Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

note

  • Tag cloud

  • Archives

  • 「機械文明への賛美と反撥」について
    「近代絵画史(下)」(高階秀爾著 中公新書)の「第21章 機械文明への賛美と反撥」について気になったところをピックアップしていきます。ここでは未来派画家宣言を扱っています。「『われわれは、われわれの注意を運動しているものに集中する。なぜならば、われわれの近代の感受性は、速度の観念を把握するのにとくに適しているからである。われわれの都市の道路を走り抜ける重々しい強力な自動車、物語の世界のように華麗な光と色彩のなかにきらきら動きまわる踊子、興奮した群集の上を飛び去る飛行機…、深い感動を呼び起こす源泉であるこれらのものは、二個の梨やひとつのりんごよりもはるかに強く、われわれの持っている抒情的、劇的な世界の感覚を満足させてくれる…』このように新しいダイナミックな感受性に訴えたため、未来派の主張は、ただちに国境を越えてヨーロッパの多くの国々に大きな反響を呼び起こした。」ここで登場する形而上絵画。中心となっているキリコについて取り上げます。「その現実の『向こう側』の世界を表現するためにキリコが用いたのは、彼にとって意味深いさまざまのモティーフを、日常的な合理性の論理を越えたコンテキストのなかに置くことによって、思いがけない未知の領域を繰り拡げてみせるという方法であった。すなわち、そこでは、一見現実的に見える事物も現実の論理に支配されることなく、不思議な心理的衝撃に満ちた神秘の世界に属するものとなるのである。この手法は、後にシュルレアリスムの画家たちによって、明確な方法論として確立されるが、キリコの場合は、意識的なものというより、ほとんど詩的直観によって見事な成果を収めている。」次はダダ運動とデュシャンについて。「彼は、第一次大戦の勃発後、ニューヨークに渡り、ピカビアとともにダダの運動を積極的に展開した。1917年、ニューヨークではじめて開催されたアンデパンダン展に、陶製の便器をそのまま《泉》と題して出品した話はあまりに有名であろう。それはまた、既成のオブジェを利用する彼の『レディ・メイド』の最初の試みであった。」今回はここまでにします。
    益子から陶土800㎏が届く
    栃木県益子町にある明智鉱業へ先週金曜日にFAXで注文していた陶土800㎏が、今日届きました。昨年も同じ時期に注文していたことがNOTE(ブログ)を見ると分かります。「今日の昼頃、栃木県益子町にある明智鉱業から陶土800㎏が工房に届きました。これは種類の異なる陶土全部の重量ですが、当然来年作る陶彫の分も含まれています。作品の素材が陶彫である以上、陶土は絶対に必要なもので、現在焼成された陶彫作品に達するまでは、さまざまな陶土を混合し、自分のイメージと立体に立ち上げた時の強度を得るために実験を繰り返してきました。」これは昨年6月22日に記録したNOTE(ブログ)で、1年間で陶土800㎏を使い切った状況が見て取れます。種類の異なる陶土というのは、私の場合は複数種の陶土に対し、割合を決めて土練機にかけて混合した土を作ります。それも完全に混ざるまで計4回を土練機に通します。その後、手で菊練りをして小さくまとめてビニールで包みます。陶芸は勿論そうですが、彫刻でも素材を大切に扱うことにしていて、とりわけ放置できる木材や石材に比べると、土は常に気にかけていないと成形が難しくなります。土は可塑性があるので成形や彫り込み加飾は容易ではあるけれども、最後に焼成という制作工程が控えているので、そこで失敗しないために成形の段階から工夫が必要です。私は若い頃にヨーロッパにいて、そこで開催されていた日本の陶芸展に魅せられました。陶土の種類、釉薬の種類の豊富さと、ざっくりした土肌の美しさに、自国の伝統文化の素晴らしさに気づかされたのでした。そこで学んでいたのは西洋の彫刻の概念でしたが、日本の陶土をどう彫刻に生かすか、ヨーロッパに来る前に日本で見た陶彫作品を思い出し、そこに自分を賭けてみようと思ったのでした。素材の実験は、実際に栃木県益子町に出かけていって、明智鉱業であれこれ陶土や釉薬を吟味することから始まりました。隣県の笠間に陶芸家の友人がいたおかげで、試作は自由に行えました。窯による焼成もそこで学びました。明智鉱業は当時からの付き合いで、毎年陶土を送ってもらうのが習慣になっているのです。
    「エコール・ド・パリ」について
    「近代絵画史(下)」(高階秀爾著 中公新書)の「第20章 エコール・ド・パリ」について気になったところをピックアップしていきます。「シャガールと相前後してパリにやって来た異邦人芸術家は、歴史に名を残すほどの大家たちだけにかぎってみても、同じロシアからやって来たスーティンをはじめ、オランダのモンドリアン、イタリアのモディリアーニ、ブルガリアのパスキン、ポーランドのキスリング、チェコのクプカ、日本の藤田嗣治などを挙げることができる。もちろん、もう少し視野を広げるなら、フォーヴの仲間のヴァン・ドンゲン、キュビスム運動の中心にいたピカソとグリス、未来派のセヴェリーニなどの名前も、当然同じような『異邦人画家』として、そのリストに加えることができるであろう。さらに、彫刻家として、アルキペンコ、リプシッツ、ブランクーシ、ゴンザレスなどがいた。」数多い芸術家の中で私が注目した2人を取り上げます。まず、ユトリロ。「ユトリロは、生まれながらにして、父無し子という不幸な運命と飲酒の悪習を背負わされていた。それと同時に、彼の優れた絵画の才も天賦のものであったが、初めのうちは誰も、母親でさえも、それに気づかなかった。ただ、何とか気を紛らわせるためにという母親の思いつきが、思いもかけず彼のなかの画家を目覚めさせたのである。その母親も、彼を絵画の世界に導きはしたものの、何ら具体的な技法のことを教えてくれたわけではなく、まして他の誰からも正規の指導を受けたこともなかったのに、ユトリロは最初から、表現に素朴なぎこちなさを残しながらも、すでに完成された自己の世界を持っていた。」次にモディリアーニ。「生涯、風景や静物をほとんど描かなかったモディリアーニにとって、人間の顔は、造形的にも心理的にも、かぎりなく豊かなモティーフを提供してくれるものであった。彼の描き出す人物は、裸婦の場合は別として、ひとりひとりのモデルの個性的な特色がはっきりわかるように的確に捉えられており、その意味では彼の人物たちはすべて、モディリアーニだけの世界の住人として、見紛うことのない様式上の特性をそなえている。その特性は、キュビスムの美学と同時に、キュビスムの画家たちにも大きな影響を与えたあのアフリカの黒人彫刻のたくましい表現力に支えられている。」今回はここまでにします。
    週末 湿度の高い工房にて
    梅雨の時期になったせいか、加齢のせいか、この湿度が高い季節は、私は身体のどこかに具合の悪いところがあって、それを騙し騙し過ごしている感覚があります。加齢と書きましたが、教職に就いていた若い頃から、身体が負担を感じていることは年齢に関係なくあったように思います。教職は朝が早く、授業が次々にやってきて、自分を振り返る余裕もなくその日が終わっていました。15年前に管理職になっても、何かに追われるような仕事が常に頭にあり、仕事の質が多義にわたっていて、辛い思いもしていました。つい3年前までそんな生活でしたが、現在は全て自分のために費やしている時間なので、前に比べれば気楽になったと思える時もあります。それだからこそ自分の体調を考える時間があるかもしれません。今日は日曜日なので創作活動についてNOTE(ブログ)を書こうとしています。つい体調のことから話を始めてしまったのは、やはり季節のせいでしょうか。私が一日の大半を過ごしている工房は、空調設備がなく、気温も湿度も外と変わりません。救いなのは工房が丘の上にあって、時折爽やかな風が窓から入ってくることです。それは清涼水のように感じて、気持ちがふと楽になります。もうひとつ湿度の高さが気にならなくなるのは、創作活動に集中している時です。成形や彫り込み加飾をやっている時に、ふと何もかも忘れられる瞬間がやってきます。情緒もなくなって、自分が何者かもわからなくなります。長野県の山奥にたった一人で彫刻を作り続けている我が師匠が、孤独に耐えられるのも創作活動があればこそなのだろうと察しています。その創作力、集中力ですが、恐らく心理学で言うところのフロー状態のことを指すのではないかと思いますが、若い頃と比べるとその持続する時間が少なくなっています。これは明らかに加齢によるものでしょうか。湿度の高い工房にて、そんなことが頭を過りつつ陶彫制作に没頭していました。
    週末 新作陶彫&映画鑑賞の1週間
    土曜日になりました。今週を振り返ります。今週は7月個展の陶彫作品を収める木箱作りを行なう一方で、来年に向けた新作の陶彫制作を進めました。今週は梱包用の木箱より、新作の陶彫制作に腰が入ってしまい、漠然とした新たなイメージが少しずつ具現化していく心地よさを感じていました。新作の陶彫作品としては現在2点目の取り組みになりますが、従来作ってきた陶彫作品よりも一回り大きくなり、工房の窯には1点ずつしか入らないなぁと思っています。長くやっている陶彫制作に慣れてきたせいか、自分の中では手強い状況を作ろうとしていて、これを克服して達成感を得たいと思っているのです。造形が容易な土ではありますが、それを焼成する以上、中身をがらんどうにして、厚みを均一にしなければならず、常にそれを意識しながら成形や彫り込み加飾をやっています。気持ちはすっかり来年の新作に向いていて、さらにイメージの具現化を進めていく所存です。さて、今週は映画館にも足を運びました。工房のラジオから流れてきた映画情報に即刻反応して、その日のうちに家内を誘って映画「国宝」を観に行ってきました。映画「国宝」は歌舞伎の世界をドラマチックに描いたもので、芸を磨くとはどういうことか、それが観客の心の機微に触れて、感動を齎すことの素晴らしさを味わうことが出来ました。胡弓の演奏者である家内は、実際の歌舞伎も幾度となく観ていて、映画が誇張していたところも分かっていたらしく、それを差し引いても面白い映画だったと言っていました。図録が完売していたため、歌舞伎のことをよく知らない私は、歌舞伎に関する解説も読んでみたいと思ったのでした。今週は新作の陶彫制作と映画鑑賞の他に、自家用車の1年点検があってディーラーに持っていきました。私は車検だけでなく、車の点検はよくやっていて、車は便利なアイテムであり、命を預けているものでもあるので、そこは慎重に扱っているのです。また陶土がなくなってきて、例年購入している栃木県益子町にある明智鉱業にファックスで注文をしました。今週はそんな1週間でした。