Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 赤テントに通った日々
    大学生の頃、何となく怪しい雰囲気に誘われて、新宿花園神社に忽然と現れた赤テントに通いました。初めて観た時から、唐十郎率いる状況劇場で繰り広げられるドラマに魅了されていました。矢継ぎ早に発せられる台詞と不条理な展開。何かやりきれない当時の気持ちにピッタリきていました。あの頃は李礼仙や根津甚八、小林薫などが出演していました。テントの中に敷かれたムシロにぎゅうぎゅう詰めで座り、レトロな音響と大振りな演技で摩訶不思議な世界に引き込まれていきました。劇の途中でテントがめくられ、新宿のリアルな風景が現れると、劇と現実の境がなくなって妙な気分になったことを覚えています。状況劇場は夢の島や大久保でテントを立て、その度に大学の工房から出かけていきました。大学では石膏の臭いが衣服にしみ込み、テントに入ると舞台の臭いがそこに加わっていました。
    螺旋の造形
    螺旋状に上昇するカタチには成長していくイメージがあります。植物が螺旋を描いてねじれながら空に向かっていく有様は、自然界の強靭な力を感じさせます。昨日は螺旋階段をのぼっていく詩の一節が頭に浮かんだのでブログに書きましたが、螺旋階段をひたすらのぼるイメージは、つい自分の人生観に結びつけて考えることが多くなります。螺旋の形状を造形要素として作品に取り入れたいと思うこの頃です。すでに建築の柱になっていたり、オブジェにも使われる要素なので決して新しいものではありません。自分が作品の中で表したいのはどんな螺旋なのか、いろいろ試作をしてみようと計画をしています。
    螺旋階段をのぼる
    螺旋階段をのぼる・石壁にかこまれた・暗い・けわしい・石の階段をのぼる・小さなランプをぶら下げながら。自分が高校時代に慣れ親しんだ詩人黒田三郎の詩の一節です。何故かこの詩が情景として頭に残り、何かに向かってコツコツ始めたときに、いつもこの情景が現れます。どうしてこの詩と出会ったのか定かではありません。書店で立ち読みしたのか、どこかの雑誌に載っていたのか今では思い出せませんが、当時買った詩集が今も手許にあります。自分は決して文学青年ではなく勉強もろくにしない学生でしたが、詩の一節が印象に残ることが多く、そうした詩集を買い求めました。詩集は捨てられず書棚の中に埃とともに眠っています。詩は短いコトバなのに不思議な力をもっているもので、たまに埃をふいて字面を追いたくなったりします。
    材料買出しの楽しみ
    作品に使う材料を買出しに行くのはとても楽しくてウキウキします。店を回るうち作品と直接関係ないものまでチェックします。そういえばあの店にこんなものがあったっけと思い出すのがよいのです。陶土は栃木県益子に、木材は東京の新木場へ出かけますが、今日は近隣の店で絵の具を買いました。土や木などの作品になる素材は実際のモノを見て、作品のイメージを捉えることがあります。石は唯一無二なので、それが作品を大きく左右するとも言えます。木は自分は銘木を使うことはありませんが、作家によっては木も作品を左右することがあると思います。いずれにせよ作品にする楽しみがあってのことです。
    師が走る12月
    広場の模型作りの課題に取り組んでいる美大生から、材料の相談をメールで受けました。一緒に考えようと答えました。自分の制作以外で頭をめぐらせることは楽しみのひとつです。その美大生には自分が持っている様々な資料を与えます。こうしてひとつずつ吸収していくんだ、自分の引き出しをたくさん持っていくんだと若い世代の勉強ぶりを見て思います。自分も生涯勉強しなくてはならないと思うこの頃です。自分にも池田宗弘と中島修という師匠がいて、疾風の如く走る師匠を追いかけています。自分の後から追いかけてくる教え子たちがいます。慌しい師走になって、師が走るのは忙しい季節だからではなく、師から次世代へ受け継がれるレースをしているように思えます。こんなことを考えているうちに今年最後の1ヶ月になってしまいました。