2007.06.03 Sunday
ヒエロニムス・ボスの絵画はどれをとっても愉快でたまりません。妖怪に恐ろしい仕打ちを受けている人間がいて、そこに様々な謎や物語があって、細部を見ていると飽きることがありません。これは画家から発せられる社会に対する警告であり、辛辣な風刺だと思います。ボスはどんな人だったのでしょうか。中野孝次著「悦楽の園を追われて」の中で、ボスは「非常に感じやすい、行動力のない、受動的な人」と推測されています。この推測は自分にもわかるような気がします。そういう寡黙な人だからこそ、こういう絵が描けたんだと思います。ですが、恐ろしい警告とは別に、自分には登場する妖怪たちが愛すべき存在として見えてきます。今風に言えばボスキャラです。最近、美術館でこのボスキャラの立体フイギアを売り出しています。これも現代の風潮かなと思います。何でもマスコット化、アイドル化してしまう傾向はボスにも及んでいると言えます。果たしてボスキャラのグッズは売れているのでしょうか。常々自分は欲しいと思っているのですが。
2007.06.02 Saturday
昨日ボスに纏わるブログを書いていて、ボスの絵との出会いを思い返してみました。1980年に自分はウィーン美術アカデミーに入学しています。でもその頃は、アカデミーから歩いて10分のところにあるウィーン美術史美術館で、ブリューゲルの絵に心を奪われていて、ボスのことはよく知らないでいました。そのうち自分の通っていた学校に付属美術館があるのがわかり、廊下の扉の向こう側に凄い作品がいくつも掛けられているのを知って驚きました。同時にボスの奇怪な作品も目に飛び込んできたのでした。それは「最後の審判」を描いたものでしたが、ミケランジェロとはまるで異なる世界で、妖怪や怪物がウヨウヨまかり出る何とも形容のしがたい絵でした。でも正直言うとワクワクする楽しさがこみ上げてきて、自分のゲテモノ好きの心をくすぐるのでした。これが中世に描かれたとは俄かに信じられず、この絵には現代に生きる自分の心を虜にする魔力が秘められていると思いました。それから頻繁にボスに会いに行きました。何といっても工房をでると、ひとつ屋根の下にボスがいるのです。こんな幸せは二度とありません。そのうちボスが、我が愛するブリューゲルの師匠であったことを知り、この時代のフランドル地方の絵画に対する自分の無知を恥じてしまいました。日本人の趣向として印象派やイタリアルネサンスに偏りすぎて、北方の優れた芸術家を今まで蔑ろにしてきたのだとこの時感じました。
2007.06.01 Friday
表題は中野孝次著作のヒエロニムス・ボスについてのエッセイです。この本を購入してから何度となく読み返し、今再び気になる箇所を目で追いつつ読んだところです。ボスの難解な絵画を平易な文書で謎解きしてくれているのが有難いと思います。この本を持って、もう一度ボスの絵画が見たいという気持ちにさせてくれます。ともかくボスは不思議な画家で、中世にあってよくぞこんな幻想絵画が生まれたものかと目を疑ったほどです。決まりきった構図の宗教画が多い中で、ボスは本当に変わっています。現代人の目で見ると新しい絵画、つまり現代においても古さを感じさせない普遍性をもっているのです。キリスト礼賛においては当時巨匠といわれた画家が揃って、中央にキリストを配置しているのに対し、ボスは民衆の中に埋もれた存在としてキリストを描いたりしています。文盲が多かった当時はキリスト教を分かり易く布教するためにイエスやマリアを他と違う存在として絵にしましたが、ボスはキリストを蔑ろにする民衆を描くことによって、逆説的な宗教観を描いたと言えます。この本によく登場するスペインのプラド美術館にある「悦楽の園」は、昔自分も見ていることは間違いありませんが、記憶が薄れてしまっています。ここに登場する人物や妖怪が何を意味するのか、もう一度この目で見たいと願ってやみません。本物を見るべきと考えるのは、絵の部分にこそボスの面目躍如たる表現があるからです。
2007.05.31 Thursday
この頃、福島県の大内宿に行ったり、藤森建築展を見に行ったりしていて、どうも和風に傾倒しています。そこで、まるで正反対のイタリアルネサンスの画家の個展を見に行くことにしました。ペルジーノは日本ではあまり知られていない画家ですが、ルネサンス当時のイタリアではなかなかの実力者で、職人肌の画家であったようです。この時代にはダヴィンチやミケランジェロ、ラファエロがいて、宗教画の手法が保守的だったペルジーノは次第に時代に合わなくなっていると感じましたが、きちんとした絵が残されていて、聖母子を描いた大作は見ごたえがありました。欧州の教会や美術館では見飛ばしてしまう作品でも、文化の違う日本でこうした宗教画を見ると返って新鮮な感じがしました。
2007.05.30 Wednesday
東京オペラシテイアートギャラリーで、藤森照信展をやっていることを知って早速見に行きました。自分はこの建築家の大フアンなのです。原始と現代が同居しているようなロマンを感じてしまいます。小さい頃、こんな棲家を作りたかったと思うような住居を具現化してしまうところが羨ましいのです。木の上に家を建てる、家を緑で覆う、土壁というより藁や泥がたっぷり入った魅力的な壁を作ってしまう、これは本当に自分の憧れそのものです。昨日までいた大内宿の民家を髣髴とさせるような表現活動に自分も見習いたいと思うばかりです。路上観察学会のビデオや資料には笑ってしまいました。もっと大人は遊ばないといけないなあと思いました。自分も住居のような彫刻作品を作っているので、これはこれで遊んでいるのだと確信しました。頑張る力を大いに貰いました。