2025.08.07 Thursday
「芸術家列伝2」(ジョルジョ・ヴァザーリ著 平川祐弘・小谷年司訳)の「ラファエㇽロ」について、2つに分けて気に留まった箇所をピックアップいたします。今回は後半です。「このいとも高貴なる芸術家ラファエㇽロの名声は、フランスやフランドル地方にまで、国境を越えて伝わった。ドイツのアルブレヒト・デューラーは、驚嘆すべき画家で、こよなく美しい銅版画の彫版工であったが、自分の作品を贈呈してラファエㇽロに敬意を表した。そしてリンネルの画布にグワッシュで描いた自画像をラファエㇽロのもとへ送ってよこしたが、それは表側からも裏側からも同じように光が透き通って見えた。鉛白の絵具は使っていないので、ただ水彩でもって色が塗られ地が染められていただけであり、布の光でもって明るく光った部分を浮き上がらせていたのである。こうしたことはラファエㇽロには驚嘆すべきものに思えた。それでラファエㇽロもデューラーに自らの手で描いたデッサンを何枚も送ったが、デューラーはその贈物をまことにかたじけないものとして受け取った。」またラファエㇽロは同時代を生きたレオナルドやミケランジェロには敵わないところを感じ取り、自らのために次のようなことに留意しました。「物語の情景を工夫してそれを巧みに容易に表現し、いろいろな思いつきを上手に描く。そして物語絵の情景を構成する際にあまりにたくさん描きこんで物語を駄目にすることもなく、またあまりに描き足りなくて物語を貧弱にしてしまうこともなく、上手な工夫と秩序の感覚で物語絵を作り上げる。そうした人も分別に富んだ価値ある画工と呼ばれるべきだ、とそう結論するにいたったのである。ラファエㇽロはさらに次のようにも考えた。以上のような特質に加うるに、完璧な画家と呼ばれる人は次のことができなければならない。すなわち、物語絵を種々さまざまな、奇想天外な遠近画法や建築物や風景でもって豊かにする。人物に服を着せる際に、軽やかであるよう工夫する。人物がときには薄暗闇のなかに消え、ときには前方に明瞭に浮かび出るよう工夫する。女、子供、若者、老人の頭を生き生きと美しい頭に描く。そして必要とあらば、それに動きと力を賦与する。ラファエㇽロはまた、次のことも非常に大切だと考えた。すなわち戦闘において馬が逃走するさま、兵士たちが勇猛果敢に戦うさま、そればかりではなく、ありとあらゆる動物を上手に描けなければならない。とくに大切なのは人物によく似た肖像が描ける技術で、その肖像は生き生きとしていて、一見して誰の肖像であるのかすぐそれとわからなければならない。」その勉強熱心さがラファエㇽロを巨匠にしたのだろうと思います。今回はここまでにします。
2025.08.06 Wednesday
公開早々、大変な観客数を記録しているアニメーション映画を、私も観たいと思っていました。私は「鬼滅の刃」は初めからテレビで観ていて、その後映画の「無限列車編」も観に行きました。映画「『鬼滅の刃』無限城編 第一章 猗窩座再来」は、工房での制作があまりに暑いので一時的にそれを避けるために、今日は家内を誘って鴨居にあるエンターテイメント系映画館に観に行ったのでした。映画が始まるとすぐにその人気の理由が分かりました。ストーリーを追うとネタバレになりますので、その状況だけを取り上げて書いていきます。私が惹き込まれたのは、無限城の縦横に描かれた構築物の凄さで、剣士たちが落ちていく描写とそれを捉えたカメラワークでした。その裏側の制作が知りたかったので、図録を購入しました。「動く無限城を舞台にキャラクター達が縦横無尽に戦いを繰り広げる。キャラクターが回りこめば自然と背景も回っていく。背景が回るということは3Dで背景を制作する必要がある。その場合、作画に3Dが合わせていくこともあれば、3Dに合わせて作画を描いていくこともある。いずれにせよ、空間設計からキャラクター芝居の精度まで大変な作業であることは容易に想像がつく。その数、実に680カットにのぼったという。2時間30分を超える長尺の映画で総カット数は2000を超える。それだけでも膨大な物量なのだが、それに加え、全体の約30%を超える680ものカットが3Dのカメラワークを必要とする内容になっていることに驚かされる。」その見応えは充分で、日本のアニメーションの水準が示されていました。内容は鬼と剣士の戦いの連続ですが、「鬼滅の刃」の常套手段と言うべきか、剣士にも鬼にもその育った過程での幸せだった時代があり、怨念に憑りつかれた時代があって、それがストーリーの骨格を成していました。「無限城編」は長尺の映画と聞いていたので、割と覚悟して観ていたのですが、その長さを感じさせないほど、面白いエピソードが盛りだくさんでした。まったく退屈することはなかった「『鬼滅の刃』無限城編 」でしたが、これが「第一章 猗窩座再来」なので、これに続く「第二章」があり、密度の濃い画像を作り上げるために、次の公開はいつになるのだろうと思っているところです。
2025.08.05 Tuesday
「芸術家列伝2」(ジョルジョ・ヴァザーリ著 平川祐弘・小谷年司訳)の「ラファエㇽロ」について、2つに分けて気に留まった箇所をピックアップいたします。「普通ならば、長い時間にわたって、天が多くの人々にわかち授けるであろう世にも稀な才能やもろもろのの美質や限りない宝の数々を、天は時に一人の人間に存分に惜しみなく授けることがある。その実例がはっきり見られるのが、ウルビーノ生まれのラファエㇽロ・サンツィオという優美にして秀れた人の場合である。」有名な「鶸の聖母」に関するところを拾います。「幼子キリストは聖母の脚の間におり、小さな聖ヨハネは幼子キリストに小鳥を一羽いそいそと差し出している。二人はそれをたいへん喜んでいる。各人の態度にはそれぞれあどけない単純さと愛らしさとがあり、しかも絵は実に見事に彩られ、入念に制作されているので、人物は、描いたり塗られたりしたというより、本物の肉体からなるように思われた。聖母もまたいかにも神々しく優雅な恩情をたたえており、さらに前景も、風景も、その他の部分も、非常に美しい作品である。」次にミケランジェロと関わりがあるところを拾います。「ラファエㇽロは当時ローマで非常な名声を博した。しかし周囲から非常に美しいともてはやされたおだやかな画風や様式を確立し、ローマ市中の数多くの古代の遺跡や作品を見て絶えず研究したにもかかわらず、当時の彼の作中人物には、その後彼が描き得たような、ある種の偉大さと荘厳さはまだ備わっていなかった。ところでその頃、ミケランジェロがシスティーナ礼拝堂で法王と衝突して法王を狼狽させるという事件がもちあがり、そのためミケランジェロはフィレンツェに逃げることを余儀なくされた。それでブラマンテはシスティーナ礼拝堂の鍵を預かっていたので、友人であるラファエㇽロに、礼拝堂を見せ、ラファエㇽロがミケランジェロのやり方を了解できるよう、便宜を計ってやった。このミケランジェロの作品を見たのが機縁になり、ローマのサン・アゴスティーノ寺で、アンドレーア・サンソヴィーノが描いた聖アンナの上に、すでに一度は描き上げられていたにもかかわらず、預言者イザヤを今日見られるような姿で、ただちに新たに描き直したのである。その作中でラファエㇽロは、ミケランジェロの作品を見たことを参考にして、大いに自己の様式を改良・拡大し、自らの作品に威厳を与えた。それで、その後ミケランジェロがラファエㇽロのこの作品を見た時に、さてはブラマンテがラファエㇽロに便宜を計り、彼に名を成させるために、自分の裏をかいたな、と思ったという話だが、それは確かに事実その通りなのであった。」今回はここまでにします。
2025.08.04 Monday
「芸術家列伝2」(ジョルジョ・ヴァザーリ著 平川祐弘・小谷年司訳)の「ジョルジョーネ」について、気に留まった箇所をピックアップいたします。「画家は大きな体と寛大な心の持主であったため、のちに大きなジョルジョすなわちジョルジョーネと呼ばれるにいたった。生まれは卑しかったが、終生礼儀正しかった。ヴェネツィアに育ち、常に女性を愛するのを好み、リュートの響きをたいそう気に入っていた。生前リュートを奏で、声を出して歌わせれば、演奏は絶妙で、貴紳の催す楽曲の集いにしばしば召し出されたほどであった。デッサンの勉強を始めるや、これが気質に合った上に、自然が彼の天性に恵みを垂れたのか、自然の美しさを愛するあまり、実際に写生したものしか作品にしなかった。」ジョルジョーネの絵画に関する考え方が述べられている箇所がありました。「巷間に伝わるところでは、アンドレーア・ヴェルロッキオが例のブロンズの馬を鋳造していた頃、ジョルジョーネと議論していた彫刻家連中はこう言ったという。彫刻においては、一つの彫像だけで、そのまわりをめぐれば、さまざまなポーズや視点が得られ、この点だけでも絵画に立ち勝っていると。ジョルジョーネはこれに対し、次のような意見であった。別にまわりを一周しなくても、一目、ある物語を主題にした絵に視線を投げかけるだけで、一人の人間の種々さまざまなポーズに対応する視点が得られるが、彫刻では、場所を変え、視点を変えなくてはそうはならない。ところが絵画においては、視点は一つでなく多くある。さらに、たった一人の人間を絵にして、全面と背面、両横から見た二つの側面を同時にみせようではないかと申し出た。これには議論の相手方が面くらってしまった。ジョルジョーネはそれを次のようなやり方でなしとげた。まず、肩をひねってくるりとこちらに向いた裸の人物を描き、足もとに澄みきった水面をおいた。そこに体の前面が映って描かれている。片側にピカピカの鎧が脱ぎすててあるため、武具の鏡面にすべてが明瞭に映し出され、左側の面が現われる。反対側には鏡がおかれ、裸像のもう一方の半面が映っている。それは天馬空を行く奔放な思いつきであって、絵画がよりすぐれた腕前と努力をもってすれば、自然を一目見るだけで彫刻以上のことをなしとげることを、効果的に証明しようとジョルジョーネは望んだのであった。」今回はここまでにします。
2025.08.03 Sunday
日曜日になりました。日曜日は主に創作活動について書いています。一昨日のNOTE(ブログ)に「板材で僅か数ミリの隙間を作って重層的な空間を創出させる試みは、今年発表した『痕跡』を土台に、造形思考として出来ているのですが、実際のイメージが湧いてきません。今月の仕事はそれに尽きると言っても過言ではありません。」と書いていました。私が言う平面作品とは、所謂絵画的な描写作品ではなく、僅かな厚みでもそこに立体を作っていたため、壁に掛ける彫刻と言えるのかもしれません。「痕跡」は油絵の具で非具象的な下地を作って、杉板材を炙って貼り付けたものです。それはコラージュと言われている技法で、コラージュとはフランス語の「糊付け」を意味する言葉です。調べてみると絵画におけるコラージュはキュビズムの時代にピカソ、ブラックらが始めたパピエ・コレに端を発すると言われています。主観的構成の意図を持たない「意想外の組み合わせ」としてのコラージュは1919年にマックス・エルンストが発案したとネットにありました。現代では当たり前で、革新的な技法ではなくなっていますが、たとえ時代の後追いであっても、自分のイメージを具現化するために必要なら、コラージュを積極的に使っていこうと思います。私の発想の源には遺跡の発掘現場があり、それを何度となく陶彫作品に象徴化してきましたが、平面でも重層的な空間を確保するため、発掘現場を上から見た鳥瞰的視点をもとうと考えています。私のデビュー作品は「発掘~鳥瞰~」であり、それも六曲一双の屏風にした浮彫の作品でした。このデビュー作品に今回の平面イメージのヒントがあるのではないか、あれこれ考えつつ、まだまだ頭の中で構想したり、消去したりして、粘っていこうと思います。