Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 風景のコラージュ
    脳裏に焼きついた尾瀬や会津の風景をイメージの上で再構成して、自分の印象に残ったものをひとつの作品にまとめあげることは、絵画では常套手段です。いわゆる心象風景で、これは様々な作家がイメージを競い合うように作品を作り続けています。立体でも風景のコラージュはあります。ただし絵画より表現が不自由なため、素材が前面にでてしまい、ある場所を限定した風景を感じさせる作品は少ないと思います。風景の捉えが絵画とは違うのです。風景は前景にあるものと後景にあるものとの距離によって成り立っている場面を指すものです。そうした距離の認識を、ある場所を限定して作れるとしたら、その風景のコラージュが立体として可能なのかもしれません。 Yutaka Aihara.com
    尾瀬の燧ケ岳
    尾瀬を歩きました。この季節は水芭蕉が咲いています。湿原のところどころに小さな池があってその周囲に水芭蕉が群生している景色は何ともいいものです。とくに印象的だったのは湿原の向こうに広がる燧ケ岳の雄大な景観です。雪がまだらに残り、山肌と雪の筋が美しいコントラストを作っていて、自分もセザンヌのように大きく面取りをした画面で、この山を描いてみたい衝動に駆られました。青空にポカンと浮いている雲は、旧ユーゴの素朴派画家が描く絵にも似て、自然が作り出す美にため息が出るほど感動しました。縦横に走る木道はアースワークという現代アートにも思えて、自分の作品がちっぽけに感じてしまいました。                   Yutaka Aihara.com
    会津高原へ…
    仕事で福島県の会津高原に行ってきました。仕事とは言え、周囲の美しい自然を堪能してきました。午前中はやや雨模様でしたが、午後は晴れ上がり、透明な空気に覆われた新緑が目に眩しく映りました。田植えの時季でもあり、水を湛えた田んぼの畦道には小さな花が咲いていました。夜は満天の星空で、横浜ではこんなふうに星空を見上げることはないなと思いました。風景画家ならこんな自然を大気を感じさせる描法で表現したくなるんだろうなと思いつつ、印象派が自然の光を求めて屋外に出て行ったのがわかるような気がしました。                           Yutaka Aihara.com
    上司の説得力
    組織を運営する上で人をまとめていく仕事はいかがなものか、上司に言われた言葉を思い出します。それは「あなたの主張はわかりやすい。気持ちにストンと入ってくるけど、全体を見て話す時は、もう少し含みのある言葉があってもいいんじゃないか。優柔不断でないことは認める。あなたが作品を作る時、余計なものを排除して明快なカタチを掴もうとする姿勢があるから、それが公務にも表れてしまうんだ。」といったような趣旨でした。なるほど。上司は美術には関係の無い御仁ですが、自分にとっては説得力のある言葉でした。作品を分析されて話題に出されてしまうと自分は一瞬怯みます。作品で言えば、カタチを掴む前は充分に優柔不断なのですが…。確かに自分は組織で働く上で、短絡的な考え方をしてしまう嫌いがあります。早急に結果が欲しくて概括的になってしまうこともあります。そうした人間性は作品にも表れるものです。制作一辺倒ではなく、こうしたところにも自己表現の浅はかさが見えるのかもしれません。                 Yutaka Aihara.com
    自分を見つめる時間
    日頃の公務は自分を振り返ることもなく、組織運営のことを考えてみたり、眼前の仕事をやりこなすことで精一杯な一日を送っています。一日のうちでどのくらい自分を見つめられるのか考えてみました。自分に戻るひと時は通勤の車中、本を読む僅かな時間、RECORD制作時間、そしてこのブログを書いている時間くらいです。それでも自分は二束の草鞋のおかげか発想の転換が素早くできるので、挙げてみると結構あるのかもしれません。週末はすべてが自分のための時間です。自分を見つめる時間が欲しいと思いつつ今までやってきました。自分を見失うと価値ある生き方ができないような気がしています。逆に自分をずっと保っていると、公務でも悩まずにやっていける気がしています。自分を見つめながら、自分を確かめながらこれからもやっていきたいと願っています。