Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • フェルメール「牛乳を注ぐ女」
    雨降りの寒い一日になりました。今日は六本木にある国立新美術館に行ってきました。案の定「牛乳を注ぐ女とオランダ風俗画展」は混雑していました。全体を見た印象としては、当時のオランダの風物や衣裳がよく解り、民俗学的な見方をしても面白いと感じました。貴族ではなく、こうした普通の人々が描かれているのは、一般的な暮らしをしている現在の鑑賞者にとっても興味のある情景だと思います。美術的な見方をすれば、フェルメールの「牛乳を注ぐ女」は傑出しているのは言うまでもありませんが、フェルメールが20代に描いたものと知って驚きました。現在ではポピュラーになった作品ですが、ホンモノを観たのは初めてでした。作品に近づくと照明の当て方で絵の具がやや光っていて観にくい箇所があったのが残念でした。   Yutaka Aihara.com
    34本の荒彫りが終わって…
    久しぶりに鑿を手にしました。夏はよく制作途中の状態をブログに書いていましたが、今月は公務が多忙で制作にあまり進展がなかったのです。今日は何としても制作がしたくて作業場で7時間ほど過ごしました。限りある時間の中で夢中で制作しました。夏には慣れていた作業が、気持ちを乗せるまでは少々つらく感じましたが、集中力が出てきてからは、あっという間に時間が過ぎ、計画した34本の柱の荒彫りが終わりました。これから柱一本一本に細かなレリーフを作り、また彫り跡をどこまで生かすのか、検討しながら仕上げをしていくつもりです。34本の柱はすべて個性があるようにしたいのです。9月に予定していたことが何とかクリア出来たのでホっとしています。Yutaka Aihara.com
    「ロダンの言葉」の再読
    自分の手許に古川達雄訳「ロダンの言葉」があります。黄ばんだ粗末な冊子です。昭和17年8月5日初版発行(1500部)とあり、当時の定価は2円80銭。二見書房から出たものです。たしか自分が学生時代に神田の古本屋で見つけて購入したものかもしれません。家にずっと前からあるようなものではないと思います。一度読んで、その文語調の読みにくさに辟易した記憶があるので、自分が塑造を学んでいる時代に読んでみたいと思ったのでしょう。今一度読み直すと、埃の臭いとともに格調高い文体が新鮮さをもって現れてきます。彫刻家であれば、何度も読み返す書物なのだと認識しました。内容はポール・グゼルがロダンにいろいろな問いかけをして、ロダンの発した言葉をまとめたものです。彫刻を含めた芸術における真理探究が語られています。今も普遍なものばかりです。秋の夜にこんな書物を再読するのもよいと感じました。                        Yutaka Aihara.com 
    アナログ人間
    仕事でパソコンに向かっている時は、シンドい思いをしています。表計算ソフトを自由に操れたらいいなと思いながら、やはり同僚がやっているワザや展開についていけません。パソコンが導入されて、仕事の効率は驚くほど上がりましたが、それで仕事が楽になったという感じはしません。自分にとって何が至福の時かと言えば、やはり手わざを使って、木を彫ったり、土を練ったりして作品を作っている時です。パソコンのゲームデザインや開発をしている作家もいるでしょうが、実材を相手にのめりこんでいる方が自分の性に合っているようです。パソコンの仕事が立て込むと、素材が恋しくなります。アナログ人間の主張をしたくなるのです。             Yutaka Aihara.com 
    旅ゆけば…
    海外に暮らしていた時は、帰国直前にトルコやギリシャへの長旅をしましたが、いつも旅の空にあった訳ではなく、当地の学校に通い、学校のアトリエでずっと彫刻を作っていました。帰国後も横浜で作品制作を始めていましたが、十数年前に北海道から九州まで車で旅したことがありました。すでに横浜市の公務員になっていたので、夏の休暇を利用し、行く方面を決めて出かけていました。今は長旅はしばらく休んでいます。作品制作ばかりの毎日で余暇はすべて木を彫っているか、陶芸をやっているか、小さな平面作品を描いているかのいづれかで時間を費やしてしまいます。そろそろ長旅がしたいと思うことがあります。自己表現として吐き出すなら、自分の中に何かを取り込まなくてはならないと感じています。小さな旅行はしているのですが…。                               Yutaka Aihara.com