Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • ケーテ・コルヴィッツの肖像
    暑い作業場から空調のきいた自宅に戻ると、疲れがどっと出るのですが、この夏は読書も欠かさずやっています。ちょうど読み終えたのが志真斗美恵著による「ケーテ・コルヴィッツの肖像」です。あわせてコルヴィッツの日記も読んでいるので、2冊を行きつ戻りつしながら、まずは表題の本を読み終えました。学生時代に衝撃を与えられ、自分の木版画作りのきっかけになったドイツ人画家ケーテ・コルヴィッツ。ただ自分には政治色のある社会派作品の中で生命を謳いあげるコルヴィッツの表現が、理解できても感受することができず、その頃の木版画は途切れてしまいましたが、今までコルヴィッツの直接的に働きかけてくる生命に対する強い表現にずっと関心を寄せていました。この本でコルヴィッツの生育歴や家庭環境、仕事に臨む時の真摯な姿勢が伝わってきて、作品そのものの理解も深まった気がしています。戦争の時期に生きた女流画家。母として妻として、または社会参画する芸術家としての生きざまがよく描かれていました。               Yutaka Aihara.com
    安全対策マニュアル
    今日も蒸し暑い作業場で木を彫っています。肉体労働をしている作業員のような気持ちでいます。暑さの中で安全対策を怠らない姿勢を貫いています。水分補給、しっかりと昼食をとること、適度な休憩を心がけています。先日民間企業派遣で造園土木会社に研修に行った時の心得が生きているなと思っています。そこで配布された安全対策マニュアルは、彫刻の制作にも有効です。木を彫る作業は創作であり、また労働でもあるのです。自分が彫刻を選んだ理由はそうした身体を使う作業が向いていると思ったからです。哲学的な思索を要求される一方で、実材にぶつかっていく魅力。それは頭でっかちにならない表現方法でもあるのです。そこに実際の場面で派生する安全への配慮。安全対策マニュアルは集中力を司る頭脳に対し、この時季一気呵成に作り上げることへの身体への警告だと思っています。身体を省みず作業を行えば危険な状態になる、逸る気持ちを抑えて集中を持続することが大切だと自分ではマニュアルを解釈しています。 Yutaka Aihara.com
    制作三昧の夏到来
    今日のブログにはこんなことを書こうと思案していても、一日彫刻制作の作業を終えて帰ってくると、頭には作業場の熱気しか残らず、日々汗を掻き通しで、身体は大丈夫かなという感想しかありません。2リットルの水を凍らせて持ち込み、汗でびっしょりになったシャツを何枚も替えて、今は後先を考えず杉の柱を彫っています。これぞ制作三昧の夏が来たという感触です。しかも集合彫刻なので、全体を見渡すことはまだ先で、今はひたすら部分を作っている状態です。近視眼的な作業はある意味で気が楽なところがあります。前述した後先を考えずに…というのがそれに当てはまります。今は柱に連続した幾何形体を彫り込むこと、この一点に集中して身体を動かしています。それにしても暑い、でも止めるわけにはいかない、焦らず休まず坦々と。仕事の蓄積が成果を生むことを信じてやっています。        Yutaka Aihara.com
    五輪開会式イベントに酔う
    北京オリンピックが今日開幕し、テレビに釘付けになっています。自分には健康管理のためにやっている水泳があるので、競技で言えば水泳を見たいと思っているのですが、もっと関心が高いのが開会式のイベントです。極端なことをする国なので、どんなイベントを準備しているのだろうと思っていましたが、人海戦力と物量の凄さに圧倒されました。中国の歴史を映像を駆使して見せる場面で、とくに自分の中では活版印刷や海のシルクロードの群舞が印象的でした。自分の造形表現にも通じるものがあって、食い入るように見てしまいました。一人で作品をコツコツ作っている自分が空しくなるような膨大な物量と壮大なスケールがあって、歴史ある国の威信をかけた一大イベントだということがよく解りました。では東京ならどうするだろうと思いを巡らし、自分ならエコを考えた工夫があってもいいのかとも考えました。ただの見せ物では終わらないモノ。再利用価値があり、オリンピックという祭典が去っても、有形無形文化財として残るモノ。オリンピックという非日常が、そのまま日常生活にも続き、その元気・活性化が様々なところで広がるようなそんなイメージを抱きながら、このイベントにはどの位のゴミが出て、どの程度が資源化されるのだろうと考えてしまいました。 Yutaka Aihara.com
    RECORDの追加がアップ
    昨日ブログに書いたRECORDが、HPでまた2か月分アップいたしました。昨年やっていた8月分と9月分です。連続するカタチであったり、穴のあるカタチであったり、昨年はとくに月ごとのテーマはなく、その日の気分で前日のテーマを追ってみたり、新たに別の世界を始めてみたりしていました。絵の変わり目がきちんと決まっていない面白さがあると改めて思い返しています。最後につけるコトバも月ごとの一貫性がないため、その月のどこかの作品を見てやっています。それに比べ今年は計画性を意図したため、手枷足枷があって、なかなかきついなあと思っています。自分がそんなふうに決めて、自分で苦しんでいるのですが、作品が果たして深まっているのかどうかよくわかりません。ただ、月ごと全体で見ると統一感があると思うのです。これはまだHPのアップは先になりますが、1年間まとまったら、どこかで展示してみたいと考えています。なお、HPにはこの文章の最後にあるアドレスをクリックしていただけると入れます。            Yutaka Aihara.com