Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 和室の住まい方を考える
    自分は建築家でも建築史家でもないので、和室に対する考察はきわめて表面的で、実直な感想しか持ち合わせていませんが、かねてより和室に対する関心はありました。我が家にも小さな和室があります。帰宅してすぐ寝転がる部屋が和室です。畳の気持ちよさがいいのです。和室には押入れがあって、寝具が仕舞ってあります。それを敷いて寝床を作ることができます。と思えば膳を出して座布団を敷けば食事やお茶、学習室にもなるという具合です。床の間は小さな美術館で、我が家では亡き義母の書が掛かっています。和室はいろいろな用途をもっています。狭小な日本の家屋にあって、空間を有効に使う工夫がなされているのが和室です。外界とは障子で隔てられ、その儚さは外と内の一体感をもたらせているとも言えます。それは優雅な雰囲気さえ感じさせてくれます。まだまだ和室を見直して新しい視点で住まう工夫があってもいいんじゃないかと思うのです。               Yutaka Aihara.com
    車の中から見える風景
    職場からの行き帰りに車に乗っていると、自分が走っている感覚よりむしろ左右の風景がこちらに向かってやってきて、また過ぎ去っていく感覚に陥ります。現実の風景が、窓越しに何かの映像でも見ているかのような錯覚となり、通勤で見慣れた日常的繰り返しの中で、リアルとシュミレーションの差がなくなり、自分の存在する立ち位置が掴めなくなります。車という文明の利器(機)は、私たちの風景の認識に大きな変化をもたらせたものではないかと思います。実際に車で通勤していると、見慣れた風景は見慣れているくせに印象は希薄で、何がどこにあったか厳密には覚えていないことが多いと思います。「見る」行為にも変化があらわれていると感じています。たまに歩くと道が道として存在しているのに改めて感じ入ったりするのは私だけでしょうか。時々は道路ではなく道を歩いて自分の位置を確かめたいと思うこの頃です。                             Yutaka Aihara.com
    家具の在り方を考える
    久しぶりに教え子の美大生が作業場にやってきました。プロダクトデザインを専攻している彼女は家具制作の課題を抱えてきました。自分が制作している彫刻の現場に家具を持ち込んできたことが契機になって、家具の在り方を考えてみることにしました。家具は収納として、または休息を与えるモノとして、または作業を行う機能として日常必要不可欠です。生活に密着して存在するものですが、アート的な発想も大いにあるべきと考えます。狭小な日本の住空間をいかに豊かにするか、空間を占領して存在するものであれば、アートのように新しい視点を加えることで、そこに住まう人の心理に働きかけて、安定した情緒が生まれたり、人との関わりや会話が弾んだり、思考が深まることがあろうかと思うのです。住空間の大切さを語る時に、家具のもつ要素を無視するわけにはいきません。ではどうしたら理想的な家具が創作できるのか。日常品としての使いやすさは自由な発想をある程度制限することがあるでしょう。そうした手枷足枷を巧みに利用して発想の転換を図るところに未来の家具の在り方があると信じます。造形作家側からの挑戦、デザイナー側からの挑戦があって、ユニークな家具が生まれることを切望してやみません。                             Yutaka Aihara.com
    封じ込めた時間
    平日は公務があるので、週末になると気持ちが解放され、創作に没頭することが出来ると今まで考えていたのですが、はたしてそうなのか疑問を覚えました。今日という週末をいつものように木を彫って過ごしたのですが、実際の気分は解放というより、自分の中で封じ込めた時間を生きている感じがしています。限りある時間をどう使うか、刻々と変化する時間にあって、ここまで木を彫っておこうとする意思が働き、ノルマを達成するように作業をしています。先日からブログに書いている「労働の時間」というコトバがとても気になって(または気に入って)決められた時間の中で決められた作業を滞りなくやる行為が、つまり自分にとって「労働の時間」というのかなと思っています。決められた時間は自分が封じ込めた時間でもあるのです。閉塞感を感じつつ、今日という一日を生きてみました。           Yutaka Aihara.com
    空間を変容させる装置
    自分が作っている集合体による彫刻は、部品と部品を繋いで、ひとつの作品としていますが、それは物量として見せているのであって、単体でも同じものだと思っています。集合体の特徴はあるにしても、最終的にはひとつのまとまりにしているのです。この集合体を拡散させて空間に配置したら、また別の空間が現れてくると思います。彫刻が空間を変容させる装置とするならば、置かれる場所・環境によって集合や拡散があってもいいのではないかと考えます。そのいずれにも耐えられる作品が作れることを願っています。現在進行中の「構築〜起源〜」は拡散に向かう集合彫刻のつもりです。空間を変容させる装置、あるいは環境によって提示の仕方を変える彫刻。大地に置かれる、横たわる、掘り込む、壁に掛ける、寄りかかる、埋め込む等あらゆる提示が可能な装置を作りたいと考えています。            Yutaka Aihara.com