2025.06.28 Saturday
週末になりました。毎週土曜日にはその週の振り返りを行なっています。今週は日々工房に通いましたが、6月なのに真夏のような気温になり、空調設備のない工房で作業をしながら過ごすのには、なかなか厳しい時間帯がありました。身体が暑さに慣れていないせいもあって、熱中症にならないように気をつけていました。今週は来月個展で発表する新作の陶彫作品を収める木箱が10個以上完成したので、陶彫作品をエアキャップで包みながら木箱に収めていきました。梱包はどのくらい木箱が必要か、様子を見ながら進めていきたいと思います。月曜日は印刷されてきた個展案内状を500部持参して、東京銀座のギャラリーせいほうに行ってきました。ちょうど私が学生時代に野外彫刻展で活躍されていた「土谷武展」をやっていて、感慨深いものがありました。その後、銀座通りを歩いてギャラリーQで開催中の「寿 直人の変な人…?」展を見てきました。出品していた竹中直人君は私の高校の同級生です。彼は俳優や映画監督として活躍していますが、大学ではデザインを学んでいて、それが発揮されていた展覧会だと思いました。会場に本人は不在でしたが、その場でラインのやり取りをして感想を述べました。水曜日の夜には図録を撮影したカメラマン2人が自宅にやってきて、図録の色校正を行ないました。毎年やっていることですが、こういう機会があると自分の個展が近づいているなぁと感じます。個展も今年で20回目ですが、毎回新しい発見があるので、その度に刺激を受けています。自分の作品の発展のためには必要なことなんだと自覚しています。金曜日は梱包で不足していたエアキャップの追加購入に量販店に出かけました。梱包が始まれば何かと必要なものがわかってきて、よく量販店には出かけて行きます。夜の読書は近代絵画に纏わる書籍を読み終えました。次は美術分野以外の書籍に手を出そうかどうか迷っていますが、もう少し西洋美術に揺蕩っていたい願望があり、次の書籍を自宅の書棚にあるものに決めました。
2025.06.27 Friday
「近代絵画史(上)」及び「近代絵画史(下)」(高階秀爾著 中公新書)を読み終えました。あとがきにこんな文章がありました。「『ゴヤからモンドリアンまで』、すなわち19世紀初頭から第二次大戦までのおよそ150年間の西欧の絵画の歴史を述べたものである。この時期が、長い西欧絵画の歴史においても、最も豊かな、そして最も多彩な変化に富んだ重要な時代の一つであったことは、おそらく誰しも異存のないところであろう。」本書の上巻と下巻を通して、また本書の前に読んでいた「名画を見る眼 Ⅰ・Ⅱ」(高階秀爾著 岩波新書)をも含めて、私は学生時代から散らかし放題だった西欧美術の知識が、本書を通してひとつの潮流としてまとまったように感じています。私たち日本人は、明治時代に西洋美術の概念が西欧から入ってきて、学校教育における図画工作・美術の土台としました。つまり、美術作品を見る眼をそこで養い、西洋美術の評価基準で作品を判断する考え方を教え込まれたと私は考えています。それが良いとか悪いとか言っているわけではなく、これは文明の最先端に追いつくために日本政府が採った方策でした。現在は東洋を含めたグローバルな視点が存在していますが、それでも私の学生時代はやはり美術の本流は西欧にありという風潮がありました。私も例外ではなく、高校時代の最後になって私は彫刻の魅力に憑りつかれてしまって、自分の熱情を鎮めることが出来なかったのでした。つまり、私たち日本人は従来からある学習指導要領を紐解いてみても、少なからず現在に至るまで西欧の影響があると考えて間違いはなさそうです。先達がフランスやイタリアに留学し、そこで仕入れた芸術の精髄を日本に持ち帰ってきたのは、つい最近のことだったと認識しています。そこまで無視できない造形概念であるならば、とりあえずそれらを学んでみようとしたのが、自分の学生時代の記憶でした。それをこの歳になって再確認する機会を得ました。近代絵画史の中でも、文中でNOTE(ブログ)に取り上げた画家については私なりに濃淡があって、個別に知識を仕入れた芸術家も少なくありません。自分の中では総体的に美術史を捉えることが困難だったために、本書がそれを補ってくれたと理解しています。さて、もう少し西洋美術に親しんでいたいという私の思いがあって、次は何を読もうか思案している最中です。
2025.06.26 Thursday
「近代絵画史(下)」(高階秀爾著 中公新書)の「第24章 抽象絵画への道」について気になったところをピックアップしていきます。本書はこれが最後になります。「抽象絵画が歴史のなかに市民権を認められるようになってから、多くの人々がこれら世紀末の画家たちに抽象の先駆を求めるようになったのも、当然のことであった。ただそれらは、あくまでも『先駆』であって、意識的な抽象表現の追求ではなかった。ゴーギャンのいう『抽象』にしても、ドニの『色彩で覆われた平坦な面』にしても、現実の対象から完全に切り離されたものではなかった。少なくとも彼らは、『抽象』や『平坦な色面』を語った時、モンドリアンやドローネのような世界を予想していたわけではない。あらゆる再現的なものへの暗示を拒否した文字どおりの抽象絵画が歴史の仲間入りをしてくるのは、20世紀のことなのである。」抽象絵画の代表格として2人の画家を取り上げます。まず、ドローネ。「ドローネが、印象派を思わせるような明るい原色を自由に駆使して『窓』から見えるパリ風景などを描き出していたため、モンマルトルの仲間たちは彼のことを『印象派への逆行』と非難したが、しかし、ドローネが印象派の色彩表現に強く惹かれたことは事実としても、彼の『窓』はもちろんモネの『自然に向かって開かれた窓』ではなく、さまざまな色彩がそれ自身の法則にしたがっておたがいに響き合い、高め合う豊麗な交響的世界なのである。」次はモンドリアン。「モンドリアンにとっては、色彩も、ゴッホやフォーヴの画家たちにおいてそうであったようにそれ自体の表現力を主張するものではなく、あくまでも全体の『均衡』になかでしかるべき位置を与えられることによってはじめてその役割を発揮するものである。その結果生まれてくる『純粋な色と線との純粋な関係』こそが、彼にとっての『純粋な美』の世界なのである。モンドリアンのこのいささか厳し過ぎるほどの『理論』は、1920年代から30年代にかけての彼の最も幾何学的な作品群のなかに見事に造形化されているが、しかし彼自身は、その後晩年にいたって、とくに第二次大戦の危機とともにイギリスを経てアメリカに渡ってから、《ブロードウェイ・ブギー・ウギー》に見られるようにその『理論』の厳しさを柔らげ、あらためて感覚的な喜びに身を委ねるようになっていった。」今回はここまでにします。
2025.06.25 Wednesday
「近代絵画史(下)」(高階秀爾著 中公新書)の「第23章 バウハウスとその周辺」について気になったところをピックアップしていきます。「『芸術のさまざまな異なった活動領域のあいだのあらゆる工芸的原理と芸術的原理との調和を回復し、それらを新しい構成という概念によってしっかり結びつけようとする』ことを目的として、ワイマールに国立バウハウスが設立されたのは、1919年のことであった。」バウハウスには個性的な指導者が多く集まっていましたが、その中でとりわけ有名だった2人の芸術家に注目しました。まず、カンディンスキー。「バウハウスにおける講義をもとに、バウハウス叢書の一冊として1926年に刊行された『点、線から面へ』は、対象を拒否した抽象絵画において、画面の構成要素はいかにして生まれてくるかという文字どおりの造形性の問題を分析したものであるが、かつてミュンヘンにおいて書かれた『芸術における精神的なるもの』(1912年)が、同じく抽象絵画論でありながら、芸術家の心の中にひそむ『内的必然性』を強調していたのに対し、ここでは、カンディンスキーは、最も基本的な要素である点が移動した時、その軌跡が線となり、その線が移動した時、面が生まれてくるという形態の段階的な発展を跡づけながら、それらがその『内的本性』の法則に従って画面に配置された時、構図が完成するという『造形性』の問題を追求している。」次にクレー。「友人のカンディンスキーとは違って、現実を通して幻想の世界を夢見ていたクレーは、時にほとんど非対象の画面を試みることはあっても、決して完全な抽象主義にまで至ることはなかったが、しかし眼に見えない世界に創造の根を持っていたクレーの画面に住んでいるのは、ルネ・クルヴェルが指摘するとおり、『魂の動物たち、知性の小鳥たち、心情の魚たち、夢の植物たち』ばかりであって、われわれはそこに、子供のように奔放で詩的な想像力が、厳しい絵画的構成のなかに作り上げた、かつて例のない豊麗なクレー自身の魂の天国を垣間見ることができるのである。」今回はここまでにします。
2025.06.24 Tuesday
昨日、東京銀座8丁目のギャラリーせいほうへ自分の個展案内状500部を届けに行った帰りに、銀座1丁目まで足を延ばし、ギャラリーQで開催している「寿 直人の変な人…?」展を見てきました。これはしりあがり寿さんと竹中直人君の二人展で、漫画のような、また日常スケッチのような一見気楽に描いたように見える作品を多く展示していました。いわゆるヘタウマな表現ですが、私には持論があって、本当に絵が下手な人はヘタウマな表現が出来ないと考えています。二人とも若い頃にはがっちり写実表現を究めたはずです。それが証拠に二人の経歴に多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業という一文があり、実際に同大の入学試験は現在でも鉛筆デッサンと平面構成があり、高度な技法が求められています。私もそうでしたが自己表現を探る際に、高校時代まで頑張ってきた写実表現を自ら否定し、フラットな状態から自分を見つめ直すことをしたはずです。そこで見出した自己表現。しりあがり寿さんと竹中直人君の作風は似て非なるもので、それぞれが自分に対して正直な気持ちで描いているからこそ、何気ない個性が溢れ出しているのだろうと思っています。自分を見つめ直したことがない人は、どんなに巧みに描かれた絵であっても、誰かの絵に似ていたり、また技法が目立って自分が出てこない作品になっていることが多く見られます。「寿 直人の『個性的で』変な人…?」展は、軽妙洒脱で楽しい世界観を味わえて、私は満足しました。加えて、竹中直人君は高校の同級生で、高校時代に一緒に美大を目指して東京の予備校に通っていました。「がっちり写実表現」と前述したのは、私も竹中君の隣りにイーゼルを立てて競い合うようにデッサンをしていたので、彼の軌跡はよく知っているからです。さらに彼は俳優になり、映画監督をやり、イラストレーターとして展覧会を開催しているのですから、二刀流どころか多刀流ではないかと私は思っています。彼と今もつき合いがあるのは、共通項である自己表現活動をお互い行っている点にあるのだろうと思っています。