2025.01.01 Wednesday
2025年の元旦を迎えました。今年は平和でありたいと願いつつ、残念ながら世界には紛争が絶えない場所がかなりあります。日本の周囲でもキナ臭い国際状況があって、わが国の防衛を真剣に議論する機会がきているような気がしています。さて、元旦になると私の恒例となる仕事があり、裏山に据えた小さな祠へ行って、奉納された稲荷の札を新しいものに換えるのです。その祠はもともとそこにあったものではなく、祖父母の時代に近所に捨ててあった稲荷を祖父母が拾ってきて、小さな祠を建てて祀ったものです。私は幼少のころから、朝食前に小さく刻んだ餅と油揚げを持って祠に行き、そこに納めてきました。次に菩提寺に出かけて行って住職に新年の挨拶をしてきます。それから家内と東京赤坂まで出かけていき、豊川稲荷で護摩を焚いてもらうのです。そこで受け取った木札は自宅のリビングに、紙札は祠に納めるのです。相原の家は、祖父までが何代か続いた大工で、父が造園業を営んでいたため、代々商売繁盛の稲荷を拝んできたと思われます。これは私にはあまり縁がないのかもしれず、彫刻はいっこうに売れません。それでも家内安全が守られているので、毎年同じことを繰り返しているというわけです。しかも宗教に疎い自分は、こんなことをするのは元旦だけです。明日からまた工房に行って陶彫制作に励みます。1年間制作をやっているのが私の心の安寧に繋がっているので、祈祷よりも創作活動が私に生きる喜びを与えていると言っても過言ではありません。ましてや新作は、祖父母や両親が住んだ旧家の大黒柱を使う計画なので、先祖を大切にする心を今年ほど強く感じることはないと思っています。今年はどんな1年になるのでしょうか。自然災害には見舞われず、人的災害も最小限になる1年になることを心より願っています。このNOTE(ブログ)を読んでくださっている皆様が平穏に過ごせるように祈っています。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
2024.12.31 Tuesday
2024年の大晦日を迎えました。昨年のNOTE(ブログ)でも伝えていることですが、世界情勢で世界史に残るような悲劇的な事件があり、それは今年も継続されています。ウクライナに軍事侵攻したロシアやイスラエルがハマスを撲滅するための軍事作戦は、今年になってさらに民間人の被害が増大しています。また今年は政治とカネをめぐる問題で、自民党政治が揺らいでいます。これは民意が反映したということでしょうか。また、元旦に能登を襲った大震災に驚かされ、私は嘗て輪島塗の職人を訪ね、話を聞いた記憶が甦りました。一刻も早い復興を心より願っています。こう羅列すると不安を煽る記事ばかりですが、スポーツの世界では気持ちが高揚することがありました。パリ・オリンピックでの日本選手団や米大リーグでの大谷翔平選手の活躍は、私たちに前向きに生きるパワーを与えていただきました。今年ほど毎日のニュースに見入った1年間はなかったなぁと思い返しています。創作活動では7月の個展で発表した2年越しの「発掘~記録~」が私にはインパクトが強く、1年間分365体の立方体を展示出来ました。工房には平日も週末もなく籠りましたが、夏の暑さにはさすがに辟易しました。毎年こんな記録更新の気温が続くのでしょうか。季節がどうであれ、陶彫制作は私の創作活動の中核を成すものであり、私はこの素材から大きく離れることはないと思っています。この素材を礎にしてイメージを膨らませ、実物の作品以上の空気感を醸し出したいと思っています。私の作品は空間演出するものなので、実物は空間を変える装置に過ぎません。そうした思索を推し進めていかれるように日々精進したいと思います。最後にホームページについて。このホームページは私の創作活動の面から情報発信をしているもので、画像は陶彫作品とRECORD作品に限られています。カメラマンと相談しながら画像の構成をしていますが、今後はさらに充実させたいと考えています。NOTE(ブログ)は日々の記録ですが、日記というより展覧会や映画の感想、書籍等から得た知識、作品の進行具合など思いつくまま書いています。拙い文章を読んでくださっている方々に感謝申し上げます。来年もよろしくお願いいたします。皆さまにとって来年が良い年でありますようにお祈りしています。
2024.12.30 Monday
「世紀末芸術」(高階秀爾著 筑摩書房)の第四章「世紀末芸術の美学」の初めに「象徴主義」の単元があり、これについて気に留めた箇所をピックアップしていきます。最初にオーリエが記した象徴主義の定義から始めます。「《芸術作品の必要条件は、(1)理念的であること、なぜならば絵画の唯一の理想は、理念の表現であるから、(2)象徴的であること、なぜならば絵画は、その理念を形態において表現するから、(3)綜合的であること、なぜならば絵画は、これらの形態、記号を一般的理解の方法にしたがって表わすから、(4)主観的であること、なぜならば絵画においては、客観的事物は決して客観的事物として考えられず、主観によって知覚された観念の記号として考えられるから、(5)(したがってその結果)装飾的であること、なぜならばエジプト人、そしておそらくはギリシャ人、およびプリミティフ芸術家たちの考えていたようないわゆるほんとうの意味での装飾絵画は、同時に主観的、綜合的、象徴的、理念的である芸術の表明にほかならないからである。》」象徴主義という言葉を私はよく使いますが、その定義を述べた箇所をここで敢えて載せることにしました。その代表格が画家ルドンです。「モーリス・ドニは、さらに明確な言葉で、彼らの世代に対するルドンの影響力とその意味とを説いている。《ルドンは私の青年時代の師であり、友人の一人であった。深い教養と音楽に対する才能に恵まれ、親しみ易く親切な性格の彼は、象徴派の世代の理想像ーいわばわれわれのマラルメであった。セザンヌの影響がゴーガンとベルナールを媒介としてはっきりあらわれてくる以前に、1890年前後の芸術の発展を精神的な方向に定めたのは、ルドンの石版画のシリーズと驚くべき木炭デッサンの影響力であった。彼は、その時以後われわれがその証人として立ち会ったすべての美的改新、または革新、あらゆる趣味の革命の起源となった…。ルドンの教えは、彼が何か魂の状態を表明しないようなもの、深い感動と心の奥底の幻想とを伝えないようなものは何ひとつ描くことができなかったというまさにその点にある…。》」今回はここまでにします。
2024.12.29 Sunday
日曜日になり、いつもなら創作活動について書いていますが、今回は新しくロフトの拡張工事が終わり、1階の作業場に置いてあった今年7月に展示した個展の梱包作品を、ロフトに揚げる作業を行いました。一辺20cmの立方体である陶彫作品は、全部で1年間分365個あり、そのうち売れた作品もあったのですが、ほとんどが8体ずつの木箱に収めていて、その夥しい数の木箱が制作の邪魔にもなっていました。今日を ロフトへの荷揚げ作業の日と決めて、後輩の彫刻家や教え子たちに連絡を入れました。人員としては後輩の彫刻家と私で男性は2人、教え子の女子3人の合計5人が来てくれて、このメンバーで今回の荷揚げ作業を行うことにしました。昇降機(リフト)に木箱を2つずつ乗せてロフトに揚げるまでを男性2人で行い、女子3人はロフトで待機していて、木箱を収納する仕事を行ってくれました。決して楽な作業とは言えなかったものの、それでも嫌な顔ひとつせず楽しみながら仕事をしてくれたスタッフたちに、私は心から感謝をしました。実は私の個展の搬入搬出もこの人たちがいなかったら出来ないのが現状です。皆ボランティアですが、その代わり工房に出入り自由で、それぞれの制作で工房を使うことは了承しています。自宅以外に作業場があるという環境を、私は若い頃から夢見ていました。その環境を運よく得ることができた自分は、今度は教え子たちにそれを提供しているのです。休庁期間に入り、職場も大学も休みになったこの時が、スタッフが集まれる機会と捉えて、今日の荷揚げ作業になりました。明日から私は通常の陶彫制作に入ります。後輩の彫刻家も休庁期間を利用して木彫に取り組むようです。
2024.12.28 Saturday
土曜日になりました。1週間を振り返ってみたいと思います。来週は途中から新年を迎えるため、2024年としては今週が最後の1週間になります。今週は相変わらず陶彫制作一辺倒で、変わり映えのしない1週間でしたが、新作では古材加工をかなり行い、ギャラリーの床に並べる4本の柱の長さを決めました。今年中にこの古材加工で4本の長さが決定できるといいなぁと思っていたので、とりあえずサイズに関しては着実に進んでいると自覚しています。その4本の古材の両端には、それぞれ背の高い陶彫部品を配置する予定でいて、そのうち何点かは彫り込み加飾が出来て、乾燥棚に置いてあるため、イメージがより具体的になってきたように感じています。陶彫制作では原初的なイメージがある程度出来上がってくると、気持ちとしては楽になります。7月の個展までにはちょうど折り返し地点にあって、あとは作品の質を高めていくだけなのです。前にも書きましたが、陶彫は毎日制作をしていかねばならず、今日から年末年始の休庁期間に入っても、私には関係ありません。それは教職に就いていた頃も同じで、寧ろ学校が休みに入った時期から、創作活動を本格的に始めるという習慣が私にはありました。陶彫は陶土の都合で制作を進めていくため、何日も休暇が取れないのも休めない要因でもあります。教職に就いていて、まだ工房がなかった時代は、土日でも休庁期間でも学校に出かけていきました。大晦日の誰もいなくなった夜の学校で、私が一人で制作に励んでいて、全て戸締りを済ませ、警備会社に連絡を入れることもよくありました。それでも元旦は何とか休もうと陶土にたっぷり水を打ったことも思い出されます。それは工房が出来た今でも同じで、元旦には窯入れを考えています。この休庁期間には後輩の彫刻家がやってきます。昔の私を見ているようで、彼のために融通を効かせようと思います。