Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 新聞記事より「ムリとムダとムラ」
    昨日に続き、今日の朝日新聞「折々のことば」に掲載された記事より、その内容を取り上げます。数学者森毅氏によるコトバは教員だった私に刺さります。「学生さんがわからんことへのこらえ性がなくなりまして、わからんけどおもろいなというのがないんです。  森毅」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「理解できないことも、わからないままに、『欠けた学力でも何とかする』というのが学びの要諦だと、数学者は言う。そんな野性的ともいえる能力を育むには、わかりやすく説くより、難しくても楽しめるようにすること。「ムリとムダとムラ」をなくそうとするより、むしろそれを楽しむことが大切だと。河合隼雄らによる『学ぶ力』から。」学生に限らず、現代人は課題に対して短絡的な回答を求める傾向があります。長々した文章はショートカットして、その物語の要点や結果を知りたがるのは、若い世代に限らず、私たちにも共通するものです。さまざまな情報が溢れ出し、また多様化したことも要因の一つと言えそうですが、一つの課題に腰を据えてじっくり考えこみ、あらゆる予想を立てて取り組む姿勢は、確かに失われつつあるかもしれません。「わからんこと」は手っ取り早くAIに聞くという傾向も最近になって目立つようになりました。図書館に行って書籍を持ち出し、頁を括って適正な解答を探り当てていく行為は、ますます減っていくのでしょうか。工房に出入りしている学生もスマートフォン片手に課題をやったり、論文を書いていたりしています。現代の利便性は「ムリとムダとムラ」をなくし、効率よく処理する能力に長けている反面、自らの問題解決力はどの程度身についているのか些か疑問です。私もつい安易な方に流れてしまうので、「ムリとムダとムラ」の極致である創作活動くらいは、自分の頭で考え、手強くても素材相手に身体を使って実践していこうとしているのです。AIに冒されない領域を守ろうと私は必死なのです。
    新聞記事より「賢くなり合う関係」
    今日の朝日新聞「折々のことば」に掲載された記事より、その内容を取り上げます。「アホ、受験勉強が一生役に立ったらどれだけ怖いか  森毅」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「世界の問題には正解は一つしかないという考えは、受動的で硬直した心性しか育まない。大学でも、こうかもしれんしああかもしれんと呻く教師がいて、学生らも『あのおっさんいい加減やしな』と言う研究室は概して研究も活発だと数学者は言う。『賢くなり合う関係』がそこにある。親が賢くならずに子を賢くしようとするのも無理だと。河合隼雄らによる『学ぶ力』から。」私は昭和の時代に教壇に立っていました。まさに一つしかない正解をどう求めていくのかに特化した教育姿勢があって、それはそれで今から考えると随分安易で楽な授業だったと振り返っています。教師も生徒も疑うことがない学習内容。その中には疑問を持った生徒も多少いたと思いますが、その声をあげることは周囲の空気が許さない状態でした。私は美術科でしたが、美術の場合でも一つの正解を欲しがる生徒たちがいて、私も安易な指導をやっていました。基礎的な学習はこれでいいんだと自分を納得させていた節もあります。一方で私が二束の草鞋生活で実践していた創作活動では、「こうかもしれんしああかもしれんと呻く」ことばかりで、正解なぞ一生かけても見つからない暗中模索の中を彷徨っていました。それは現在でも続いています。学ぶ力とは何か、私自身が身近な創作活動で実践していたことを、どうして授業に生かせなかったのか、美術を通して生徒に何を身につけてもらいたかったのか、あの頃を振り返ると、その在り方を自問自答してしまうのです。幸いにも私と同じ美術を専攻する教え子たちは、私と同じ地平に立って、「賢くなり合う関係」であることが唯一の救いになっています。学ぶことは悩みも多ければ、楽しいことも多いのは、正解が一つではないからで、その多様な解決の糸口を探り当てていくのが極上の喜びなのだろうと思っています。
    「アブラハムとその子ら」(後編)
    「キリスト教美術をたのしむ」(金沢百枝著 新潮社)の「アブラハムとその子ら」は6つの単元から成っています。今回は〔22イサクの嫁取りとヤコブの祝福〕から〔24ヤコブとヨセフの物語〕までを扱います。まずは〔22イサクの嫁取りとヤコブの祝福〕。「年老いたアブラハムの最後の願いは、息子イサクの結婚でした。~略~町の娘リベカが水瓶を肩に載せてやってきました。彼女はじつは、イサクの従兄弟の娘で、際立って美しい乙女でした。従僕エリエゼルが駆け寄り、水を乞うと、駱駝にも『たっぷり』飲ませてあげましょうと、優しい。~略~リベカが子を産んだのは、その20年後。双子でした。兄のエサウは全身が毛深く、長じて狩りの名手となりました。~略~イサクは狩りの獲物が好物だったので、エサウを愛しました。リベカは、穏和な弟のヤコブを可愛がりました。ある日、ヤコブがレンズ豆の煮込みを作っていたところに、狩りで疲れきったエサウが帰ってきました。腹ぺこのエサウは食べさせてくれと頼みます。ヤコブが食事と引換えに『長子権』を要求すると、エサウは早く食べたいあまり、『ああ、もう死にそうだ。長子の権利などどうでもよい』とあっさり譲ってしまいました。」次に〔23ヤコブの夢〕。「眠るヤコブ、梯子、天使は、この場面に必須な要素。ちなみに、雲間から幾条かの光が地上に差し、天使が下りてきそうにみえる気象現象(薄明光線)を、英語では『ヤコブの梯子』と呼びます。~略~中世の神学では『ヤコブの梯子』は、『魂が徳を得て神に近づく諸段階』を表すと解釈されました。」次に〔24ヤコブとヨセフの物語〕。「旧約聖書の登場人物のなかでヤコブが特別面白いのは、必ずしも『品行方正』でないからです。兄のエサウから『祝福』を横取りしたばかりでなく、天使とつかみ合って格闘したり。~略~『神に勝利した者』すなわち『イスラエル』という呼び名の由来となったこの場面は、肉体をもたないはずの天使(あるいは神)と肉弾戦を行うという、じつに不思議な逸話です。中世の解釈では、人間の心のなかの『善悪の戦い』と考えられ、ロマネスク期の柱頭彫刻に多く登場します。」今回はここまでにします。
    「アブラハムとその子ら」(前編)
    「キリスト教美術をたのしむ」(金沢百枝著 新潮社)の「アブラハムとその子ら」は6つの単元から成っています。今回は〔19アブラハム Ⅰ〕から〔21ロト/ソドムとゴモラの滅亡〕までを扱います。まず〔19アブラハム Ⅰ〕。「アブラハムはイスラエルほか諸国民の父祖。ノアの息子セムから数えて10代目の子孫です。ユダヤ教でもイスラーム教でも尊ばれる預言者で、キリスト教でも、『アブラハムの懐』といえば『楽園』を意味します。~略~父祖となるはずのアブラハムですが、サラ(妻)には子ができません。サラは悩んだ末、エジプト人の女奴隷ハガルを夫にさしだします。ハガルは身ごもり、女主人を軽じるようになりました。~略~荒野の泉のほとりで、天使に勇気づけられたハガルは、アブラハムの元に戻り、息子イシュマエルを産みました。アブラハム86歳のときでした。~略~けっきょく、サラは子を産み、『イサク』と名づけられました。その名はヘブライ語で『笑う(イツハク)』の意。~略~イサクが成長すると、サラの心を占めるのは、アブラハムの跡目を誰が継ぐのか。サラはアブラハムに、ハガルとイシュマエルの母子を追放するように願い出ます。」次に〔20アブラハムⅡ〕。「息子も成長し、しあわせな老後を送っていたアブラハムに、ある日、神はこう命じました。『あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。わたしが命じる山の一つに登り、彼を焼き尽くす献げ物としてささげなさい。』『焼き尽くす献げ物』とは、肉を食べずに焼け尽くすという意味で、『燔祭』とも呼ばれます。」神はアブラハムの信仰の篤さを理解し、イサクは救われました。次に〔21ロト/ソドムとゴモラの滅亡〕。「ロトは、アブラハムの甥です。アブラハムとともに故郷を離れてカナンへ赴き、飢饉のときには、やはりともにエジプトに逃れました。~略~ロトは、ヨルダン川流域の低地がエデンの園のように潤い豊かなのを見て、そこに決めました。しかし、そこは、悪徳で名高いソドムとゴモラの町でした。~略~(アブラハムが)脱出を説得できたのは、嫁入り前の娘たちと妻だけでした。明け方になってようやく、ためらうロトとその家族は、天使たちに導かれて町を離れました。~略~朝日が昇り、一行が小さな町ツォアルに着いたとき、ソドムとゴモラに天から硫黄の火が降りそそぎ、全住民は草木もろとも焼滅しました。ロトの妻は後ろを振り返ったので、塩の柱になってしまいました。」今回はここまでにします。
    「発掘~六蹟~」に関する覚書
    今年の個展で発表する陶彫による集合彫刻のタイトルを「発掘~六蹟~」としました。私はタイトルにあまり凝るほうではありませんが、「発掘シリーズ」では似たタイトルが多くなる傾向があるので、新作の造形的な特徴を言語化するようにしています。今回の作品は六点のブロックで構成している集合彫刻なので、六という数字をタイトルに入れました。六点のブロックはそれぞれ4点の部品で形成しています。その形成部品のうちの一つは厚板材を砂マチエールで固めたもので、崩れかけた状態を作りました。「六蹟」というタイトルについて、予めAIに「六蹟」について聞いています。AIによると「六蹟」は中国の六人の書家による名跡の総称であるけれど、一般的な日本語の資料に見当たらず、また日本では造語である場合もあるといい、これは確かに私の造語なので、私は本作を「六蹟」というタイトルでいこうと決めました。本作は画廊内の展示空間に点在させていくため、ある程度の広さを占有してしまいます。これは空間演出であり、庭園のように複数の個体で表現する世界です。これに辿り着いた要因は、20代の頃、5年間の滞欧生活を引き揚げる際に、エーゲ海に広がるギリシャ・トルコの都市遺構を見た印象が原点になっています。広漠とした大地から掘り出された都市空間の在り様に私は夢中になり、空間には空に向かうプラスの空間があるだけではなく、地中に埋められたマイナスの空間があると認識しました。嘗ては栄華を極めた古代都市は土砂に埋まり、その一部が現われ出ているのを見て、隠されたマイナスの空間に思いを馳せました。その状況を現代彫刻の形式を借りて、何とか表せないかを考えるに至り、「発掘シリーズ」が始まりました。余談になりますが、空間の中で個体と個体が引き合う見えない糸に、音が響き合い、音の余韻に浸り、いずれ訪れる沈黙に意味を持たせる現代音楽に似ているのではないかと私は勝手に思っています。