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  • 「仏像図解新書」を読み始める
    仏像のことはざっくりとした概観の知識しか持っていない私が、改めてここで知識を学び直そうと考えて、本書「仏像図解新書」(石井亜矢子著 小学館新書)を手に取りました。教壇に立っていた頃、美術科で鑑賞の授業があり、その時に仏像の簡単な知識を私は生徒に教えていました。修学旅行で京都や奈良に行く予定がある場合、その事前学習の一端として仏像理解を授業に取り入れていたので、深く追究することはせず、如来・菩薩・明王・天の4つのグループがある程度の知識で、授業を成り立たせていました。鑑賞にはどのくらいの知識が必要か、知識がなくても感覚的に感性を震わせる作品がないわけではありませんが、とりわけ現代アートの場合は、ほとんどの作品が空間を哲学的に解釈することが作品を味わうことになっているので、それに伴う知識が必要だろうと私は思っています。仏像の場合は特定の宗教との結びつきが色濃く出てしまいますが、純粋に美術作品としての鑑賞対象にもなり得ると私は考えます。仏像を彫刻として私に捉えさせてくれたのは、鎌倉時代の仏師運慶でしたが、運慶の仕事ぶりを知って以来、私は仏像を美術的な視点で見るようになりました。そのうち何回か私事旅行で関西に足を運ぶうちに私が愛してやまない仏像が登場しました。それは奈良の秋篠寺にある伎芸天で、その姿形の優しさに惹かれました。そんな私の僅かな仏像鑑賞体験ですが、知識があれば面白さは倍増すると思っています。本書の冒頭にこんな文章がありました。「『如来・菩薩・明王・天』の四つのグループは、実はそのまま仏教における”ヒエラルキー”を示すものといえる。筆頭は如来で、以下順番に格が下がっていく。これは、仏の価値とはまったく関係せず、役割に応じた区別にすぎないのだが、上下関係のある体系をなしていることが仏教思想の特徴。」とあり、仏像の見分け方として髪型や着衣があります。その中でも着衣は分かりやすい特徴があるので、文中を引用いたします。「仏像の着衣は、如来・菩薩・貴顕天部・武装天部の四種類に大別できる。如来は、上半身に袈裟をまとう。~略~菩薩は、裸形の上半身に条帛を斜めに掛け、下半身には裳を着ける。~略~貴顕天部は中国の貴人をモデルとした正装で、例外なく沓を履いている。~略~武装天部は文字どおり甲で身を固めた動的な姿で、動きを表現するために天衣をまとう場合もある。」本書は四つのグループの特徴を章に分けて記してあり、これは楽しみながら読めそうです。
    「初期作品ーさまざまな試み」について
    「中空の彫刻」(廣田治子著 三元社)の「第二部 ゴーギャンの立体作品」の中の「第1章 初期の彫刻(1877~1885)」のうち、今回は「2 初期作品ーさまざまな試み」をまとめます。ゴーギャンの最初の彫刻作品は写実的な肖像彫刻で、家族をモデルにした大理石彫刻でした。彼が近代的な彫刻へ目覚めたのはドガとの関係がありました。「ドガが描くモダンな女性や女生徒に対し、ゴーギャンは木彫《散歩をする婦人》において、素材の特質を尊重し、意図的に表面に滑らかな仕上げを施さずにナイフの跡を残して無骨な表現を与えている。とりわけ顔や手などの細部は未完成の観を呈し、全体の硬直したフォルムとともに、プリミティヴな表現を目指していることが理解される。流行の衣服に身を包む女性からかわいらしさ、美しさを剥ぎ取った、このような外観を与えたことは、ユイスマンに『ゴチック的に現代的である』との批評を促すことになった。」また、こんな一文もありました。「ブルジョワ社会の内側から下層社会の少女を厳しい目で捉えたドガに対し、ゴーギャンは原始社会におけるのと同様、性の倫理に囚われない動物的なたくましい女性の中に親しみと理想を描いていく。~略~ドガの影響を考える上で重要なものとしてこのほかに、素材の混合とポリクロミーの問題があるが、それはまた両者の芸術の違いを浮き彫りにする。ドガは踊り子を蝋で制作し、本物の衣装などを用いて、芸術と現実の境界に挑戦するレアリスムを追究した。これに対し、ゴーギャンの《歌手》におけるポリクロミーや背景の金の賦彩は、人物の発する超現実的表現性を強調するとともに装飾的効果をもたらすものであった。」論考の展開はゴーギャンの工芸にも及び、ゴーギャンの試みが多様化していたことが窺えます。「ゴーギャンにとって、手工芸も『芸術家気質を刻印する手段の一つ』であった。それはすでにこの芸術家としての出発点の時期から顕著であった。《書棚》、《クロヴィスの胸像》そしてこの《手箱》においてゴーギャンは、オブジェ・トルーヴェ、すなわち見いだし収得した既製品を用いながらそこにサインを施し、作品の芸術性を主張した。まさしくレディー・メイドの手法である。」M・デュシャン以前にこんなことがあったとは、私は知りませんでした。「ゴーギャンはアカデミックな彫刻から出発し、ドガの近代彫刻への大胆な挑戦に触発されつつ、ロマン主義からロダンまで彫刻家たちの作品にも注目していた。また装飾芸術と彫刻の境界線を取り払う試みにも挑戦した。さらにオブジェと芸術の関係にも踏み込んだといえる。」ゴーギャンの革新性を改めて知り、その後の作品の展開が楽しみになりました。
    甲斐生楠音「横櫛」について
    先日、見に行った東京国立近代美術館の「あやしい絵展」では、日本美術史に大きく取上げられている有名な画家がいる一方で、マニアックな画家も多く、私が思わず足を止めた作品を描き上げた画家も、私には名に覚えのない画家でした。表現に強烈なインパクトを放っている画風を知って、甲斐生楠音は大正時代に活躍した人であることが分かりました。同じ画家による「横櫛」という題名のついた作品が2点あり、いずれも美しく化粧した女性の妖艶さが際立っていて、ゾクっとしました。女性が笑みを浮かべている風貌は、レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」の影響があるらしく、白粉の下の皮膚の温かさも感じさせていました。さらに「横櫛」2点に続く「春宵(花びら)」は、女性の風貌が強烈過ぎて、グロテスクな恐ろしさも感じました。また未完の大作「畜生塚」は20人近くが登場する女性群像で、完成したらこれも強烈な光を放つ作品になっただろうと予想しました。「横櫛」を初めとする作品群は西洋美術からの影響が強く、それ以前の京都画壇がもつ円山応挙を代表とする写生派の伝統と融合させていたように思えます。時代が移り変わるに伴い、甲斐生楠音の陰影のつけ方は明らかに西洋絵画そのもので、その肉感の捉え方でレオナルド・ダ・ヴィンチを参考にしたことがよく分かります。図録にこんな文章がありました。「人物の写実的な描写をとおして、人間の肉体の生々しさ、退廃的雰囲気をともなう官能性が感じられる。それだけでなく、白粉を厚く塗った肌の質感、着衣の下の体の量感を執拗なまでに描写する姿勢は、幕末から明治のパートで取り上げた過剰な『リアリズム』を想起させる。ただ幕末期と異なる点は、甲斐生らが、本物らしさを追求するのではなく、美しい装いの下に隠された人間味、人の心の計り知れない奥深さをひたすらに探ろうとしたことである。」(中村麗子著)当時も西洋絵画に影響を受けながら、日本では風土に根ざした画風の独自性を、それぞれの画家が追求していたと思われます。本展では、企画展の特殊性からラファエル前派のロセッテイ、世紀末芸術のビアズリー、アール・ヌーヴォーのミュシャに出品が限られていましたが、絵画から図案、挿絵印刷に至るまで西洋で興った近代芸術運動を日本人画家たちが逞しく咀嚼しながら、日本にあった表現の確立に努めていた様子がよく理解できました。
    東京竹橋の「あやしい絵展」
    先日、東京竹橋にある東京国立近代美術館で開催されている「あやしい絵展」に家内と行ってきました。ウィークディにも関わらず鑑賞者が多く、コロナ渦の影響もあってネットでチケットを申し込む方法は定着したように思います。「あやしい絵」とはどんな絵なのでしょうか。私は20代の頃に退廃的な世界に魅了されていた時期がありました。ウィーン世紀末の画家クリムトやシーレの暮らした文化風土が知りたくて、自分がウィーンに滞在した要因のひとつでもありますが、これは自分の求めていた世界観とは違う妖艶で神秘的な世界にも惹かれていたのでした。展覧会を企画した主任研究員が図録に書いた文章を引用いたします。「集められた作品は、幕末から昭和初期の退廃的、妖艶、奇怪、神秘的、不可思議といった要素をもつ、単に美しいだけではないものたち。~略~『あやしい』表現の成り立ちには、作られた当時の社会状況や造形の歴史が映し出されているが、実は作品の主題もまた深く関係している。会場で1点ずつじっくりと鑑賞しながら巡る場合、主題を踏まえつつ造形を観察したうえで、社会状況や歴史の流れのなかに作品を位置づけるほうが、作品を理解しやすいのではないかと考えた。そのために主題別の展示構成を採用することにした。」(中村麗子著)なるほど作品の妖しい魅力だけでなく、本展は時代とともに作者の表現に対する考え方の違いが分かる展示になっていて、とりわけ西洋美術の影響は至るところに見られました。私はアール・ヌーヴォーが日本の図案で果たした役割が大きいと思いました。日本から浮世絵が輸出され、その影響を受けた西洋美術が日本人に与えるものがあって、その意図はなくても相互の文化交流が面白いなぁと感じました。図録の別稿に、そもそも「あやしい絵」に多くの人が惹かれる理由があって、私も賛同してしまいました。「私が考える『あやしい絵』とは、尋常ではないもの、異常なものを内包し、しかもその尋常でないものに負の要素が含まれる絵である。例えば、病、死、破滅、狂気、恐怖、衰退、不安、タブーなどであろうか。そしてそこにセクシャルな要素が加わることで、作品は強い牽引力をもち、人を惹きつけるようになる。~略~異常なことは、人の興味を引きつける。人間は、安全なもの、正常なものより、むしろ異常なものに鋭く反応し注視するように仕組まれているらしい。それは『危険なもの=怖いもの』を敏感に察知し、身の安全をはかろうとする動物の防衛本能だろう。」(中村圭子著)展示された作品に関する感想は後日に改めます。
    週末 陶彫制作に拍車
    今日も朝から夕方まで工房に篭っていました。今日はいつものように2人の美大受験生が工房に来ていて、それぞれの課題をやっていました。私は昨日、新作の全体構成を見たことにより、先の見通しを持って陶彫制作に拍車をかけていました。今月も中旬を過ぎ、思っていたより制作工程が進んでおらず、とにかく陶彫部品がまだまだ足りないことが、全体構成を見て露見してしまいました。来月のどこかで予定している図録用の撮影日までは緊張が解けないだろうと思っていて、それはそれで日々の生活に張りをもたせるのには良いことだと思っています。校長職にあった頃、退職後の生活をイメージしたことがありました。学校は日常的に危機管理が発生するので、退職までに現在進行形の課題を解決し、これ以上の問題が起こらないように祈願していました。退職したら、さぞホッとするだろうと思いつつ、肩から重責が降りた時に、自分は暫し思考が停止して動かなくなってしまうのではないかと危惧していましたが、いざ退職を迎えると、さにあらず忽ち創作活動に支配され、教育から芸術に課題が移り変わりました。勿論他者のことで右往左往する学校組織とは違い、自分のことだけを考えていれば済むので、気は楽になりましたが、創作の創作たる所以を考えていくようになり、私が元来やりたかったことに漸く腰が入ったのだと理解しました。陶彫という技法は自分の思い通りにならないところがあって、焼成を成功するために行う処理と、自分の世界観を推し進めるために行う造形が、時に対峙することがあり、またそこが面白いと感じています。陶彫は制作工程で乾燥に費やす時間があるので、焦っても進まないのはこうした焼成を成功させるための処理なのです。教職との二足の草鞋生活の時は、暫く陶彫を放置する時間があり、それが制作工程上で便利だったのですが、毎日制作している現在としては、乾燥をじっくり待っていられないというのが本音です。陶彫成形と彫り込み加飾をどんどんやって、多くの作品を乾燥台に置いていこうと今は考えているところで、今月は陶彫制作に拍車をかけていきます。