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  • 週末 素材の変容
    日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いています。今日取り扱おうとしている素材の変容に関しては、以前のNOTE(ブログ)に書いたことがあるかもしれません。私の常套手段である木材に砂マチエールを貼り付けて、そこに油絵の具を染み込ませる方法は、ある意味で木材という素材を打ち消しているとも言えます。それはまさに素材の変容なのだろうと思っています。私は素材をありのままの状態で彫刻に生かすのが好きですが、自作の基調とする素材が陶彫で、しかも釉薬はかけずに土を焼き締めしたまま提示するので、陶彫以外の素材を組み合わせるとすれば、その陶彫との関係性を考えていくことになります。主に使うのは木材ですが、今年夏に東京銀座のギャラリーで発表した「発掘~跨橋~」は、実家の大黒柱に使われている古木を陶彫作品と組み合わせました。古木をそのまま陶彫作品と組み合わせた理由は、実家の大黒柱にあまり細工はしたくないことと、ありのままの状態でも私自身は納得できる関係性が築けていると思ったことが大きな要因となりました。それは幾星霜を経た木材と出土品のような陶彫がうまく融合できたことに拠っています。現在作っている新作は厚い合板を使っているので、陶彫に合うように素材の変容を行なう必要を感じたのです。素材の変容によって他素材と組み合わせた時に、私には理屈では説明のしようがない感覚的な関係性を思い描くことになり、その部分に対して、これはいったい何なのだろうと考えることがあります。それはあまりにも素材同士が融合し過ぎると、私にはありきたりな退屈を覚えてしまう感覚が生じます。といって反発し合えば、なぜこの素材同士を組み合わせるのか疑問も出てきます。他素材同士の間に流れる融和とも刺激ともとれる関係は、実は私自身は面白いと感じていて、それがあるからこそ、素材の変容を加味しながら制作を進めていく意欲になっているわけです。
    週末 砂マチエールの1週間
    週末になりました。定番として土曜日は今週の振り返りを行ないます。今週も毎日工房に通っていました。先週で新作の板材の刳り貫き作業が完了したため、今週はその板材に砂マチエールを貼る作業に移行しました。板材は厚い合板で、それを刳り貫いただけでは陶彫作品との融合が図れません。陶土の肌合いとの組合せとして、板の表面に砂を硬化剤で貼り付け、そこに錆色の油絵の具を染み込ませ、さらにドリッピングをすると、表面がざらついた雰囲気になり、深い色合いのコラボレーションが生まれるのです。今までの作品でも私はこの方法を多用してきました。ただし、作業としてはこれは彫刻的な作業ではなく、どちらかと言うと退屈な作業になりますが、効果を考えるとなおざりに出来ないものだなぁと思っています。彫刻の工程のなかには、こうした職人的作業が多く含まれていて、例えば木や石を磨いたり、石目彫りのような加工は、現在私がやっている砂マチエールに近いものだろうと思います。今週はこんな作業をじっくり1週間やり続けていました。火曜日と金曜日はルーティンとして近隣のスポーツ施設に水泳に行ってきました。作業で使う筋肉だけでは身体を健康に保つことが出来ないので、私は昔から継続している水泳をやっています。水泳で心拍数を上げた後で、身体に器材をつけて水中筋トレをやっています。水泳にも水中筋トレにもコーチがついていますが、個人ではなく何人かで行うスポーツを私は気に入っていて、余程のことがない限り休むことはありません。スポーツに関しては自分一人で行うことが私は苦手なのかもしれません。金曜日は水泳の後、工房には戻らずに、注文したシュトーレンを受け取りに川崎市まで車を走らせました。友人のパティシエが作るシュトーレンは私にとって最高の品で、20代の頃に暮らしたウィーンの思い出がいっぱい詰まっているのです。
    友人が作るシュトレン
    1980年から85年まで私はオーストリアの首都ウィーンに住んでいました。同地の美術アカデミーに通っていましたが、そこで知り合った日本人の菓子職人と仲良くなっていました。彼はウィーンでの菓子修行を終えると、地元の神奈川県川崎市に戻り、ドイツ・オーストリアの菓子を売る店をオープンしました。私も帰国後に彼の店を訪ね、パティシエの作る本格的なドイツ系の菓子に舌鼓を打っていました。ウィーンでよくクリスマス時期に食べていた保存用の菓子パンであるシュトレンは、当時の日本では知名度が低く、ベーカリーに並ぶことが少なかったように記憶しています。今でこそよく知られたシュトレンですが、私にとっては懐かしい味であり、彼がシュトレン作りを始めたのは本当に幸いでした。毎年この時期になると私は彼の店「マリアツェル」にシュトレンを注文しています。あの頃、ウィーンに滞在していた先輩の画家や、時期が前後してスペインに滞在していた彫刻の師匠宅へシュトレンを郵送するのが、私にとって晦日の定番になっていて、あの頃の思い出をいつまでも共有したいと願っているからです。以前NOTE(ブログ)に書きましたが、シュトレンはドレスデン発祥のドイツパンと言われていますが、資料によると1329年ナウムブルグの司教に贈呈したクリスマスの贈り物という記録があるようです。シュトレンは坑道と訳されていますが、幼子イエスのおくるみに形を似せていることがあって、その生誕であるクリスマスまでに食べていくパンという謂れがあるのかもしれません。シュトレンを薄く切って紅茶と楽しむと、そろそろクリスマスだなぁ、今年もあと僅かと思うのも私がキリスト教国で暮らした名残りなのだろうと感じています。
    「世界市場の形成」について
    「聖母像の到来」(若桑みどり著 青土社)の「第1章 16世紀における近代世界システムの形成と『世界文化市場』の成立」は6つの単元からなっています。まず最初の「1 世界市場の形成」を取り上げます。「フェルディナンドの跡を継いだカルロス一世(神聖ローマ皇帝カール五世)は、絶対主義権力とその手段である軍事と財政を手中におさめた。さらにまた、この時、ローマ・カトリック教会がルターの離反(1517年)と教会の分裂の危機を迎え、ヨーロッパにおいて失った信者を新世界とアジアにおいて獲得しようという対抗政策を立てなかったならば、キリスト教を軸とするヨーロッパ文化の世界進出という契機も生まれなかったのである。この鍵となるのは、スペイン、ポルトガルを主として、西欧世界が世界市場の獲得に進出する際に果たしたカトリック教会(教皇庁)と教皇の役割である。~略~ポルトガル国王、スペイン国王いずれもが自己の海外征服事業を正当化し、またその正当性を宣伝するために、教皇の精神的支援を求めた。いっぽう教皇側は、カトリック教会の拡大を計るために、かれらの征服に対してその正当性を証明した。~略~ポルトガルの布教圏内では、現地人の聖職者養成は基本的に支持された。これを推進したのは、日本の布教の中心人物だったアレッサンドロ・ヴァリニャーノである。彼は日本、中国における聖職者の養成を積極的に推進し、日本に司教を置くべきだと強く主張した。~略~彼がポルトガル布教圏に属していたことと、国籍がイタリア人であったこと、南アメリカの悲惨を報告によって知っていたことによって、日本における宣教は、新世界とはきわめて異なったものになったのである。日本史を変えた豊臣秀吉の禁教令再交布の直接の契機は、難破船サン・フェリペ号の『スペイン人乗組員』が口走ったスペイン的征服者の言辞が引き金だったといわれている。~略~サン・フェリペ号の積荷を没収されて怒った水先案内人のデ・ランダというスペイン人が、土佐の奉行増田右衛門に向かって『スペイン王の支配は全世界におよぶのだ』と威嚇した。そこで奉行は『どうやってそのような征服をやることができたのか』と聞いた。するとこの男は『最初に神父を布教に出し、しかるのちに、スペイン艦隊がくる、そして前もってキリシタンにしておいた信徒を使ってその国をスペインの領土にするのだ』と答えたそうである。この言辞はこの後ながくキリシタン迫害と排除、ついには鎖国の根拠ともなった言辞であり、征服を行なう意図のないポルトガル布教圏とは異質の理念であったにもかかわらず、キリシタン排除の戦略を練る秀吉によって格好の言質とされたものであった。」今回はここまでにします。
    新聞記事より「固有の構築物」
    今日の朝日新聞「折々のことば」に掲載された記事より、その内容を取り上げます。「感情過多なんて、感情の豊かさとは何ら関係ないよ。無関係。 田村隆一」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「感情の豊かな人は感情的ではない。ヒステリックな感情表現は『感情の貧しさ、卑小さ』を示すにすぎないと、詩人は言う。詩もなまの感情の発露ではない。言葉のリズムや色彩、語と語とのデリケートな関係などによって、人のもやもやした感情を内側から補強した『固有の構築物』だと。詩人の語りを編んだ『言葉なんかおぼえるんじゃなかった』(文・永薗安浩)から。」喜怒哀楽が即座に表に出る人は、実直な感情に左右されがちで、それでその人は自己完結していると私は思っています。あの人は感情に走りがちと周囲に思われている人は、きっと身近に一人や二人はいるのではないでしょうか。その人が豊かな感情表現を持っているとは限らないという意味はどこにあるのでしょうか。素直な感情を発露していることを人に伝えるとしたら、直情型では難しいと私も思います。他者に感情を伝えるとしたら、そこには表現のために必要な計算があります。どんな媒体であれ自己表現を行なう時には、感情が底辺に流れていたとしても、それをどのように表現として昇華していくのか、そのための技巧を駆使して、自分と同じような制作意図と感情を他者に汲み取ってほしいと願うのです。「固有の構築物」とはそういうもので、それを下支えするものが感情の豊かさであろうと思います。ましてや言葉を表現要素としている詩は、「リズムや色彩、語と語とのデリケートな関係など」とコメントに書かれていますが、練りに練って構築していくものなのでしょう。造形美術にしてもそれは同じです。ただし、詩と違うのは造形美術が言葉を媒介しないために、説明がなくても創造行為が成り立つところです。私はそこが気に入って日々制作しているのです。