Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 4月に「構築〜解放〜」がアップ
    4月になりました。横浜では桜が満開です。自分のホームページのギャラリーに「構築〜解放〜」をアップいたしました。木彫による2作目になります。昨年の「構築〜包囲〜」と今年の「構築〜解放〜」。この2点が対になるように計画して作りました。使った素材はすべて同じ、表現方法も同じ、サイズは多少の違いはあるもののほとんど同じです。柱を何本も組み合わせ、外から内(包囲)、内から外(解放)という考えで制作したものです。それぞれ違う幾何文様を1本ずつ柱に彫り込んで、個(文様)の違いが大きな構成の中に要素として取り込まれていく状態をイメージしました。現在取り組んでいる「構築〜起源〜」は柱を組み合わせるという考えではなく、柱そのものでシンプルに見せていく方法をとる予定です。またこれも何か発展できる要素が見つかればいいなと願っています。なお、ホームページには文章の最後にあるアドレスをクリックしていただけると入ることができます。ご高覧いただけると幸いです。                    Yutaka Aihara.com
    年度末を迎えて
    人事の発表があり、仕事の引き継ぎをしているうちに今日が終わりました。明日から新たなメンバーで新年度の仕事が始まります。創作の方はそんなこととは関係なく、ただひたすら作業をするだけです。今日は引き継ぎの合間に作業をしましたが、遅遅として進まず落ち着かない状態で鑿を置きました。思えば昨年は「ギャラリーせいほう」で個展をやっていました。あれから1年も経ったのかと思うと信じられない気がします。今年は7月に個展をやらせていただく予定です。こうした生活がいつまで続くのかわかりませんが、やれるのだったら頑張っていこうと思います。
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    奄美の土産を携えて…
    量家の墓参りをしてきた報告に奄美大島の土産を携えて、川崎に住む量博満宅を訪れました。量博満さんは家内の叔父に当たる人で、長く上智大学文学部の教壇に立っていましたが、現在は退職しています。専門は考古学。今日はこの人から奄美大島に纏わる様々なことを教えられました。たとえば諸説ある「なべ加那」伝説。なべ加那は我儘放題だった説や神事に使える人という説。奄美大島のあちらこちらに散らばっている量一族の親類縁者の話。奄美大島に行く前に叔父からそんな話を聞いていたら、墓参りだけで旅行日程が終わっていただろうと想像できます。「創作活動するために嘉徳に住むのはどうだろう」と自分が持ちかけたら、「都会育ちじゃ嘉徳にいて3日と持たないよ」と言われてしまいました。嘉徳は決して理想郷ではないと思いましたが、奄美大島にしばらく落ち着いて、木彫でもやってみたいと願いつつ、また明日から公務が待っている日常生活が始まります。ここ横浜も住めば都とは思いますが…。                       Yutaka Aihara.com
    新たなるイメージ「壁」
    奄美大島で過ごした3日間は、あっという間に過ぎて、今日から横浜でのリアルな日常が待っています。ちょうど週末にあたっていたので今日は久しぶりに杉材を彫ることにしました。奄美の自然の息吹を吸い込んできたばかりで新鮮な気持ちで鑿を持つことができました。作業中にちらちらと新たなイメージが湧き上がり、これは奄美での気分転換が成せるワザかなと思いました。それは長い壁が続く頂に街とも城ともつかない造形が存在するもので、シルエットのような平面的なイメージです。これを彫刻として考えるか、RECORDのような平面作品にするか、これから検討です。RECORDでやるとすれば、しばらく同じテーマでこだわりたいと考えます。大地の断面を切り取って見せる初期発想から、まず思索していきたいと思います。  Yutaka Aihara.com
    加計呂麻島のデイゴ並木
    奄美大島の古仁屋港からフェリーで、対岸にある加計呂麻島に着いたのはもう昼を過ぎた頃でした。小さな入り江が点在する島をうねうねと県道が続き、その入り江で珊瑚のかけらや石ころを拾ったり、路傍の古い石垣を写真に撮ったりしているうち、たちまち時間が経ちました。フェリーの出航時間を考えながら過ごす慌しさは、この島にそぐわないとつくづく感じました。諸鈍というところにデイゴの並木道があると知って見に行きました。この季節にまだ花はなく幹だけの木々が海沿いの通りに面して並んでいました。花の季節はさぞや奇麗だろうと思いを馳せて諸鈍を後にしました。古仁屋では半潜水船に乗って水中を見てきました。テーブルサンゴが気に入りました。海中の造形の美しさに酔った分、自分の造形の退屈さに海底のようなブルー(な気分)になりました。この奄美大島体験がどう作品に表れるのか、見当もつかないまま機上の人となりました。RECORDの筆も進まず、外界からの刺激に収拾がつかない内面を抱えたまま横浜に帰ってきました。   Yutaka Aihara.com