2020.09.28 Monday
仕事から帰って夕食を済ませると、私は食卓でRECRDの制作に励みます。RECORDは一日1点ずつ作り上げていく平面作品で、大きさは葉書大です。文字通りRECORD(記録)で、その日その日の作品が出来上がっていくのです。今も食卓でRECORDを作っていましたが、このところ数ヶ月は下書きだけで事切れていました。今月はその挽回も含めて日々頑張ってきました。下書きの山積みは着実に減ってきていて、過去の作品が解消されるのはもうすぐです。絵柄は5日間で展開する方法を取っています。下書きをきちんと描き直して、アクリルガッシュで彩色し、ペンでタッチをつけて仕上げます。絵の具を滴らせたり、飛ばしたりするモダンテクニックも使います。失敗することはほとんどなく、上手くいかない箇所は上書きをして再度チャレンジをします。1点ずつ手間暇かけて彩色やペン入れをしています。今日の分と過去の下書きの仕上げを併せて行なっているため、毎晩時間がかかっています。その後、パソコンの前に座ってNOTE(ブログ)を打ち込んでいきます。RECORDには2時間、NOTE(ブログ)には1時間くらいかけてやっています。NOTE(ブログ)は思索の場であったり、展覧会等の報告を兼ねた鑑賞の文章化です。頭に思い描いたことも文章化をしなければ、私は忽ち忘れてしまいます。展覧会は図録を読んで、自分なりに作品の感想をまとめます。その作家についての知識も学びます。図録に頼らず、観た印象をそのまま書くこともあります。RECORDもNOTE(ブログ)も昼間の公務員の仕事をしてきて、その夜にやっていることなので、なかなか厳しいところもあります。何より睡魔に襲われて、思考がストップしてしまうことがあるからです。じっとしていて動きたくない時も暫しあります。RECORDのような創作活動していれば、またNOTE(ブログ)を書くためにパソコンの画面を見続ければ、睡魔はやってこないはずですが、それでもうつ伏して寝てしまうのは如何なものでしょうか。自分でやりたいからやっていることなので、いつでも止めることは自由ですが、それでも意欲が勝ることは天晴れなことではないかと自分に言い聞かせて、今晩も睡魔と闘いながらこのNOTE(ブログ)を書いています。
2020.09.27 Sunday
9月最後の週末です。今月は4回週末がやってきました。今日の陶彫成形を含めると今月は5点の立体を立ち上げたことになります。週末の中に四連休があって、連休中に土台のための厚板材を一部切断し、全体構成を考える機会も持ちました。土台は三角形をした厚板材10枚で円形を構成する計画でいます。単純に三角形1枚の上に3点の陶彫部品を配置すると、合計30点の陶彫部品が必要になります。30点の陶彫部品のうち、3層になる部品や2層になる部品があり、そう考えていくと50点くらいの陶彫部品を作らざるを得ません。過去の作品もそんな程度の部品を集合させて構成してきたので、とくに驚くことではありませんが、この新作も例年以上に精力的に作っていく必要があり、毎月ごとに制作目標を決めて取り掛かっていこうと思っています。土台も現在は平面として床に置いていますが、これに全て段差をつけていく計画でいます。そうするために木材加工をする時間も必要で、これも考慮しなければならず、制作工程はなかなか厳しいものになることが分かってきました。今までの作品にも言えますが、余裕を持って終わったことが一度もないので、何年制作していても私は締め切りまで右往左往する運命なのかもしれません。今日は朝9時から午後3時まで11点目の陶彫成形に没頭していました。いつものように直方体をイメージしていましたが、三角形の厚板材の上に置くことを考えた結果、やや変形した直方体を作ることにしました。今後は変形した直方体を作ることが多いと思っています。四角錘も作ることになりそうです。今後は常に三角形の土台を念頭において造形していくことになりますが、形態イメージを整理しながら進めていこうと考えています。今日はいつも来ている2人の美大受験生がいました。工房を閉めるときはいつも彼女たちを車で送って行きます。
2020.09.26 Saturday
週末になりました。朝から雨模様の肌寒い一日でした。急に秋がやってきた感覚があって、加えてウィークディの疲労も相俟って身体が重く、一日を通して緩慢な動きになってしまいました。朝8時から午後3時までの7時間を工房で過ごし、新作の彫り込み加飾と残っていた陶土でタタラを数枚作りました。作業は毎回やっているものばかりで、手馴れたものでしたが、既に出来上がった陶彫部品が10点になり、厚板材による土台の一部も床にあったため、全体の配置やら構成をぼんやり考えて始めました。私の彫刻は床置きなので、高さや幅や奥行きを鑑賞者側の視点になって考えていくことがあります。とくに見る人の身長によって眼の高さが異なるため、立体の見え方は人によって変化があります。架空都市の風景を俯瞰させる場合に、それぞれの陶彫部品をどのくらいの高さに設定するか、林立する直方体をどう配置するのか、成人と子どもでは多少視点が違い、それによって与えられる印象も異なってきます。たった1点で見せていく彫刻作品ならば、それほど意識しない見え方が、集合彫刻として床に複数配置して、しかも場を設定する私の作品は、さまざまな条件によって作品の様子が異なってくるのです。撮影の時、カメラマンが脚立を使って上部から撮影した画像と、床に這い蹲って撮影した画像では、同じ作品とは思えない変化があります。もうひとつは陶彫部品と陶彫部品の狭間を眼で散歩する鑑賞方法もあります。それは個展の際にある鑑賞者から指摘されたことで、私自身が気づかされました。言わば私の集合彫刻はパノラマとして床に広がっているので、そんな遊び心を擽るのかもしれません。そんなことを考えながら、一日の作業ノルマをこなしていました。明日は11点目の成形になります。
2020.09.25 Friday
先日、師匠である彫刻家池田宗弘先生の真鍮直付けの作品を久しぶりに見せていただきました。東京の東村山市立中央公民館で開催していた「池田宗弘展」は、初期の頃から最近までの作品を網羅してあって、私には先生の初期の頃の作品に印象深いものがあり、何度見てもその斬新な形態に感じ入ってしまいました。「サーカス・シリーズ」として一時期を形成する作品「不安定のなかの安定」は会場前のガラスケースにありました。サーカスに興じる道化師を、真鍮直付けの技法で作った彫刻には頭部がありません。鑑賞者は彫刻に頭部があると、つい顔の表情に目がいってしまい、人体全体を見ることがその後になってしまうのです。頭部がないことで私たちはいきなり全体を見て、その独特な形態を把握することになります。「不安定のなかの安定」の最初の印象は、まさに綱渡りをする人体で、しかも量感を削り取られたギリギリの人体です。細い人体と言えばA・ジャコメッティですが、ジャコメッティがモデルを観察し、それを塑造した結果として細くなったことに対して、池田先生の人体は周囲の空間を得ようとした結果として、量感をなくしていったように思えます。彫刻に光を当てて壁に落ちた陰影で見ると、ジャコメッティの作品は針金のようですが、池田先生の作品は陰影が作品の世界を雄弁に語ります。その最たるものが「サーカス・シリーズ」で、イスを積み上げてその上で逆立ちをする道化師は、まさに陰影こそ楽しい世界を作り出していると言えます。池田先生は学生時代、当初は粘土で人体塑造をやっていたそうですが、溶接や鍛金技術を得て素材を金属に変えました。金属は形態を細くしても空間にその姿を保つことができます。それはカタチとカタチの間に隙間を作り、それ故に大きな空間を確保できたのでした。先生の空間解釈は画期的なもので、学生だった私はそれをどう考えたらよいのか分からなかったことが思い出されます。あの頃の私は塑造によってカタチを膨らませることばかりを考えていて、量感こそ全てだったのでした。そこに空洞さえ厭わぬ「サーカス・シリーズ」や内臓に穴の空いた猫の群像がやってきて、その表現力に私は圧倒されてしまったのでした。たとえ尊敬する師匠であってもその表現には追従してはいけないと、私は自分に言い聞かせて、別の道を歩むことになりました。先生に対する感受と反発、これが今の私を形成してきたのだと思います。
2020.09.24 Thursday
ビジョン企画より出版されている新報の美術評壇欄に、私の個展の寸評が掲載されました。執筆を手掛けている美術評論家瀧悌三氏は、毎年必ずギャラリーせいほうに来てくださり、メモをされていきます。今回は瀧氏にお会いできずに残念でしたが、芳名帳に瀧氏の記載がありました。どんなことを書いてくださっているのか気になるところでしたが、新報が送られてきて、寸評を読ませていただきました。「陶彫。『発掘』シリーズⅫ。古代遺跡の出土品のような黒褐色のオブジェを創出。今回は床を這うヤマタノオロチみたいな長大物体がメイン。その先端は衝立の壁面を這い登る観。生き物じみている。意外性一杯。続く中品は三角台に角ばったオブジェ3つが乗る情景彫刻。小品は箱型三角柱4体。量の点で言えば、実に精力的な仕事。架空想像の疑似世界ながら。」毎回良い評価をいただいていると私は解釈していますが、今回は陶彫部品の集合体を、神話のヤマタノオロチにイメージを被せていただき、私自身も眼から鱗が落ちました。「生き物じみている。」という批評が「発掘~聚景~」の特徴を物語っているように思います。私の中で少しずつ生命体のような有機的な形態が生まれてきているのは確かで、それは年齢とともに具体的な表出になっているように感じます。もう一方でその不可解な生命体を制御する力も働いています。中品として書いてくださった三角形を基盤とした「発掘~突景~」は、まさに幾何学による形態のコントロールです。「量の点で言えば、実に精力的な仕事。」これが私による自分自身を示す制作姿勢で、焦らず休まず作り続けてきた結果だと自負しています。そんな制作の振り返りを行いながら、寸評の内容を私なりに勝手な分析をいたしました。失礼をお許しください。