2025.08.02 Saturday
週末になりました。既に定番になっていますが、土曜日は今週の振り返りを行ないます。今週は7月から8月へ移行した1週間でした。個展の後の1週間だったので、来年へ向けて陶彫制作を始めていて、大きな陶彫作品の5体目を作っていました。私は教職に就いていた頃の習慣を持ち込んで、朝9時から夕方3時まであたかも勤務しているように制作していますが、今週は茹だるような暑さの中で身体に負担を感じるようになり、午後は早めに引き上げるようにしました。空調設備のない工房は、いくら窓を全開していても午後になると暑さが籠ってしまって、熱中症を心配するようになりました。自宅に帰ると現行の陶彫作品に関連する平面作品をあれこれ考えていて、例年とは異なる取り組み方法になっていると感じます。平面作品に関しての思索は後日機会を改めます。今週は水曜日に東京の京橋に出かけ、「彼女たちのアボリジナルアート」展を見てきました。アーティゾン美術館は旧ブリヂストン美術館で、私は学生の頃よりブリヂストン美術館によく通っていて馴染みがありました。アボリジナルアートは民族性が強く、自由な作風の作品が多かったので、新作に取り組み始めた私には大変参考になりました。今月に入っても自分に刺激を与えてくれる展覧会を見つけては、鑑賞に出かけて行きたいと思っています。映画は各映画館の情報を見ると、「鬼滅の刃」一色になっていて、その影響力の凄さに驚いています。日本のアニメーションは人物の動きや背景の美しさに目を瞠るものがあり、その物語性も発想の豊かさに溢れたものが多く、もはや世界に誇る伝統文化になっていると感じています。私の教え子にアニメ情報に長けた子がいて、彼女からのラインによって私はアニメの現状を教えてもらっています。最近の傾向もありますが、日常の中に潜む不思議な世界が、日々の慣れに刺激を与えることで、何でもない日常生活が活性化するのかもしれません。話を日常に戻しますが、金曜日に私は行きつけの歯科医院に歯のメンテナンスをやりに行ってきました。半年に一度歯科医院に私はメンテナンスに行っているのです。
2025.08.01 Friday
今日から8月になりました。夏真っ盛りの8月を迎えて、この酷暑がまだまだ続くのかと思うと、創作活動を頑張ろうという気持ちが萎えてしまいます。新作の陶彫作品は数点、成形と彫り込み加飾が終わっているので、これを継続するだけですが、平面作品に発展させたいコンセプトが今ひとつ掴みきれていないのです。折に触れて発想の原点に戻ってみてはいますが、遺跡の発掘現場を平面作品に凝縮するにはどうしたら良いのか、まだ答えが出ていません。板材で僅か数ミリの隙間を作って重層的な空間を創出させる試みは、今年発表した「痕跡」を土台に、造形思考として出来ているのですが、実際のイメージが湧いてきません。今月の仕事はそれに尽きると言っても過言ではありません。例年個展が7月にあるため、8月は個展から一番遠い1カ月なので、精神的余裕はあります。ここでいろいろ考えを巡らせることが良い結果を生むのではないかと思っています。今月は展覧会や映画にも足を運びたいと考えています。外から入れる刺激も大切で、それは読書にも言えることです。学生時代は夏休みにまとめて本を読むのが習慣でした。難解な書籍にも挑んだこともありましたが、途中で放棄した書籍もあって、それをこの歳になって再度読み返しているのです。自宅の書棚を眺めると、まだ読みきれていない書籍が埃を被っています。ただ、自分は若い頃から興味関心が移ることなく、美術に関する書籍は相変わらず出番を待っている状態です。しかしながら、海外で仕入れてきたドイツ語による原書は、もう読めそうにありません。当時、生活を節約して購入した立派な画集などの解説すらも読めません。時折頁を捲っては画像を楽しんでいますが、印刷が古くなって変色気味な書籍もあります。今月も酷暑が続くなら、日本語による書籍をエアコンの効いた部屋で読んでいこうと思います。今月も元気に過ごしたいと願っています。
2025.07.31 Thursday
今日で2025年7月が終わります。今月を振り返ってみますが、尋常ではない暑さが続いた1カ月でした。今月は毎年NOTE(ブログ)に書いていることですが、東京銀座で私の個展が開催されました。今年で20回目になる個展でしたが、陶彫による集合彫刻を相変わらず作っているにもかかわらず、毎回コンセプトが異なるので当然ながら慣れは生じず、自分の造形力不足を感じながら、ギャラリーの中で自分自身に問いかけながら、個展期間中は緊張して過ごしていました。今回の作品「発掘~跨橋~」は実家の大黒柱を使った彫刻で、相原の先祖の過ごした幾星霜を造形の要素としていました。新しい試みとして平面作品を2点作り、これに発展の兆しを感じていました。個展終了後も私は淡々と制作を重ねていますが、このコツコツとした歩みが自分にはちょうど良く、このところ気持ちの平穏を取り戻しています。今月の内容を見ると個展前はその準備に追われ、梱包用の木箱作りをやっていました。同時に来年に向けた新作も作り始めていて、その方向性も手を動かしながら定めつつあります。来年は立体作品と平面作品の一体化をさらに進めていきたいと考えています。今月31日間のうち、個展期間を含めて9日間は工房での作業を休みました。美術鑑賞としては「彼女たちのアボリジナルアート」展(アーティゾン美術館)に行きました。その他に元同僚が画家としてグループ展に参加していたので、そこに行ってきました。グループ展は「7月の光展」(うしお画廊)、「DAN展」(みつい画廊)で、多忙な教職との二束の草鞋生活を送っている人たちです。今月は映画や演劇に行けず、やはり個展の存在が大きかったなぁと思っています。個展期間中は、電車で横浜から新橋まで通っていたため読書が進みました。ヴァザーリ著の「芸術家列伝」は前から読みたかった書籍で、ルネサンス期に活躍した芸術家たちをテーマに、かなりエピソードを掘り下げた部分があって、私にとっては本当に面白い内容です。大切に読んでいきたいと思います。
2025.07.30 Wednesday
今朝、ロシア・カムチャツカ半島付近でマグニチュード8.7の地震が発生し、津波警報が発令されました。JR等鉄道各線が運転を見合わせる中、私は午前中工房で陶彫制作をしていましたが、午後になって東京の美術館に出かけて行きました。何もこの日でなくてもいいのではないかと思いましたが、東京での用事もあり、そのついでに美術館にも寄ろうと思っていたのでした。見た展覧会は「彼女たちのアボリジナルアート」展で、京橋にあるアーティゾン美術館で開催していました。「アボリジナルの人々は文字を持たなかったため、儀式、踊り、歌、ボディ・ペインティング、岩に描く壁画、砂絵など、様々な視覚的・身体的表現を通して文化を継承してきた。~略~アボリジナル社会のジェンダー構造が、主流社会の男性中心的価値観から理解され、それがアートの評価軸にも反映されたと理解できる。しかし1980年代後半以降、アボリジナル女性作家たちは次第に台頭し始める。この動きは、主流社会における女性の社会進出や世界的なフェミニズムの運動とも軌を一にしている。~略~アボリジナル・アートを単に異文化や異国の歴史として外から眺めるのではなく、その作品や表現に触れることを通して、自らの文化や歴史に呼応する『こだま』を聞き取り、共鳴し、共振する接点を見出すきっかけとなるのではないか、という思いである。」(上田杏菜著)これは図録に書かれていた導入部分で、たしかに私にも「こだま」が聞き取れたように感じました。色彩や形体を通して他民族のもつ独自な世界観を、私は自分の中に取り入れようとする癖が身についていると思っています。とりわけ私の興味は、「ワンダウイの魚捕り網」と「ジャブ・デザイン」と称された作品に向けられ、これはシロアリによって内部が空洞化した幹を故人の遺骨を納めるための容器として伝統的に使われていたものを、芸術作品としてインスタレーションへと展開したようで、私には美しい空間作品に見えました。そのデザイン性は真似のできない要素を持っていて、生活に密着したものだからこそ、嘘偽りのない美的感覚が内蔵しているようにも思えました。
2025.07.29 Tuesday
「芸術家列伝2」(ジョルジョ・ヴァザーリ著 平川祐弘・小谷年司訳)の「マンテーニャ」について、気に留まった箇所をピックアップいたします。マンテーニャは古代彫刻を模して描くことで駄作として判断された礼拝堂の絵があったようです。「この酷評にアンドレーア(マンテーニャ)の心中は煮えくり返ったが、見方を変えると忠告と見なすべき点も多かった。スクアルチョーネの指摘はおおむね正鵠を射ているので、生きた人間をモデルに描くことに専念した。そして、前述の礼拝堂のこれから仕上げようとしていた物語絵において、芸術作品からばかりではなく、生命ある自然からも優れたものを作り出す能力を十分に示したのであった。とはいえ、アンドレーアは生きているモデルよりも、立派な古代彫刻のほうがより完全で、より美しい要素を持っているという考えを抱き続けていた。古代の彫刻を見てアンドレーアが判断するところによれば、すぐれた彫刻家はたくさんのモデルから自然の完璧さを取り出したのであって、自然が一個の肉体に完全な美を凝縮し移入することはごく稀である。」という考えを持っていたようです。アンドレーア・マンテーニャの後世に残る業績は遠近法理論にありました。「人物の立っている平面を視線より一段高く置き、もっともこちらに近い人々の足をその平面の両端上に乗せ、人々が奥行きに向かって並ぶにつれて、まさしく視線の要求する法則に従って、足もとから膝にかけてだんだん視界からはずしていくような工夫をほどこしている。戦利品、壺、その他の器具や装飾品も同様に、遠近法理論に合致するよう、下部だけが見えて、上のほうは見えないようにしている。アンドレーアは同様の工夫を、サンタ・マリーア・ヌオーヴァ寺の僧院食堂の『最後の晩餐』においても徹底して追及している。~略~この画家は、人物を下から上に向かって描く前縮法的遠近法が絵画にいかなる改革をもたらすかを最上の方法によって実証した。まさしく困難な、才気ある発明であった。」今回はここまでにします。