2008.12.09 Tuesday
仕事を終えて自宅に帰ってから、アトリエに籠もって制作をしていると、いろいろなことを思います。仕事でやらなければならない課題があって、締め切りに追われているか、または招待状や年賀状の準備など何かあれば気持ちが動いて、何とか自宅で作業をしているのですが、日々の習慣として制作となるとなかなか定着しないのです。まず、自宅は心身を休めるところだと脳が認識していて、仕事モードにならないことが原因です。夕食を済ませて風呂に入ると、もうぼんやりと過ごしてしまって、アトリエに行こうとは思わなくなります。制作は時に苦悩することがあるので、これは昼間の公務とは違った意味で大いなる仕事です。一日の終わりの憩いの時間帯に苦悩を伴う作業はしたくないと感じるのも確かです。でも、二束の草鞋を履いている自分はここが気持ちの分かれ目で、気持ちをコントロールをしなければ創作活動は進みません。毎晩わずかの時間でも素面で陶土に向えるようにしたいと願っています。
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2008.12.08 Monday
一日のうちでやることが多く、時間が足りないのはいいことか、よくないことか考えることがあります。創作一本では食べていくことはできず、他に仕事を持っているのは仕方ないのかもしれませんが、創作一本の生活への憧れは常にあります。でも仕事以外の限られた時間の中で、気持ちを高めて創作活動に向うのは、ひょっとして密度の濃い作品ができることもあると思います。多忙なほど多作になると思われるからです。自分は彫刻家としてスタートした時は既に公務員という身分でもありました。初めから時間的な制約があった上で創作活動を行っているので、気持ちのコントロールは最初からあたりまえのようにやってきました。長くやっているとさらにコントロールだけは上手になります。近い将来定年退職を迎え、創作一本になったらどうなるのか、今は憧れがありますが、生活のリズムはどうなるのか想像がつきません。あるいは憧れているうちが一番いいのかもしれません。
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2008.12.07 Sunday
畳9枚分の大きさの厚板を床に敷き、116本の柱をすべて立てて配置を考えました。今日はそんなことで一日が終わってしまいました。実際に彫ったり修整したりする作業は後回しです。柱に彫り込んだカタチを見ながら、隣り合う柱と柱のバランスやメリハリを考えて、柱の配置換えをする作業は、部分を作る作業より骨が折れます。全体構成は今日のうちにやっておかないと、次の機会は図録撮影か、または搬入の時しかありません。やはり全体の把握に雛型はとても役に立ちました。それにしても毎度のことながら集合彫刻は組み立てから分解までかなり時間を要します。自分が選んだ方法だから文句の言いようもありませんが、搬入時にはまた人の手を煩わせることになりそうです。
2008.12.06 Saturday
週末はずっと新作「構築〜起源〜」の土台作りをしているのですが、土台を床より10センチ程度高くするために、側面の厚板を買ってきました。製材所でカットしていただいた板を作業場まで運んでいるうちに、夕方になってしまい、今日の作業は何も捗らずに終わってしまいました。明日は遅れを取り戻さなくてはなりません。作品は全体が見渡せるようになり、頭で描いていたイメージと比べています。雛型はあるもののやはり実寸とは違って見えます。作品は柱がすべて垂直に立ち上がるので、思っていたほど大きくは見えません。柱がすべてセットされるとどうなるのか、土台は砂マチエールで覆われ、柱は下半分がバーナーで炙って炭化させるので、それが100本以上立ち上がるとどうなるのか、いよいよ制作が佳境に入ってきた感じがいたします。
2008.12.05 Friday
平凡社から出版されている書籍にスイスの画家P・クレーに関するものが3冊あります。「クレーの贈りもの」「クレーの詩」「クレーの旅」です。そのうち「クレーの贈りもの」は内外の作家、画家、詩人、評論家等がクレーの絵によせて文章を綴っていて、内容にそれぞれ個性があって楽しく読めます。クレーの絵も多く掲載され、個性的な文章と相対して、それもかなり楽しめます。クレーの絵の解釈は幅広く多様で、それもクレーという画家が詩的なインスピレーションを受けて造形した結果だと思います。自分もクレーに関する本を自宅の食卓に置き、たまに手にとってページをめくると、創造的な刺激を受けてしまいます。子どものような絵を描くクレーですが、何か謎めいた、また哲学的なコンセプトが潜んでいるような気がしています。「クレーの贈りもの」は様々な視野をもつ人々がそこを我流で解き明かすのが面白いのです。
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