Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 図録の画像を選んだ日
    日曜日に図録用の写真撮影を行い、今晩はカメラマンが撮った多くの画像から図録に載せる写真を選ぶ作業をやりました。私の彫刻作品は、2人のカメラマンの協働作業によって支えられています。2人のカメラマンはそれぞれ独立して仕事をしている人たちですが、男性カメラマンが被写体の視点を決めてシャッターを切っていて、女性カメラマンは図録のページごとに写真をレイアウトする分担をしてくれています。つまりホームページは女性カメラマンが構成を考えていて、要望がある時は彼女にお願いしています。今晩は画像を印刷したものを2人が自宅に持参して、私が多くの画像の中から図録に載せる写真を選びました。画像選びは直感によるところが多く、暫く眺めていると迷いが生じてくるのです。自分が分からない時は家内に任せる時もあります。こればかりは第三者がドライに選んだ場合が良い時もあります。何と言っても画像選びは楽しい作業であるのは間違いありません。今年の図録はどんな仕上がりになるのか、見通しが立つことで、自分の今までのキャリアを実感できるからです。図録は個展の度に作成しているので、今回で19冊目になりますが、最初の1冊目からずっと同じサイズ、同じページ数で作っています。これは敢えて同じにしている意図があるのです。それは同じ土俵で作品の軌跡を見比べる意図に他なりません。自分が空間に対して、どのようなアプローチをしたのか、そこにどんな思索を忍ばせたのか、願わくば成長の過程が描かれていると私は幸福を感じるのですが、こればかりは自分ではよく分かりません。ともかく今年の図録も個展会場で無料配布いたします。図録に対してもご意見、ご感想をいただけると幸いです。
    新聞記事より「得体の知れない自分とは何か」
    私は子どもの頃から魑魅魍魎に惹かれていて、今でも思い出すのが中学1年生の読書感想文にカフカの「変身」を取り上げたことです。私が苦心して書き上げた拙い文章に、教師は疑いの眼を持っていたことも覚えています。難解だった内容でも、何かを捉えようと私はそこから逃げ出したい気持ちを抑えて理解することに務めました。今日の朝日新聞の「天声人語」に「変身」のことが掲載されていたので、引用いたします。「ある朝、目覚めると、グレゴール・ザムザは『巨大な毒虫』になっていた。フランツ・カフカの『変身』である。どんな虫になったのか。以前の邦訳からは自分なりのイメージが持てたのだが、最近、それが揺らいでいる。いくつもの新訳を読んだからだ。例えば、『途方もない虫』とか『馬鹿でかい虫』といった訳がある。『化け物じみた図体の虫けら』とも。~略~うーむ。よく分からない。いったいはグレゴールは、何に変身したのだろう。実はこれこそ、カフカの狙いなのかもしれない。多くの文学者が指摘することだが、『変身』の本の扉絵に『昆虫そのものを描くことはいけません』とする手紙を、作家はわざわざ出版社に送っている。あえて彼は、分かりやすいイメージを読者に与えないようにしたのではないか。得体の知れない生き物に自分が変質する。その自分とは何か。変わるとは何なのか。優れた小説は深遠な問いを読者に投げかけ、自由な想像を促す。『生きることは、たえずわき道にそれていくことだ。本当はどこに向かうはずだったか、振り返ってみることさえ許されない』。そんな言葉を残し、カフカは40歳で亡くなった。きょうでそれから、ちょうど100年になる。」中学生の私は、当時この小説の居心地の悪さを感じていて、単なる怪奇小説と思って読んでいた私は、何が何だか分からない闇に放り込まれたのでした。数十年後に再読してみると、自分という不可解な生命体の輪郭がボンヤリとしてきて、己を問う隙間があちらこちらにあって、そこが「変身」のテーマなのかなぁとも思いました。
    週末 図録用の写真撮影日
    今日は1年で1回の図録用の写真撮影日でした。天気予報を見て早朝から心配をしていたのは、雨の降り方がどうなるのかということでした。朝5時過ぎに目覚めるとかなり雨が降っていて、今日の撮影は室内工房中心になりそうだと思っていました。カメラマンの他にスタッフを複数呼んでいたために、容易に撮影日を変更することが出来ず、おまけに個展案内状や図録の印刷を考えると、日程的に切羽詰まった状況でもありました。毎年天気予報では雨と言われていても、写真撮影の時は不思議と晴れわたる奇跡がありました。今年も奇跡を期待していたところ、果たして奇跡は起きました。スタッフが集合し、カメラマンが到着した時刻に雨が上がり、僅かながら青空も出ていました。ただし、ネットで調べると雨が降らないのは午前中2時間程度だったので、まず野外工房での撮影を優先しました。今回は今年作った陶彫立方体に加えて、昨年の陶彫立方体も合わせて撮影したので、相当な個数になり、それだけでも空間演出にはいろいろな工夫が出来ました。陶彫立方体を積み上げて筒状にしたエリアは、私から見ても結構面白いなぁと感じました。コンクリートを打った野外工房に陶彫立方体を配置した後、隣接する草叢にもいくつかの陶彫立方体を点在させて、撮影に臨みました。その時になって雨が降り出したので、草叢に点在する陶彫立方体には水をかけて、雨を逆利用しました。それらを室内工房に全て運び込んで、室内での撮影になりましたが、室内では陶彫立方体を文様を描くように並べ、野外との空間的差異を強調しました。昨年に続いて半年分のRECORD撮影が終わったのは午後4時を回っていました。例年より今年の撮影は時間がかかりました。今年も美術を専門とするスタッフたちに助けられました。彼らに感謝を伝えながら工房を後にしました。
    週末 6月になって…
    週末になりました。今日から6月ですが、今週の振り返りを行ないます。今週も朝から夕方まで毎日工房に通って陶彫制作に明け暮れました。日曜日の夕方に窯入れを行ない、月曜日は窯以外の電気が使えず、自然光で陶彫の彫り込み加飾をやっていました。工房は亡父の残した植木畑に建っていますが、亡父が使っていた木造納屋があって、建っているのが不思議なほど壊れかけていました。近所に新しく住まれた人から納屋のトタンが風で飛ぶのではないかと指摘され、近隣の工務店に納屋の撤去をお願いしました。その工務店は父の代から付き合いがあって、野外工房のコンクリートを打ってくれたのもその業者でした。納屋はその日のうちに取り壊しましたが、近々図録用の写真撮影があるため、廃材はまとめて撮影に影響しないところに置いてあります。水曜日は窯出しと新たな窯入れを行ない、木曜日も自然光で陶彫成形を行なっていました。その日は自宅にエアコンの清掃業者を呼んで、一階と二階のエアコンの分解掃除をしていただきました。自宅のエアコンは天井に組み込まれたもので、もう製造をしていない古いタイプのものですが、最近のエアコンのような自動清浄機がついていないので、業者にやってもらうしかないのです。今年の夏もかなり暑くなると聞いているので、このあたりでエアコンの掃除をしておこうと家内と決めたのでした。昨日のNOTE(ブログ)にも書きましたが、今週も相変わらず寒暖差が激しく、夜は疲れて仕方がなかったのですが、このNOTE(ブログ)とRECORD制作、習慣となった読書をしていて、毎晩倒れこむように就寝していました。充実していると言えばこれほど充実を実感している時期もないのではないかと思っています。
    寒暖の差が激しかった5月に…
    今日は5月の最終日です。今月を振り返ると、寒暖の差が激しく身体への負担が相当あったように感じていますが、私は来月早々にある個展図録用の撮影が気になって、夏日になろうが涼しかろうが、それに構っていられず、朝から夕方まで工房で制作をしていました。夏のような気温になっても、やはり5月なので湿度が低く、陶彫制作には適した気候だったと思いました。朝9時から夕方5時か6時くらいまで工房で作業が出来たのは、このやや涼し気な気候が関係していたのは言うまでもありません。今月は31日あって、工房にいた日は31日間あり、無休で陶彫制作に明け暮れました。窯入れは5回やりました。焼成期間中は窯以外の電気は使えない状態ですが、自然光の中で作業をやっていました。電池内蔵のラジオから流れてくる音楽で気持ちを保っていましたが、時折ノイズキャンセルを耳に入れてスマホの音楽も聴いていました。今月の美術館には「デ・キリコ展」(東京都美術館)、「走泥社再考」展(菊池寛実記念 智美術館)の他に版画家の「加藤正展」(ギャラリー古家屋)に行きました。映画館は「ゴジラ×コング新たなる帝国」(鴨居ララポートTOHOシネマズ)に行きました。映画は娯楽大作だったためストレス解消になりました。葉書大の平面作品RECORDは毎晩遅くまで自宅の食卓で作っていました。日によっては深夜12時を過ぎることもありましたが、夜の睡眠はしっかりとれていました。読書はシュルレアリスム系の古い書籍を読んでいて、私が生まれる前に書かれた論文ですが、現代にも通じる要素があって、これはかなり興味深く感じながら、毎日楽しんでいます。自宅に関する私事ですが、エアコンの清掃を業者を呼んで行いました。これから炎暑が始まると思うと、その準備だけはしておこうと思ったのでした。