Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • ルーマニア・クリスマス体験
    ヨーロッパに住むとキリスト教の存在に圧倒されます。クリスマスの礼拝もそのひとつですが、ヨーロッパの宗教世界の原形が残っているかのような素朴な精神性をもっていたのがルーマニアで迎えたクリスマスでした。まだ共産圏だった頃のことで、現ウクライナ国境近くの村で体験したクリスマスは忘れることができません。夕方、村の子供たちが家々を練り歩き、門前で合唱をして家人からお菓子をもらう行為(コリンダと言っていました)に温かさを感じました。また木造りの教会で民族衣装を纏った村人たちが厳粛に祈る姿は、生まれた土地を愛し、人を愛する心を神へ感謝する姿と感じ取ることができ、宗教の違いを超えた感動をいただきました。あれから20数年経ち、今はどうなっているのでしょうか。彼の地を取材していた紀行作家みやこうせいさんにお会いする度にルーマニアの村での印象が甦ってきます。日本の社会に馴染んでしまっている今の自分には遠い世界になってしまいました。
    オーストリア・クリスマス体験
    ウィーンで迎えたクリスマスは地味ながら、しっとりとした落ち着いたクリスマスでした。イエス・キリストの誕生を祝う神聖な日だからこそ、家族で団欒をして心安らかに過ごすというものでした。日本のようにケーキのセールもなく、ショッピング街に人があふれることもありませんでした。市庁舎前広場に巨大ツリーが飾られ、露店ではツリーを飾るグッズが売られていました。木彫りの天使や星があって楽しい気分になりました。暖かいワインがあったので、シナモンのお菓子とともに味わいました。ウィーンで初めて知ったのはクリスマスの前に聖ニコラウス(サンタクロース)の日や悪魔の日という日があったことです。由来は調べていないのでわかりませんが、ちょっとした発見でした。
    プッフスバウム通り
    10区のプッフスバウム通りというのがウィーンで長く住んだ場所でした。このあたりは外人労働者が多く住んでいましたが、治安は悪い方ではありませんでした。地下鉄Uー1の終点であるロイマン広場から何本か延びた通りのひとつがプッフスバウム通りでした。ロイマン広場にはアマーリエン公衆浴場があったのですが、ここには一度も行かず残念なことをしました。「テイッヒー」というアイスクリーム店もあって大変な評判でした。夏の間だけオープンするので時期になると長蛇の列ができました。専用のバケツがあってアイスをぎっしり詰めてくれました。なぜか家内が列に並んでいる後姿が印象に残っていて、いまだに私の脳裏に焼きついています。友人や両親が来た時もバケツいっぱいのアイスを買って帰りました。ルーマニア人家族が本国から来た時もこのアイスとマクドナルドのハンバーガーでおもてなしをしました。当時ルーマニアは共産圏で出国さえ難しい時代でした。
    下宿の引越し
    ベートーベンは生涯50数回も引越ししたと言われていますが、それほどではないにしろ自分もヨーロッパでは数回の引越しを経験しています。初めはドイツのバイエルンにある全寮制の語学学校、次に語学学校のクラスメートでウィーンまで同行した韓国人女性が見つけてきたウィーン大学の学生寮、さらに14区ペンツインガー通りに間借りした部屋、次に邦人画家が紹介してくれた5区のアルバイター通りのアパートで台所とシャワーがついていました。最後に新日本フイルの楽団員が住んでいた10区のプッフスバウム通りのアパートで台所と大きな風呂がついていました。このプッフスバウム通りのアパートには4年間住んでいました。下の階に管理人夫妻が住んでいて、旦那さんは第二次大戦で片目を失ってしまったんだと言って、ヒットラーを憎んでいました。先日のブログに書いた平織り絨毯を張り巡らせて住んでいたのはこのアパートでした。
    空間演出という概念
    立体作品は作られた物質だけでなく、周囲の空間をも作っているという概念をもったのは海外での生活体験からでした。日本の大学で彫刻を学んでいた頃は、彫刻そのものの構造や量感を捉えるのが精一杯で、その彫刻が置かれる場所や置かれたことで周囲に与える空間の変容なんて考えられずにいました。ヨーロッパの街づくりに見られる公共広場での彫刻の役割、または室内空間に置かれた彫刻の床や壁との関係は、自分に立体作品をもう一度考えさせる絶好の機会を作ってくれました。汚れた壁を絨毯を張って演出したり、壁紙を張り替えたり、漆喰を塗ったりすることと自分が学んでいる彫刻は決して切り離した存在ではなく、空間演出をする要素としては同じであり、すべてが自分の世界感として統一したものでなければならないという概念です。そんなことを考え始めてから、作品を作るときは周囲のことまでイメージして作り出すようになりました。