Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 「書」に対する思い
    今晩は管理職仲間が集まって、日頃のストレスを発散させる機会をもちました。飲み会の席で隣に座った仲間は、「書」を嗜む人で、彼の「書」を見に行った感想を、前にブログで紹介しました。飲み会の間も「書」談義に花が咲き、自分がやっている美術と共通するものがありました。自分は「書」を見る時、美術的な見方をしてしまいます。「書」を意味のあるコトバとして読み取るのではなく、墨の黒と余白の白のコントラストとして見てしまうのです。いわば文字を記号化してしまい、抽象絵画のように黒と白が同等の価値をもち、さらに黒と白が織り成す空間を楽しんでいる傾向が自分にはあります。落款も同じです。自分がかなりいい加減に、言葉を変えれば自由気儘に彫っている印も、自分にとっては抽象絵画なのです。朱と白を空間として捉え、画面構成を作っていくのは絵画と同じだと思っているのです。落款は新作ごとに新しく彫ると言ったら、「書」も似ていると彼は言うのです。「書」も絵画と同じように空間の解釈として、筆法も自由にやれるとすれば、自分もできるかもしれないと思ったひと時でした。
    イメージするチカラ
    近隣のスポーツクラブに行って身体を動かしている時に、運動能力とは何だろうと考えています。たとえば水泳でたいして力を入れなくても楽にスイスイ泳ぐことができる、つまり無駄のない動きで運動をしていることだと思っています。それはどうしてそのような泳ぎができるようになるのか、ひたすら練習しても何かに気づかなければ、疲労するばかりで楽にスイスイ泳ぐことはできません。自分も大なり小なりそうかもしれませんが、近くで泳いでいる人を見るにつけ常々感じていることです。自分のことは棚上げして思うに、運動は何であれイメージするチカラが必要なのではないかと思うのです。よく言われるのがイメージトレーニングですが、それはただ見るのではなく、何かをやろうとする時に瞬時に感じ取るチカラのことだと思います。自分が行動に対して、どのくらいのイメージをもてるかどうかで運動能力が推し量れるのかもしれません。仕事帰りにスポーツクラブで感じたちょっとしたこと、これもイメージの端くれかなと思います。
    夢の記述
    最近ほとんど夢を見ないので、夢に関する話題は自分にとって微妙と言わざるをえません。家内はよく夢を見るらしく、朝食の時に夕べ見た夢の話題になる時があります。夢はどんな時に見るのでしょうか。精神状態や健康状態が夢を見ることに影響があるのでしょうか。フロイトの「夢判断」がありますが、無意識のうちに欲求を満たすものが夢であり、そこに意識が多少関わって夢の情景が歪んでしまうようなことを、ずい分前に聞いたことがあります。欲求といえば、かつて夢で自分は素晴らしい絵画を描き上げ、寝起きにそれをスケッチに描きとめた記憶があります。どうしても夢のようには上手くいかず、放り出してしまいました。愛読書「瀧口修造全集Ⅲ」に「寸秒夢」という章があります。瀧口は枕元に筆記用具を用意しておいて、夢の記述を試みているのです。読んでみると、確かに記憶の断片が繋がって、そこで何の疑問も違和感も無く自然に振舞う自分がいて、そういう夢の気分を自分も昔味わったことがあると妙に同感してしまいました。夢は脈絡の無いドラマ。でも自分は何者でもない自分として存在していて、いろいろな関わりの中で夢の中を生きているのです。それは詩の原形と言えるのか、イメージの産声なのか、刻み込まれた記憶の現れ方に人間の不思議を感じずにはいられません。
    運転免許の失効手続
    公開しているホームページ内のNOTE(ブログ)にも関わらず、自分のメモや失態を許容範囲で掲載しています。というのもブログは、自分の振り返りとして後になって読み返し、時に自分の気分を高揚させたり、戒めたりすることがあるからです。今日のブログの内容は甚だプライベートですが、自分の恥ずかしい一面を吐露する内容を掲載することにしました。運転免許証が失効しているのに先週気づいたのです。失効してまだ1週間。昨年4月より現在の職場に異動してきて、自家用車通勤からバスや電車による通勤に変わりました。職場が自宅から近くなったことで、車の必要性を感じなくなったこと、多忙にかまけて免許証の有効期限を確認しなかったことが原因です。いざ失効してみると、やはり不便を感じて、今日は職場を午前中休んで運転試験場に行きました。自分と同じでうっかり失効してしまった人が多いのには驚きましたが、更新なら速やかに終わる手続が、たっぷり時間を取られて、それでも即日交付になってホッとしました。夜、さっそく家内と車で買い物に出かけました。通勤に使わなくても便利な生活必需品になっている車。やれやれ。文明の利器には勝てないと思った一日でした。
    陶彫成形に時間をかける
    工房に籠もって制作に励んだ一日でした。今日は新作「構築~瓦礫~」の部品になる陶彫の成形にたっぷり時間をかけました。陶彫の部品は少しずつ出来上がっているのですが、そのうちいくつかの部品は加飾に時間をかけて、目立つ位置を与えようとしています。集合彫刻の部品は目立つものがあれば、それを支える部品があって、それでバランスを保つように作ります。まして今回の新作は全体計画を意図的に考えずに作り始めているので、ポイントをどうするかは、勘を頼りにやっているのです。きっとこんな具合になるはずだと信じて、陶彫の部品作りに励んでいます。出来上がった陶彫の部品を見ながら、そろそろこんな陶彫の部品を作ってみようと思い立ってやっているのです。現在作っているものは、手間暇かかる加飾を施していて、他の部品よりもやや背が高く、部品を集めた時に目立つような工夫をしています。巧くいくかどうかわかりませんし、または無駄が出そうな気もしていますが、アバウトな構想で始めたことなので、そこだけは貫いてやっていこうと思っています。