Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 今年も残すところ…
    今年も残すところ2日となりました。作業場に流れるFMヨコハマから今年の締めくくりの音楽や言葉が聞かれます。砂マチエールが何とか終わり、今日は油絵の具で下塗りする作業に移りました。明日から3日間は作業をしないので油絵の具をしっかり乾かすつもりで、すべての板材に下塗りをしたのです。ずっとうつむいて7時間くらい作業をしていたので、顔が浮腫んでいると一緒に作業している教え子に指摘されました。かく言う彼女も鑿を振るい続けて腕や手がくたくたになっているようでした。「今年はここまでだね」と言って作業を終えました。正月休みにそれぞれ自宅で彼女は鑿を研ぎ、私は「RECORD」を作り続ける予定なのです。お互い体調を崩さないようにと確認しあって別れました。晦日から正月を迎える気分になかなかなれないのは今年に限ったことではありません。でも心の充実は何よりも代えがたいもので、今年を精一杯生きた実感があります。         Yutaka Aihara.com
    休庁期間でも続く制作
    昨年のブログを見ると制作三昧の休庁期間を過ごしている様子が窺えます。やはり昨年も同じかと相変わらずの自分にやれやれと思っています。昨年は作業場に自分ひとり、今年は教え子の美大生が卒業制作を持ち込んで一緒に制作しています。木で家具を作っている彼女は、可憐な乙女を返上して朝から夕方まで休まず鑿を振るっています。自分に似て何時間でも坦々と制作しています。自分は砂マチエールの作業に加えて、今年は「RECORD」の額装があって、昨年より辛い思いをしています。自分で作っておきながら「構築〜解放〜」の幅5メートルを超える大きさと「RECORD」の11ヶ月分の量には腰が引けてしまいそうです。同じ空間にいて、夢中になって制作している教え子の姿を見るにつけ、自分も鞭を打たざるを得ない状況が生まれています。これは神の試練かとも思えるほどです。        Yutaka Aihara.com
    ドイツ工作連盟
    以前から興味はあったもののなかなか身近に感じることができなかったものがドイツ工作連盟です。19世紀末にあったユーゲントステイールからさらに前進して、美術と産業が密接に結びついた組織。20世紀初頭にミュンヘンで作られた組織。参加している建築家や画家やデザイナーの仕事が書物等で紹介されるのを見て大変興味を感じました。当時大きな展覧会がケルンで開かれたのを知って、どんな作品が展示されたのか、どんなことが革新的な作風として話題になったのか調べてみたいと思いました。とくに工作連盟の指導的役割を担った建築家ブルーノ・タウトは日本でもよく知られた存在で、当時彼が試みた「ガラスの家」の資料写真をみて、現在では当たり前になっている素材が初めて多くの人の前に建築として登場した時の状況はいかがなものだったのか、そんなことを思い浮かべながら、いま自分の目前に広がる横浜みなとみらい地区のガラスを多用した高層建築を眺めています。
    オペラ「モーゼとアロン」
    A・シェーンベルクは無調音楽の先駆者として、20数年前に自分がウィーンに暮らしていた時から知ってはいました。ただ知ってはいましたが、その音楽に触れる機会は多くはなく、実際に聴いた時は驚いてしまいました。ジョン・ケージや武満徹といった現代音楽家のことを知っていたとしても、それらは知識として学んでいたのであって、その先駆的なシェーンベルクの音楽がウィーン歌劇場に響いた時に、初めて音楽も美術同様その脈々と続いたものが崩れ去り、新しい秩序が生まれていることを実感したのでした。それはオペラという形式で自分の前に現れました。しかも旧約聖書の出エジプト記による「モーゼとアロン」。音楽に旋律やリズムはあるものの心地よいものではなく、むしろ登場人物の心の葛藤を描くような緊密に構成されたもので、最後は朗読に近いものに聴こえました。年中ウィーンナーワルツが居酒屋などで聴ける街にあって、これは新鮮な音感と捉えることができ、初めて知識ではなく心の琴線に触れるものとして受け入れたのでした。     Yutaka Aihara.com
    シェーンベルクの無調音楽
    ドイツ表現主義は絵画の世界だけではなく、演劇や音楽や映像表現においてもありました。人の内面世界を描くのは何も絵画に限ったことではないし、ぎくしゃくした感情を表現しようとすれば、今までの方法では難しいと考えた結果が表現主義となったと思います。自分はウィーンに暮らした20数年前に、なかなか理解しにくい音楽に接することがありました。これはまさしく表現主義の音楽で、旋律やリズムが聴き取れず、不安定なまま音楽が終わってしまいました。シェーンベルクによる無調音楽というもので、初演当時は大変な物議を醸し出したものだそうです。ウィーンは音楽の都として中世から続く伝統を持っている都市です。そこに現れた新しい価値観による無調音楽なるものが、一般大衆に受け入れられようはずがありません。自分も表現主義の美術には関心があって即刻受け入れたにも関わらず、音楽に関しては初めに拒絶がありました。何度か聴いて理論もわかって、ようやく受け入れましたが、演奏中はかなりの緊張を強いられるのは今も変わりません。 Yutaka Aihara.com