Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 個展オープニングの一日
    本来なら祝日は休廊するところを画商の田中さんにお願いして、今日から個展を開催していただくことにしました。今日はオープンする11時からオープニングパーテイーが終了する19時まで画廊につめていました。友人知人が時々見え、また近況の話ができて、結構いい時間が持てました。オープニングパーテイーは17時から始まり、作家仲間や美術館のオーナー、初めて知りあえた建築家の方、教え子たちが集い、例年になく落ち着いた雰囲気で過ごすことができました。今回展示した「発掘〜遺構〜」はテーブル上の陶彫部分とテーブルを支える柱の表現が異なり、かなりまとまりを欠くものになりましたが、上と下で別の作品が混在する様子は、それでも迫力が感じられるという感想をいただきました。テーブルの上に展開する架空都市は道があった方がよいとも言われました。なるほど道が貫通していれば、全体のまとまりがもう少しあったのかもしれません。都市には道があり、それによって区画整理が出来るものだからです。一方、建築家は実用性のない都市をかなり楽しんでいられた様子が伺えました。この搬入からオープニングに至る数日間は心身ともに疲れ果ててしまいました。また明日も画廊に通います。
    搬入記念日
    昨日に続いて猛暑日。運送のトラックに作品を積み込んだのが午前11時。業者2名、手伝い2名、家内と自分の計6人で銀座のギャラリーせいほうに向いました。ギャラリー到着がちょうど正午を少々過ぎた頃。画商の田中さんはすでに来られていて個展の看板が設置してありました。梱包を解いて、さっそく作品の設置を始め、何とかカタチになったのが午後2時過ぎ。汗びっしょりになって最終確認を終えました。7月の個展は初めてなので毎年こんな暑さの中で搬入作業をするのかと覚悟を決めました。少なくても昨年までやっていた4月初めよりは余裕が持てるので、この季節が毎年個展の時期となるのかなと思いつつ…。作品の自己評価は明日あらためて書こうと思います。                               Yutaka Aihara.com
    作品の運搬作業
    明日はギャラリーせいほうに作品を搬入します。そこで今日は作業場に置いてある杉の柱やテーブル彫刻のテーブル部分になる厚板やその他諸々の部品類を運び出しました。いつものようにトラックをレンタルして、家内と2人で汗を流しました。今日は学生のボランテイアはありません。関東地方が梅雨明けして、さっそく猛暑になり、そのせいか運び出すだけなのに身体はクタクタになってしまいました。午後に陶彫作品が待つ置き場に柱や厚板が到着して、これで「発掘〜遺構〜」はすべて揃ったことになります。汗でびっしょりになったTシャツを何枚も替えて、身体が消耗していく作業はつらいものですが、明日のことを考えるとワクワクしてきます。あとは運送業者を待つだけです。やっと個展へ向けて気分が高揚してきました。       Yutaka Aihara.com
    今夏の読書について
    毎年夏にはまとまった休暇が取れるので、読書をする時間が確保できます。昨年はドイツ表現主義について何冊か本を読み、造詣を深めることができました。今年はどうしようかと思っています。奄美で画業を打ち立てた田中一村の伝記や評論をようやく読み終えて、今はP.クレーの本を読んでいます。今のところまとまったテーマは設定していません。国籍を問わずに気になった芸術家の資料を漁るくらいかなと考えています。来週から個展のための銀座通いが始まるので、東京の美術館を毎日訪ねて、展覧会図録にしっかりと目を通していこうかとも思います。図録にはとてもいい解説がついていたり、芸術家の時代背景がわかったりできる利点があります。そんなところも今年の夏の課題にしていこうかと思います。
    映画「モデイリアーニ」
    最近は芸術家の生き方を映画にしたものをよく観ています。メキシコの画家フリーダ・カーロ、フランスの彫刻家カミーユ・クローデル、それに今回はイタリアの画家アメデオ・モデイリアーニを主人公にしたものです。今回の映画は今まで観たものに比べると、映画としての創作が強く表れていて、ほとんどフイクションと言えます。ピカソやユトリロが登場人物として描かれていてパリを舞台にしたドラマ仕立てになっていました。自分としては、もう少しリアルに迫った描写が欲しいところでした。モデイリアーニはたとえば彫刻家として出発したけど、身体の具合が悪く、画家に転向し、それでもアフリカ彫刻に強く魅かれて、あのような独特なプロポーションをもった人物を多く描いた画家です。本人の葛藤は大変なものではなかったかと思います。それを取り上げても映画になる要素は充分あると考えます。誇張はあっても芸術家が抱える本来の苦悩も描けたらよかったと感じました。