2015.04.03 Friday
職場が新しい体制になって、机の移動や会議が続きました。例年見る職場の風景ですが、やはり新鮮な感じを受けるのは自分ばかりではないでしょう。この職場に私が着任して2年目を迎えますが、親睦会の幹事に駅前の居酒屋を予約するように指示を出しました。昨年も着任早々同じ指示を出し、夜の出発会を持ったのでした。この機会に一気に親しくなって、お互い仕事をやり易くするというのが私の組織運営の第一歩です。昼には全員で一部屋に集まって行う昼食会もありました。私が大鍋で豚汁を作り、全員に振舞いました。年間で数回行っている大鍋コミュニケーションの第一弾です。前日に食材を買出し、技能員さんたちに手伝ってもらいながら作る鍋料理です。今年度新しく着任した方々は、管理職が自ら振舞う豚汁に驚いていましたが、私たちの仕事はまずコミュニケーションが一番大事と考えているので、これは私なりの組織運営の方法のひとつなのです。一人ひとりに組織の所属感や自己有用感を与えるための仕掛けを作るのが、私の役割です。2015年度を充実した年度にするために、人材育成を進め、いろいろな仕掛けをしていきたいと思います。
2015.04.02 Thursday
「風景の無意識 C・Dフリードリッヒ論」(小林敏明著 作品社)を読み始めました。ドイツ・ロマン派の画家フリードリッヒは、自分が大好きな巨匠の一人です。廃墟が風景画の主題に多く選ばれるところが気に入っていて、その暗く立ちこめた不安を感じさせる広大な風景画に惹きつけられています。本書の内容は単純な批評ではなさそうで、フロイトやハイデガーの名が出てくる章があり、ドイツ思想史と深く結びついた興味ある理論が展開されているのではないかと自分は期待感を漲らせています。フリードリッヒの絵画を論じる際に、直接的・間接的視点の双方から分野を超えた思索を入れ、奥行きを持たせ、また立体的に構築する理論を自分は歓迎します。美術は美術だけにあらず、創作の動機や時代背景や思想を照射して理解され、分析されてこそ多面的な評論が成り立つと考えています。そんな自分の知識欲を満たしてくれる本書を、通勤時間を使ってじっくり読んでいきたいと思います。
2015.04.01 Wednesday
平成27年度(2015年度)を迎えました。私たちの職場は新聞発表があって、異動が明らかになります。今年度はわが職場では新任男性職員2人を受け入れることになり、全体の年齢が若返りました。再任用も3人おりますが、現役では私が一番年長になります。初出勤日は今月3日に予定しております。ここで今年度の抱負を私から全職員に話すことになります。今日から2日間は準備期間ですが、万全にして今年度に突入したいと考えています。創作活動は年度が変わろうが何があろうが、ほとんど関係なく夏の発表に向けた制作を続けています。このところウィークディに毎晩工房に通って、「発掘~丘陵~」の彫り込み加飾を行っています。あと数個を残すのみとなって、いよいよ「発掘~丘陵~」のゴールが見えてきました。そろそろ「陶紋」の制作にも取り掛からなければならないと思っていて、ウィークディ夜の工房通いはまだまだ続きそうです。ともかく今月の目標は新作全ての陶彫部品を完成させることに尽きると言ってもいいでしょう。「発掘~群塔~」の木彫は粗彫りを終えて、仕上げに取り掛かれればと考えています。多忙な4月がスタートしました。健康に留意しながら頑張っていきたいと思います。
2015.03.31 Tuesday
今日で3月が終わります。職場は平成26年度末(2014年度末)を迎えています。職場は明日から新年度になり、新しい人事体制で仕事を行っていきます。転勤や退職の職員もいて、出会いと別れの時期でもあります。管理職異動はなかったので、自分は引き続き現在の職場に残ります。今年度は大きな事件や事故もなく過ごせたことで全職員に感謝しました。来年度も職場の組織を信じ、的確な判断をしていきたいものです。年度で言えば、今年度の創作活動は「発掘~層塔~」と「発掘~増殖~」を完成させ、夏に銀座のギャラリーで発表しました。2月に山梨県のワイン会社のラベルのデザインや、今まで内緒にしていましたが、職場でお揃いのティシャツにつける文字のデザインもしました。全職員でこのティシャツを着て仕事をする日を一日設けました。その日は洒落っ気のあるイベントでした。創作活動と公務員は相変わらず二足の草鞋のまま来年度も継続していく予定です。週末等でゆっくり休めることができない毎日ですが、緊張の糸が張っている状態は、今までずっと続いていて日常化していると言っても過言ではありません。適度に鑑賞の時間を織り交ぜながら、緩急をつけて過ごしていければ継続は可能です。明日から新たな気持ちで頑張っていこうと思っています。
2015.03.30 Monday
「千利休 無言の前衛」(赤瀬川原平著 岩波新書)を読み終えました。これは千利休の審美眼を当時の前衛として、現代と絡み合わせて述べている文化横断的で楽しさ溢れるエッセイでした。利休の創り出した侘び・寂びの斬新さとは如何なるモノか、茶を飲む行為を核として、建物や庭園を初めとするあらゆる環境を創出させる芸術は、まさに当時としては新しい思想を孕む前衛芸術でした。そこに柔軟で饒舌な主君豊臣秀吉がいて、利休の新しさを認めながら、やがて対照的な2人が精神的な対立を生む図式が見て取れます。秀吉は利休ワールドの沈黙が怖かったのでしょうか。一文を引用します。「利休は言葉を使わずに、何ごとかを黙って示す、ということになる。示すというより、黙って置くのだろう。その置かれたものに人が何ごとかを気付いてくれればいいし、気付いてくれなければ仕方がない。そのまま黙っている。というふうであったろうと想像している。何ごとかを説明し、説得する、というようなことからはいちばん遠い人だと思うのである。いっぽう秀吉というのは、何ごとかを示しながらどんどんしゃべる、そんな人ではなかったのか。言葉が豊富に出てくる。そのスピードが身上である。戦においても、本能寺の変で備中高松から一気に駈け戻って明智光秀を討った作戦行動は、その猛スピードが語り草となっている。~略~そういうスピーディな状況の中で、その中枢にいた利休の沈黙は相当際立ったものであったろう。スピードとエネルギーがしのぎを削る世界で、それを見切った上での沈黙の存在が、逆にもっともスピーディな表現として機能したのに違いない。」