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  • 俳優の同級生が来廊
    個展期間中、私はずっと東京銀座のギャラリーせいほうにおります。初日からさまざまな方々がギャラリーに来られて、いろいろな感想を聞かせていただいていますが、有難いご意見が多く、私はその度に元気をいただいております。高校時代の同級生が来ると、私は嬉しさが倍増します。高校時代、ふざけ合っていた友達が、知名度のある自己表現者となってギャラリーに現われると、時を超越した親しさとお互いの立ち位置を確認して、思わず肩を叩いて紆余曲折あったそれぞれの道のりを鑑み、健闘を称えたくなるのです。今日はよくぞ今まで付き合いが続いたものだと思う俳優の竹中直人君がギャラリーにやってきました。彼とは高校時代に美術系の大学を目指し、放課後になって受験用の予備校に通っていました。しかも横浜の金沢区から東京の代々木まで電車を乗り継いで、デッサンやら構成を学びに行っていたのでした。彼はグラフィックデザインを専攻したい希望があって、多摩美術大学へ進学しました。私は工業デザインから彫刻に専攻替えをして武蔵野美術大学に進学しました。竹中君は多摩美大で映像表現に目覚め、現在のような俳優兼映画監督としての地位を築きました。竹中君は高校時代から変わった風貌で目立っていたため、芸能関係はなるべくしてなった仕事なのだろうと思いましたが、大学卒業後にしっかりした演技を勉強し、パッと出のタレントとは一線を画した俳優業に専念していました。彼の創造性は映画監督として、そのドラマの展開力に結実していたように思います。彼はギャラリーに来て、私の作品を眺めながら自分なりの物語をそこで紡いでいたので、根っからの役者なんだなぁと思いました。ギャラリーに来る少し前は日本を代表する美術家横尾忠則氏と対談をしていたとのこと、竹中君を取り巻く仕事の凄さを思い知りました。私の親友は、私が思っている以上の有名人なわけで、そんな彼と昔のように喋っている自分にも俄かに驚く有様です。
    「ヴァザーリの位置と意味」
    「芸術家列伝1」(ジョルジョ・ヴァザーリ著 平川祐弘・小谷年司訳)の最後に翻訳者平川祐弘氏による「ヴァザーリの位置と意味」が加えられています。「本書もあくまで『列伝』中のもっとも興味深い画人を翻訳、紹介することに主眼をおいた。イタリアへ行く観光客が多くなった昨今、そのなかでルネサンスの美術家の生涯について知りたいと思う人々や、文芸復興期の文化に関心を寄せる方々にこの訳書を読んでいただければ幸いである。~略~ヴァザーリがその『列伝』に取り上げたのは、右にあげたようなチマブーエやジョットにはじまって、レオナルド、ミケランジェロ、ティツィアーノ等に及ぶ一連のルネサンスの画人たちであった。それはたしかに西洋美術の盛代であったが、それにしても、かつてヴァザーリほどの大きな規模でもって西洋美術の歴史が書かれたことはそれ以前にはなかったし、また一人の著者の画人伝が後世にこれほど多くの読者を持ち、ルネサンス学者の絶えず言及する研究源となったことはそれ以後にもなかったのである。」それではヴァザーリの文章はどうなのか、そこに着目した箇所がありました。「ヴァザーリの文章は、レッテラート(文人)といわれた人文学者たちのいわゆる名文ではない。それでは、毎日規則的に働くことを信条としたこの律儀者が次々に書いていった『列伝』の文章もまた、『粗笨な仕事』であっただろうか。私はそうは考えない。ヴァザーリは、ある種のタイプの文豪のごとく、自分のリズムにあわせて、時には話すがごとくに書いていったのである。そのために16世紀イタリア人の文章としては、妙に文学的に気取るところが少なかった。自分にとってもっとも自然、かつ気安いように書いたからこそ文章にはずみがあるのである。とくにインサイダーとして芸術家の生活に密着して、逸話やアネクドートによって芸術家の真面目を伝える彼の筆法は見事に成功した、といえるであろう。その種の印象的な文芸性があったからこそヴァザーリはほかの誰にもましてこの『列伝』によってルネサンス美術の評価を定めてしまったのである。」これで「芸術家列伝」の「1」は終了ですが、引き続き「2」を読んでいきます。
    20回目の個展オープニング
    今日から東京銀座のギャラリーせいほうで私の20回目の個展が開催されます。記念すべき20回目ですが、これをどこにも謳っていません。私には「構築シリーズ」と「発掘シリーズ」があるので、「発掘シリーズ」とすれば17回目になるのです。この20年間、20回の個展開催が継続できたことを我ながら嬉しく思います。その機会を与えてくれたギャラリーせいほうにも感謝しています。私は集合彫刻を作っているので、その展示に手間がかかります。その搬入、展示、搬出に協力してくれている教え子たちにも感謝しています。記念すべき20回目であっても、私の造形思考では道半ばの継続姿勢があるので、そこでひと区切りをつけるわけにはいかず、おそらく個展回数が何回になってもゴールはなく、生涯現役が私にはやり易いし、相応しいと考えています。今日から個展のオープニングで、真夏日の中をわざわざ銀座まで足を運んでいただいた皆様に重ねて御礼申し上げます。「軍艦島みたい」と感想を漏らされた方が複数いましたが、床置きの欅材の柱の両側に設置した陶彫作品は、何かに喩えられることも珍しくありません。これを風景として見ていただいたことに私は内心ホッとしました。第1回目個展から現在に至るまで、私は一貫して架空都市をイメージしてきました。海外生活をしていた頃に、日本の陶磁器展が開催され、私が焼き締めによる須恵器のような作品に、日本文化の豊かさを感じ取った話をしたら、ギャラリーに来ていただいた横浜市立中学校の校長が関心をされていました。彼は私の元同僚ですが、同じ美術科として嬉しく思いました。その陶彫を使って、ギリシャやトルコにあるヘレニズムの遺跡を造形要素にした現行の作品世界が完成したのでした。個展をやる意義は、鑑賞者によって自分の創作への振り返りを行なえることで、私自身が今後の方向性を見て取れることにもなり、私には有難いコミュニケーションになるのです。明日以降も私はギャラリーにおります。暑い中ではありますが、ご高覧下されば幸いと存じます。
    週末 個展搬入・展示について
    日曜日になりました。今日は三連休の中日にあたりますが、明日から私の個展が始まるので、その搬入日になりました。朝10時に運搬業者2人が工房にやってきて、梱包した作品を積み込みました。こちらのスタッフとしては、後輩の男性彫刻家と教え子の女子3人が集合しました。業者のトラックを追って自家用車で首都高速を東京銀座に向かいましたが、途中事故渋滞があって、12時近くにギャラリーせいほうに到着しました。ギャラリーで梱包を解いた後、業者は空の木箱や梱包用ビニールシートを持って会社へ戻っていきました。昼食は予約した銀座ライオンでとり、ギャラリーで展示を始めました。教え子たちは昼食といい、ギャラリーの環境といい、すべてが銀座体験であり、彼女たちの記憶に残るのではないかと思います。私自身にもそんな思い出があるからです。さて、今年の作品をギャラリーで見ると、まとまりすぎる嫌いはあるものの、空間センスはいいのではないかと自負しています。彫刻は置かれる環境によって効果が左右されます。図録撮影を行なった野外工房や室内工房と、個展会場であるギャラリーせいほうでは、雰囲気はまるで異なり、作品そのものをじっくり見るのならば、白い壁に囲まれたギャラリーせいほうがベストです。野外工房や室内工房は、周囲の陽光や風が齎す自然のあるがままの状態が活きていて、それはそれで彫刻の味わい方のひとつだろうと思います。今年は壁に掛けた平面作品2点が従来の私の個展と違う要素を齎しています。これは炭化した杉板を用いたレリーフで、厳密には平面作品とは呼べませんが、周囲から見ることができる彫刻からすれば、視点を限定する作品は平面作品と呼んでも構わないと判断しました。この立体と平面の両方から表現を試行する方法は来年も継続するつもりです。私は図録撮影日と今日のような搬入日で、自分の作品に評価を下します。今回も決して満足のいくものではありませんでしたが、これを展示発表することはやぶさかではありません。後はこれを鑑賞に来られた人たちがどう感じるかです。
    週末 搬入を控えた1週間
    週末になりました。土曜日はいつも今週の振り返りを行なっています。明日が東京銀座のギャラリーせいほうでの個展前日になり、出展作品を搬入する日です。今日のうちにスタッフ数人に連絡を入れ、準備を整えました。搬入の荷作りは終わっていますが、問題は明日以降、個展期間中は工房が使えないことです。陶土はいくらビニールシートで覆っても乾燥が進みます。既に先月から来年の新作に取りかかっている私は、この工房に行かない期間の陶彫作品をどうするのか、頭を悩ますところですが、今週いっぱい頑張って4点目の陶彫作品の成形と彫り込み加飾を終わらせることにしました。成形と彫り込み加飾が終われば、あとは乾燥を待つばかりになるので、一旦制作サイクルを棚上げして、工房に行かない期間を作っても大丈夫です。昨日、関東地方でも梅雨明けが発表され、まさに昨日や今日は真夏の暑さとなっていました。毎年のことですが、この時期の工房での作業は体調との駆け引きになり、気分がおかしくなる前に作業を切り上げています。とは言え、予定が立て込む状況では多少身体を酷使しても、準備万端整えてから、東京銀座に通いたいと思っています。また昨日はギャラリーせいほうで最終打ち合わせがあったので、完成した図録を10冊程度持参しました。大量の図録は搬入日に作品とともにギャラリーに運び込みます。個展が始まると、私は横浜の自宅と銀座を行き来するだけになってしまうので、この日は家内と銀座を散策しました。やはりファッションの中心地だけあって、銀座は高級ブランド店が軒を並べているなぁと改めて確認をしました。それにしても外国人観光客の多さに目を見張りますが、日本が観光立国になっている現状も確認できました。そうした銀座のギャラリーで個展が出来る幸せを感じながら、来週の個展期間中を楽しむことにしようと思いました。