2017.04.21 Friday
新しい体制で出発した職場ですが、昨年度まで私たちの職場に尽力してくださった旧職員と、この4月より新たに加わった新職員が一堂に会する歓送迎会が今日ありました。手前味噌ですが、私の職場は大変チームワークが良く、お互いを認め合いつつ協力を惜しまない関係作りが成されています。コミニュケーション能力に長けた人材が豊富なのです。今まで私は幾多の職場を転勤してきましたが、現在の職員体制はその中でも最高と思っています。再任用2年目の重責を担っている理由がここにあります。私の片腕として職場全体を支えてくれた副管理職だった人が、昇任して他の職場に配属され、彼とは午前中の外会議から顔を合わせていましたが、歓送迎会にも来てくれました。忌憚のない話に楽しいひと時を過ごせました。私たちは横浜市という限定された狭い社会の中で異動しているので、職場が変わっても顔を合わす機会が多いのです。それでも職場によって雰囲気はガラリと変わります。その職場が昔から培った伝統のようなものがあり、異動直後は戸惑うことがあります。チームワークも多少異なります。他の職場から異動してきた職員が、私たちの二次会の盛り上がりに驚いていました。ここで新採用された職員はこれが当たり前だと思っているようですが、職場が変わるとこんなふうに皆で大騒ぎすることもなくなるのです。私たちの職場はいろいろな意味で古き昭和を受け継いでいるように思います。
2017.04.20 Thursday
毎晩、工房に通って1時間から2時間くらい陶彫の制作を続けてきました。仕事から帰宅して夕食前に工房に出かける生活が習慣になってきました。夕食前の方が制作が進むのは、空腹を抱えていた方が創作活動には調子がいいと思っているからです。空腹が満たされると意欲は一気に落ちていきます。それでも自宅の食卓でRECORDの下書きは何とかやっています。工房では追加の小さな陶彫部品の成形と彫り込み加飾を、漸く16個終わらせました。夜の照明の下では細かい仕事が向いているように思えます。微細な彫り込み加飾は、まさにそうした環境に適していると言えます。この小さな陶彫部品はテーブルの脚を支えるボルトの頭を隠す役目があります。隠すだけではなく全体のデザインバランスとして、陶彫の大きさや加飾の文様を決めたので、かなり重要な部品のひとつであるわけです。夜の工房は不思議な雰囲気が漂っています。夜行性の制作姿勢を貫いている作家が多いのがわかります。周囲が暗いだけで非日常的な感じがするのです。集中力も高まります。気候も凌ぎ易い温度になり、週末の昼間に土練りや大きな成形を行い、ウィークディの夜に小さな成形作品に彫り込み加飾を施すというのが、理想的な制作方法で、今はまさに理想的な日常を送っているのです。小さな陶彫部品16個は乾燥棚に置き、乾燥後は仕上げをして化粧掛けを施します。引き続いて頑張りたいと思います。
2017.04.19 Wednesday
私は朝6時半くらいに自宅近くの停留所からバスに乗って通勤しています。停留所の近辺は何の変哲もない町並みですが、高齢の婦人がビニール袋を持って、煙草の吸い殻や小さなゴミを掃除しているのに出会います。ほとんど毎朝やっているようです。誰に言われるわけではなく、一人で黙々とゴミ拾いをしている姿に、日本人特有の道徳観を見る思いがしています。昔に比べて日本の街はどこも清潔になりました。町内で置いているゴミ処理場がしっかり機能していることもあるのでしょうが、地域に住む人たちの無言の清掃活動が、日本の街の美しさを支えていると感じています。出勤時にそうした行動を見るととても清々しい気持になって、今日も一日頑張ろうという気分になるのです。逆に車を使うと、高速道路の入り口の脇に無残に捨てられている大量のゴミを見ます。ドライバーは自宅や自分の車内以外はゴミ捨て場と思っているのでしょうか。まだまだ意識が遅れている人がいるんだなぁと思います。文部科学省が道徳を教科化させるようですが、その効果は近い将来、目に見えるカタチで具現化してくるのでしょうか。毎朝清掃している高齢の人はそんな教育は受けていませんが、小さなことでも自ら考えてやっているのでしょう。因みに停留所や駅のホームに整然と並んでいる人々にも道徳観があるように思えます。日本を旅行している外国人からすれば信じられない光景だということをネットで読んだことがあります。特別に道徳と謳わなくても日頃からやっている行動に、私たち日本人は充分道徳観が発揮されているように思います。
2017.04.18 Tuesday
昨日の神奈川新聞に、現在東京の国立新美術館で開催している「ミュシャ展」に出品されている「スラヴ叙事詩」についての記事が掲載されていました。かなり大きな誌面を割いていましたので、話題の重要度がこれによって分かります。作品を所蔵するチェコ以外では世界初公開ということに加えて、その巨大な連作が類を見ない表現であることが、私自身も実際の作品に触れて納得できました。1980年から5年間オーストリアに暮らしていた私は、近隣国であったハンガリーやルーマニア、当時のユーゴスラビアやチェコスロバキアにもよく出かけていきました。しかしながらチェコスロバキアで「スラヴ叙事詩」を見たことがなく、その存在さえも知りませんでした。当時も農村で繰り広げられる勇壮な伝統舞踊を見るにつけ、私はスラヴ民族に興味を持っていました。同行した紀行作家みやこうせい氏が東欧を転々とし、彼の地に多くいたジプシーを取材していたので、その独特な文化とスラヴ民族との関係に注目していました。今回「スラヴ叙事詩」を見て、強国に蹂躙されていたスラヴ民族の苦難の歴史を知りました。誌面にあった研究員の言葉を含めた箇所を引用いたします。「制作中の写真には、巨大なカンバスに向かうミュシャの姿がぽつんと写る。同館の本橋弥生主任研究員は『どの写真を見ても一人で制作している。助手などはおらず、一人で描き上げたようだ』と言う。完成したのは26年。チェコが独立を果たした10年後だった。『既に独立して10年がたち、ナショナリズムが強過ぎるという意見もあるなど、賛否両論が寄せられた』と本橋主任研究員。~以下略~」現在はチェコが誇る宝物となった「スラヴ叙事詩」。次に鑑賞する機会は本国チェコで出会えるのかなぁと思いつつ、混雑を極めている国立新美術館を後にしました。
2017.04.17 Monday
毎週末になると、私は朝から工房に籠もって制作三昧になる生活ですが、とりわけ週末2日目にあたる日曜日の夜は、心身共に疲労に苛まれてしまいます。原因は制作だけではないと思っていますが、歯茎が浮いたような感じや胃腸の具合が悪くなるのはどんなものだろうと心配になります。夜はよく眠れるので危険な病気ではないと思いつつ、翌日は昨日の疲労が嘘だったように回復し、精神状態も良好になるのです。月曜日は仕事始めにあたるので、私だけではなく誰でもモチベーションは下がりますが、私はそんな気分とは別に心が軽快になっていることに不思議さを感じます。ストレス皆無といっても過言ではありません。これは創作活動の成せる業なのでしょうか。昨日NOTE(ブログ)に書いた「フロー」状態は、心身に相当な圧迫を与えるものではないかと察しています。これはスポーツ選手が言う所謂「ゾーン」で、彼らはきっとそれぞれ回復を図る手段を持っているはずです。私の場合はそれほど強烈なものではないにしても、日曜日の夜に陥る体調変化は「フロー」状態の揺り戻しのようなものではないかと考えています。デザイン業界に就職した仲間が、身を削って広告課題に取り組むとよく言っていたのを思い出します。身を削るとは「フロー」状態になることを意味しているのかなぁと思い返しています。ただし、私の場合と違って彼らはストレスを抱え込む「フロー」状態なのではないかと思うところです。