バウハウスの仕事は、第一に、それにたずさわった人達のすぐれている点において(そこにはウァルター・グロピウスやライオネル・ファイニンガーに加えてクレー、カンディンスキー、モホリ・ナギーといった偉大な抽象作家たちがいる)、第二に、そこで展開された考え方の点において、現代のもっとも興味深い運動のひとつに数えることができる。実際的な目的の面ではバウハウスは、実用芸術の工房学校であり、厳格で秩序ある機能体であった。そして、芸術上の面では、純粋な、本能的な、むしろ抽象的な形態に帰ろうとする意志を持っていた。」今回はここまでにします。
2024.09.08 Sunday
日曜日になりました。週末は創作活動について書いていきます。このところ新作について考えを巡らせていて、今日も新しい陶彫作品を作っていました。今年の7月個展まで2年がかりで、日付のある陶彫立方体に取り組んでいて、漸くそこから解放された現在は、さて、これからどういう方向に作品を展開していこうか、毎日そのことばかりが頭を擡げてくるのです。私が現在の陶彫による作品を作ったのは「発掘~鳥瞰~」で、ギャラリーせいほうでの発表は2006年からですが、この作品はそのずっと前に出来上がっていて、おそらく30年近く前には陶彫による作品が幾つか完成していました。最初の頃の個展は、今のような制作体制が自転車操業ではなく、完成品の貯蓄があり、その中から選んで個展での発表にしていました。以来、私の作品は発掘された出土品のような雰囲気を纏い、大地に埋もれていた都市空間を想定していました。実際に私は発掘現場に出かけていってイメージを膨らませたのでしたが、考古学者の叔父のように、そこから可能な限り正確な土木技術や古代の人々の生活ぶりを調査したわけではなく、そこに学術的興味を持ちながら、自分の内面で取捨選択を行なって、象徴性を極めていき、やがて作品化に繋がったのでした。つまり私の作品は、自分の内面で煮詰めていった架空都市に過ぎません。私のイメージの源泉はそこにあるため、新作ではもう一度スタート地点に立ち戻り、架空都市を再び作ってみようと思っています。そう考えると私の気持ちは不思議と安定してきます。ただし、今までのキャリアで既視感のある定番化した作品を作っても、自分としては納得できないので、新たな構造体を作ろうとしています。無理な形態を作っても陶彫の場合は罅割れが生じるので、現在使用している陶土でどこまで可能なのか、イメージと技巧が拮抗している状態が続いています。それは技巧が走りすぎる嫌いを是正する役目もあって、自分としては歓迎しています。まだ新作の窯入れは出来ていません。これからが勝負になるのかなぁと思っています。